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カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

2025.04.12 公開 ポスト

シャトレーゼの「いそべ餅」で気付かされた新たな価値観に出会うことの大切さカレー沢薫

最近仕事関係で「金のプロ」と話をする機会が増えた。

金プロとは硬貨でピラミッドを作ったり、栄一や梅子をどう折れば遠くに飛ばせるか競う選手ではなく、金の扱いに一家言ある人たちだ。

そのプレイスタイルは様々だが、バットを手ではなくケツにさしてホームランを打つプロ野球選手がいないように、主張が共通している部分も多い。

その一つが、まずは「労働」をして金を発生させなければ何も始まらないという点だ。

この時点で全員にお帰りいただくかどうか迷うのだが、それでは交通費を支払うのが趣味みたいな人になってしまう。

確かに、運用するものがないのに運用方法だけ聞いても無意味である。

もちろん、金を発生させる方法はなんでも良いのだが、実家が8児の母の二の腕より太いなど特殊設定でない限り、最も再現性が高くリスクが低い金の入手方法が「労働」という絶望的結論になってしまうのだ。

現在、この結論に至らないプロを探しているのだが、残念なことに経歴に前科なしでそこに至れているプロには出会えていないし、もしいたとしてもそれは金ではなく詐欺のプロのような気もする。

ただ、プロがこぞって言うのだから、その結論が正しいというわけでもない、逆に言えばそれが正とされてしまっている社会がおかしいのだ。

むしろ「まずは労働」という狂った社会になっていることこそが「労働は人を狂わす」という証拠でしかない。

しかし自分も社会の一端であり、これからの社会は自分たちで作り出すものだ、これからも労働は善悪ですらなく「狂」という違法薬物と同ジャンルであることを広め、世界が少しでも正常に戻るよう尽力していきたいと思う。

よって「まずは労働」という、世界が狂っていること前提の正解には全く賛同できないが、専門家の共通意見の中には「結局大事なのは価値観」というのもあり、それは賛同できる。

価格というのは売る側が決めることであり、それは買う側の価値ではない、「これには金を出す価値がある」という価値観が定まっていなければ、最悪何を買っても「無駄遣い」としか思えず、ただ金の増減だけに一喜一憂するだけになってしまう。

そういう意味では、推し活というのは、推しには莫大な価値があるという確固たる価値観の元「ゆえに原価150円のアクリル片に推しが印刷されているだけで2000円出していい」と納得して金をつぎ込んでいるのだから、かなり健全な消費と言える。

ただ、推しに対する価値観にも差はあり、2000円なら出せるが3000円は無理という人もいれば、2000円は2で割れてしまって縁起が悪いから3000円出させろと主張して譲らない者まで様々である。

ゆえに推しが同じでも、自分と同レベルの価値観を持った者としか行動を共にしないという人もいるそうだ。

確かに、オタクはいつも何かで揉めている戦闘民族のように見えるかもしれないが、アマチュア無線部と宝塚ファン、パンダフリークが三つ巴になっていることはあまりなく、同じジャンルでの内乱の方が圧倒的に多い。

同じキャラが好きとわかって意気投合した3秒後に逆カプとわかって袂を分かつこともある。なまじ同じものが好きゆえに、価値観の違いや温度差にギクシャクしてしまう、ということもあるだろう。

では、全くの門外漢を誘うのはどうか、というと、これも玄人が逐一素人をナビしていかなければいけないので、存分に楽しめない可能性があるし、素人側も「マジでここに入るだけで6000円払うの?」と、その世界観についていけずお互い微妙な空気になる可能性も高い。

結局「孤独の推し活」が最適解だと思うのだが、誘われる側としては全く未知の分野に誘ってもらえる、というのはありがたいことでもある。

ノコノコついて行った結果、全く楽しめなかった上に色のついた砂糖水に1200円取られただけになるかもしれないが「ノットフォーミー二度と行かねえ」という結論事態に価値があり、それは誘ってもらえなければ得られなかったものだ。

誘ってきた相手が現地につくなり自分を置いて上級者向けコースを往復しはじめたというのでなければ機会を与えてくれたことに感謝すべきだろう。

先日「シャトレーゼ」に行った。

シャトレーゼとは、最近勢いを感じる洋菓子店である。

我が村にまで出来たという時点で「破竹」であることに疑問はないが、Xで「シャトレーゼでおススメある?」と聞いたところ50件ぐらいコメントがついたので、その勢いは本物である。

様々な商品をお勧めされたのだが、その中でも支持が多かったのが「いそべ餅」である。

磯辺焼き(いそべ餅)とは、砂糖醤油味の餅をのりで巻くという間違いのない食い物だが、店でそれを買ったことがあるかというと否である。

洋菓子店はもちろん、和菓子屋であっても数ある商品の中から己が磯辺焼きを掴み取る可能性は低い、何の前情報もなくシャトレーゼに行っていたらまず手に取らないだろう。

だが、おすすめを聞いておいて「俺はいつものシュークリームでいいや」をやるのはカスのムーブでしかない。

よって、今回はお勧めの中から磯辺焼き含む「絶対自分のセンスなら選ばないもの」を中心に購入した。

結論からいうと「いそべ餅リピ確定」である。

自分の価値観を確立し、自分が楽しめるとわかっているものだけに金や時間を使うのは効率がいいが、新しい価値観を構築する機会を逃しているともいえる。

例え不味かったとしても「餅を甘辛くして海苔を巻こうとする奴は信用できない」という新たな価値観を得られたのだから、例え「絶交」という結果になっても、その機会を与えてくれたことには感謝しなければならない。

関連書籍

カレー沢薫『人生で大事なことはみんなガチャから学んだ』

引きこもり漫画家の唯一の楽しみはソシャゲのガチャ。推しキャラ「へし切長谷部」「土方歳三」を出そうと今日も金をひねり出すが、当然足りないのでババア殿にもらった10万円を突っ込むかどうか悩む日々。と、ただのオタク話かと思いきや、廃課金ライフを通して夫婦や人生の妙も見えてきた。くだらないけど意外と深い抱腹絶倒コラム。

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カレー沢薫

漫画家。エッセイスト。「コミック・モーニング」連載のネコ漫画『クレムリン』(全7巻・モーニングKC)でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』(ともに講談社文庫)、『ブスの本懐』(太田出版)がある。

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