
今年、生誕100年を迎えた三島由紀夫。戦後日本を代表する文豪として知られていますが、実は「時代のスーパースター」として、当時の若者たちから圧倒的な人気を集めていました。その人気とは、いかほどのものだったのか? 三島由紀夫の「最後の一日」を描いたノンフィクション、『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』の著者、中川右介さんに話をうかがいました。
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三島由紀夫の自決が与えた影響
──本書の成り立ちについて教えてください。
私はいろんな人物の評伝や自伝を読むのが好きなのですが、三島由紀夫が死んだ日はどこでそのニュースを知り、どんなことを思ったのか、ということを書いている人が多いのに気づいたんです。これを一冊にまとめたら面白いのではないか、と思ったのがきっかけです。
──本書に出てくる人物は120人くらいで、あらゆるジャンルに広がっています。一例を挙げると、松任谷由実、篠山紀信、司馬遼太郎、橋本治、美空ひばり、小澤征爾、村上春樹、仲代達矢、勝新太郎、後藤田正晴、佐藤栄作……。意外な人物が入っているのが面白いなと思いました。
三島由紀夫と親交のある作家たちが、この事件についてどう思ったのかをまとめても、意外性がありません。当時はまだ無名だった著名人のエピソードを、いわば一般庶民代表として入れることで、この事件が本当の大事件だったということがわかると思ったんです。
交友関係で言えば、三島由紀夫は芝居もやっていましたし、映画にも出ていたので、芸能人とのつながりはありました。また、当時の佐藤栄作首相とも親しくしており、政界とのつながりもありました。
──証言を集めていく中で、この人は欲しかったけれど見つけられなかったという人物はいましたか?
一番知りたかったのは、当時、皇太子妃だった美智子さまですね。美智子さまはかつて、三島由紀夫と結婚するという話があったとも言われる関係だったので、どんなことを思ったのか興味があったんです。でも、さすがに明らかになっている文献はありませんでした。
──他に印象に残った人物はいましたか?
この本の最後に取り上げた、坂東玉三郎ですね。当時、まだ無名だった玉三郎を、三島は「すごい美少年がいる」と大騒ぎして、自分の書いた歌舞伎に出演させていました。
そんな玉三郎が、「三島さんは亡くなったけれども、またひょっこり出てくるような気がする」と言っているんです。おそらく玉三郎はこの事件に対して、ある種のお芝居のような感覚を抱いたのかなと思います。
この事件は、三島みずから脚本、主演、演出をつとめた、ひとつのお芝居だったのではないか。そう思えるくらい、ものすごく演劇的な要素がある事件だったと思います。
「時代のスーパースター」だった三島由紀夫
──三島由紀夫は当時、単なる人気作家ではなく、時代のスーパースターと言える存在だったそうですね。
事件が起こる3年前、当時、若者に大人気だった『平凡パンチ』という雑誌で、「オール日本ミスターダンディ」という読者投票が行なわれました。要するに、日本で一番かっこいい男は誰かを決めるコンテストですね。三島はこの読者投票で1万9590票を獲得し、堂々の1位だったんです。
2位以下を見てみると、三島のすごさがよけいにわかります。2位が三船敏郎、3位が伊丹十三、4位が石原慎太郎、5位が加山雄三、6位が石原裕次郎、7位が西郷輝彦、8位が長嶋茂雄、9位が市川染五郎(現・松本白鸚)、10位が北大路欣也でした。
映画スターよりも、人気歌手よりも、スポーツ選手よりもかっこいいと思われている存在だったわけです。
事件の2年後、日本初のノーベル文学賞作家である川端康成がやはり自殺しますが、この日が何月何日だったか、おそらく誰も覚えていないですよね。作家としては川端康成も偉大な存在です。しかし三島は、単に作家としてだけではない存在だったのだと思います。
──この本を書くにあたって、大変だったのはどんなことでしたか?
大変というよりは、面白いことばかりでした。「この人はこの日、ここにいたのか」とか、「こんなことを思っていたのか」とか、エピソードを見つけるたびにさまざまな発見がありました。
しいて言えば、並べ方が大変でした。さりげなく並んでいるように見えるかもしれませんが、かなり計算して、できるだけ時系列に沿うようにしています。
人によっていつ事件を知ったのかは違いますし、そのあとどんな行動をしたのかも違います。ベストな並びになるように、入稿前に何度も入れ替えましたし、校正の段階でも何度か入れ替えた記憶があります。
──だからこそ、事件の一日が立体的に浮かび上がってくる本になったと思います。市井の人々の反応や、日本全国の動きもよくわかって、一気に読んでしまいました。
私も今日、ここへ来る前にパラパラと読み返してみたんです。自分で言うのもなんですが、ぐいぐいと読んでしまいますね(笑)。
作家だったらどんな本を書いていたのか、俳優だったらどんな映画に出ていたのか、そうしたことにも触れています。事件の日だけではなく、1970年がどんな時代だったのかも、この本を通して感じてもらえるのではないかと思っています。
※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【前編】中川右介と語る「『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』から学ぶ●●●●」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』はこちら
書籍『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』はこちら
武器になる教養30min.by 幻冬舎新書

AIの台頭やDX(デジタルトランスフォーメーション)の進化で、世界は急速な変化を遂げています。新型コロナ・パンデミックによって、そのスピードはさらに加速しました。生き方・働き方を変えることは、多かれ少なかれ不安を伴うもの。その不安を克服し「変化」を楽しむために、大きな力になってくれるのが「教養」。
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