
寒い冬が続きますが、そろそろ梅も咲く頃…!?
今評判の新刊『神様と暮らす12カ月 運のいい人が四季折々にやっていること』より、今の季節の楽しみ方、〈梅の愛で方〉を、学びましょう!
* * *
梅一輪ほどのあたたかさを感じ取る 昼と夜の、香りの差を感じ取る
私のオフィスは神社の社務所です。文机が、お守りやお札をお授けする「授与所」と呼ばれるところにあります。
授与所の窓は映画のスクリーンのように大きく開き、その目の前を参道が横一直線に走っています。私はその大きな窓に対面する文机に座って、窓の外のご神木や、梅の木に来るモズやメジロ、参道を横切るネコやイタチやタヌキのすがたを借景にお仕事。朝一番に汲んだ清らかな水で墨を摩(す)り、祝詞(のりと)や芳名帳やお札に筆文字で書いていきます。
書き物をするには寒さがこたえますが、節分を過ぎると日の光の色が春らしくなって、鳥たちの来訪もさかんになり、心がすこし浮き立ちます。
地域によっても種類によっても、梅の開花時期には差がありますが、大阪の場合は、早咲きの梅が12月終わりごろからふくらみ始め、お正月明けから開花して、2月の節分ごろが盛り。遅咲きのものは3月まで楽しめます。
「あ、咲いた」
かすかな梅の匂いを感じると、思わず草履(ぞうり)をつっかけて外へ出ます。境内の梅の木に駆け寄り、梅の花にぐっと寄って匂いをかいでみると、あら? 匂いがしません。ところがもう一度、10歩ほど離れてみると、ふわっとかすかに芳香を感じます。
これが梅の花の不思議なところで、すべてにおいて奥ゆかしい。
ところが夜になると、梅はその印象を変えてきます。節分を過ぎてすこし春の気配を感じはじめる夜、ぜひ散歩に出てみてください。昼間にはそこまで感じなかった梅の花の香りが、全身を包むのを感じるはずです。そして、どこだどこだと探してみると、やっと梅の花が見つかるでしょう。夜の梅は、まず香りが先にくるのです。
「古今和歌集」に
春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる
という歌があります。「春の夜の闇は意味ないよね、梅の花は闇で隠せても、香は隠せないから」というような歌ですが、「古今和歌集」が編まれた平安時代(905年)から千年以上経ってもなお、梅は同じように、春の夜のたびに芳香を発して私たちに似たような感情を起こさせてくれるのです。なんて雅な花でしょう!
そんなこと言われても、梅の木が近所にない。
とおっしゃる方は、お近くの「天神」や「天満宮」という名のついた神社へ行ってみてください。そこには十中八、九、梅の木があるので、境内に入るとふわっと梅の香りがするはずです。
というのも、天神や天満宮にお祀りされている菅原道真は没後に神様として祀られ、天神様となられたのですが、人間だったころの彼は梅の花をたいそう愛したので、神様として全国的に祀られるようになってからも、その境内にご神木として梅の木が植えられることが多いのです。

そんな菅原道真がまだ子ども(11歳)だったころ、夜の梅について詠んだ漢詩があります。
月燿如晴雪(月耀〈げつよう〉は晴雪〈せいせつ〉の如く)
梅花似照星(梅花〈ばいか〉は照星〈しょうせい〉に似たり)
可憐金鏡転(憐れむべし 金鏡転〈きんきょうめぐ〉り)
庭上玉房馨(庭上〈ていじょう〉に玉房〈ぎょくぼう〉香れるを)
最後に香りについての一行で締めた、大人っぽい詩です。
梅を愛でる文化はもともと中国のもの。梅を漢詩で詠んでいること自体、当時の最先端国である中国の文化に精通している道真の秀才ぶりを表しています。
そんな彼は、青春の大半を官僚試験の勉強に費やし、合格後は右大臣にまでのぼりつめましたが、権力闘争に敗れて大宰府に左遷され、失意のうちに亡くなりました。
その後に起きた、道真を左遷に追い込んだとされる人物の病死や、朝議中の清涼殿(せいりょうでん)への落雷などが道真の怨霊によるものとされ、雷神から発展した天神信仰とあわさって、「天神様」として全国的に祀られるようになりました。
そして幼いころから大人になるまでずっと学問に身を捧げてきたことから、いまでは学問の神様として霊験(れいけん)あらたかなのです。
道真は”人間”時代、左遷されて大宰府に向かうときにもまた、梅の歌を詠みました。
東風(こち)ふかば匂ひをこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな
最後の5字については「春な忘れそ」とする文献もありますが、どちらにせよ、梅に対して「匂ひをこせよ」と語りかけていることには変わりありません。「をこす」は、送るという意味の「よこす」のこと。「君の匂いをこちらに送ってくれ」と、もう二度と会えない最愛の人に別れを告げているような歌で、私はいつも、この歌を思うと泣きそうになります。

この歌を聞いた梅の木が、のちに大宰府まで道真をおいかけて一晩で飛んで行ったという「飛梅(とびうめ)伝説」もあります。
道真を祀る九州の太宰府天満宮には、樹齢千年となるご神木の「飛梅」が現在も花を咲かせます。こんな伝説からも、昔の人があらゆるものに神を見出して神話的なストーリーを無限に紡いできたことがうかがわれます。
梅の花は終わり方も奥ゆかしく、ぽろぽろと落ちるので、このさまを「梅がこぼれる」と言い表します。お洒落ですよね。
日本語では、花の終わり方にもそれぞれに表現があって、
「桜散る、梅はこぼれる、椿(つばき)落つ、牡丹(ぼたん)崩れる、人は往く」
なんていう覚え方もあるそうです。花の種類で言葉を使い分ける遊び心。これも雅ですね。
梅がこぼれると言えば……みりんをしぼったあとの粕(かす)、いわゆる「みりん粕」のことを、関西では「こぼれ梅」と呼びます。梅の味がするわけではなく、その形状が、こぼれた梅の花びらに似ているからついた名前で、酒粕同様、甘酒にしたり粕漬けに使ったりします。
ほんのり甘く、つぶつぶした食感も楽しい、大人のおやつでもありますが、アルコール度数は高め。春の晩にすこしだけ口に入れ、お散歩にでかけるのは如何でしょうか。夜の梅がいっそう、匂い立つように美しく見えるはずです。
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神様と暮らす12カ月 運のいい人が四季折々にやっていること

古(いにしえ)より、「生活の知恵」は、「運気アップの方法」そのものでした。季節の花を愛でる、旬を美味しくいただく、しきたりを大事にする……など、五感をしっかり開いて、毎月を楽しく&雅(みやび)に迎えれば、いつの間にか好運体質に!
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神主さん直伝。「一日でも幸せな日々を続ける」ための、12カ月のはなし。
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