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ひまわり

2025.02.13 公開 ポスト

重版出来&アルパカ文学賞受賞! 自身と重なる言葉の物語新川帆立

「私は人の役に立てるのに、どうしてその力を発揮させてもらえないのだろう」。事故に遭い、頸髄を損傷し、四肢麻痺を抱えることになった三十三歳の主人公・ひまりが、過酷なリハビリの先に見る光は仕事への復帰。だがその夢は叶わない。そして挑むことを決める司法試験。身体が動かなくなった彼女は、言葉によって人とつながる弁護士を目指す―。新川帆立さん初の新聞連載作品である『ひまわり』は、掲載中、大反響を巻き起こした。明るい方を向いて咲くひまわりの花のようなポジティブでストレートな人生応援小説。五百ページ近くにも及ぶ長編作に込めた新川さんの思いとは?

構成/河村道子 撮影/ 吉成大輔

ーー「主人公のひまりを応援しながら、毎朝、楽しみに読んでいます」という声をはじめ、新聞連載中は日々、読者から数多の声が届いていたそうですね。

文芸誌を含めて連載中にこれほど多くの感想をいただいたのは初めての経験でした。「私も家族が交通事故に遭ったとき介護をしていました」とか、「この物語をきっかけに新しいことを始めてみました」など、ご自分の経験や内的な変化を感想に綴られている方が多く、自身の人生ヒストリーと共鳴させながら物語を楽しんでくださっている。作者冥利に尽きましたね。

 

ーー事故で頸髄を損傷し、首から下が動かない四肢麻痺を抱えながら司法試験に挑戦する、ひまりの不屈の精神が輝きを放つ本作ですが、執筆の起点になったのは?

交通事故によって頸髄を損傷し、四肢麻痺の障害を負いながら日本で初めて音声入力ソフトを使用して司法試験を突破、現在も弁護士として活躍されている菅原崇先生という方がいらっしゃいます。先生のインタビュー記事を拝読し、とても勇気づけられたんです。当時、私は仕事の進め方に悩んでいたのですが、こんな大変な状況にありながら仕事をされている方がいる、自分も頑張ってみよう、という気持ちになったんです。同時に「この話を小説に書きたい」と。ちょうどそのとき、新聞連載のお話をいただき、司法試験ものを書きたいと思っていたところだったので、「これは私の書きたいことが全部書ける!」とストーリーを構築していきました。本作は菅原先生のモデル小説ではありませんが、伺ったお話のなかには当事者しか語り得ないエピソードがあり、一部を使わせてくださいと先生にお願いし、承諾いただいて作中に書いています。

 

ーー物語の前半では、交通事故に遭ったひまりが、リハビリに向き合っていく場面が克明に描かれていきます。

菅原先生、脊髄損傷の患者さん、ヘルパーさんにお話を伺い、リハビリ施設へも見学に行きました。さらに専門書や当事者の方が書かれた体験記、エッセイなども読み込みました。脊髄損傷の患者さん方への取材にあたっては、彼らにとってセンシティブで大事な部分を伺うことになるので、こちらも本気で向き合っていることが伝わらなければ、と入念に下調べをして臨みました。たとえば損傷のレベルによって、できることが変わってくるのですが、それをきちんと理解することで、より深くお話を聞くことができました。

違っても、つながれる――。障害の現実に思い込めて

ーー商社社員として世界中を飛び回り、チームリーダーとして社員をまとめてきたひまり。前半では「なんで私が?」という彼女の戸惑い、怒り、苦しみが描かれます。けれどその感情のなかに留まることなく、ひまりはどんどん歩を進めていきます。

リハビリにはタイムリミットがあるので、感情的に抱えているものはあるけれど、悩んでいる暇はさほどないということをリハビリ施設での当事者の方々の姿に見たんです。なので、ここで書いているのは現実に照らした上でのことなんですね。ひまりの人物造形に関してもあまり悩むことはありませんでした。過酷な話だけれど、明るく読めるよう、ポジティブシンキングで社交的な主人公にしようと。

 

ーーそんなひまりは一緒にリハビリをする、周りの人たちの気持ちも考えていく人です。なぜ、苛立っているのか、自分に冷たくあたるのか、訓練に積極的になることができないのかなど、ひとりひとりが抱えている理由を慮り、心中で言葉にしていくことは、障害そのものに向き合うことにもつながっていきますね。

脊髄損傷の患者さんは、百人いれば百通りの損傷の仕方があり、人によってかなり状況が違うんです。なのでその微妙な差異が気になることはあるだろうなと。この作品は、「違っても、つながれる」ということが裏のテーマにあるので、同じ障害を持っているけれど、損傷部位の違い、さらにリハビリ後の受け入れ環境、経済状況など、自分とは違う人の立場を想像するシーンはどうしても必要でした。当事者の方からは障害を負った直後から、半年、一年と時間が経つにつれ、悩みは変わってくる、過去の自分を振り返ったときにわかる他人の悩みもあるとお伺いし、共通する悩みを持つ人がつながることの大切さを痛感したことが作中の場面には反映されています。

 

ーー「健常者は障害者と対面するとき、自分を試されているような気持ちになる」と、自身が障害を負ったからこそ理解できるようになった気持ちを、ひまりが語る場面も印象的です。

電車に乗っているときなど、明らかに困難を持つ方を見ると、手助けをしなければという気持ちと、自分は正しく対応できる? という気持ちの両方に挟まれてしまうんですよね。それはきっと人間の「正しくありたい」という気持ちから来るもの。多分、多くの人が持つ、その気持ちがあるからこそ、かえって正しさの問われる局面を避けてしまうことってあると思います。けれど障害を負った方からすると、毎回、健常者からその対応をされたら嫌だろうなと。ここは自分の反省も込めて書いています。

 

ーー電動車いすの操作にも慣れ、音声入力ソフトでパソコンを使うのもスムーズになってきたひまりは、「これなら仕事ができる!」と退院後、社会復帰をするべく動き出します。けれどここが、最もと言っていいほど高い壁でした。

菅原先生ご自身、社会復帰を目指したとき、様々な困難に見舞われ、本当に辛かったとお話を伺いました。自分はできるのになぜ仕事をさせてもらえないんだと。

仕事がしたいのにできない――。
知られてない“壁”は書くべきと

ーー復職も叶わず、職を探すために赴いた区役所の障害者支援課では、社会的な支援が用意されているからゆっくり過ごしたほうがいいと、ひまりも言われますね。

仕事をしたいと願っているのに、それが叶わないことは、人間らしい暮らしとは言えない、と当事者の方たちは思うだろうなと。それは先生への取材のなかで教えていただいたこと。ひまりがぶつかっていく社会復帰への様々な壁には誇張することなく、お伺いしたエピソードを反映しています。障害があることによって就労で不利に扱われるのは法律違反、ということは周知の事実ですが、こういった違反は、現実では結構起きている。その事実はあまり知られてないので、この“壁” を書くべきだと思いました。

 

ーー「どこの会社も雇ってくれないなら、自営業でやるしかない」「お前、司法試験を受けて弁護士になれよ」と、幼馴染であり、検察官として勤務するレオに言われたひまりは、弁護士を目指します。二十四時間要介護である彼女は、誰かの助けがないと六法全書のページすらめくることができない。そこで気付いたのが、自分自身で自分のチームを作ることです。

菅原先生は自分を支える人を自分で集め、仕事をしやすいよう、ご自身で整えられていらしたんです。待っているだけでは助けてもらえない、自分を支えてくれるメンバーを自分で作らなければ、前には進めないと。そのことを書いているうち、自分の生活にもいいことがあったんです。当時、私は、発達障害と仕事の両立に悩んでいたんですね。スケジュール管理がうまくいかずに困っていたのですが、ならば私もチームを作ればいいんだと「チーム帆立」を作りまして。「こういうことで困っているので助けてほしい」と編集者さんや関係者の方にお願いをするようになったんです。人のやり方を見て小説に書き、それが今、自分の生活にも役立っているんです。

 

ーー両親、兄、と、ひまりの家族もまさにチーム。とても協力的ですね。

これほど恵まれた状況はあまりないと思うのですが、いい人しか出てこない小説はつまらなくなることが多いので、単純な“いい人”ではなく、クセの強い、言ってみればちょっと厄介な人たちをひまりの周りには出していきました(笑)。

 

ー―司法試験に向けて、“伴走者”となっていくヘルパーのヒカルも“この子、大丈夫? ”とはじめはヒヤヒヤしてしまった人物です。そして、気の置けない幼馴染から、次第に関係性が変化していくレオも。

レオも残念イケメンみたいな感じですよね(笑)。当初、恋愛要素はなくていいのでは? と考えていたのですが、編集者さんに「入れた方がいいんじゃないですか?」と言われて。そのときはピンときてなかったんですけど、二人の恋模様は連載中、読者さんがすごく盛りあがってくださって。幸せというものを考えたときも、仕事上の幸せはもちろん、プライベートの幸せも、ひまりには手に入れてほしいなと。恋の要素は入れて良かったと思いました。

 

ーー前半はリハビリ、そして後半は司法試験への挑戦。ひまりが進んでいくのはまさに茨の道。けれど彼女は泣きごとを言わないし、その過酷さを自分では証言しない。進むプロセスごとに、彼女の挑戦していることが淡々と、正確に描かれることで、ひまりの壮絶な努力と困難は、 “状況証拠 ”として提示されていきます。そこに、題材は重たいのに、なぜこんなに軽やかに読むことができるんだろう、という理由、そしてこの小説のなかに “唯一無二 ”がある気がしました。

それはまったく意識していませんでした。ただ私は、お涙頂戴系の話が好きではないので、その温度感が素直に出たのかなと。読者としても、“私、可哀そうでしょ? ”という主人公に厳しい目線を向けてしまうんですね。日常の子細な感情を掬い取る話であれば、ウェットに書いてもいいでしょう。でもこの題材は、いつもの自分どおりに淡々と書いたことが、ちょうど良かったように思います。

 

ーー司法試験に向かい、邁進していくひまりの前に現れる大きな壁。それは司法試験で音声入力ソフトが使えないかもしれないということ――。これまで積み上げてきたものがすべて無になってしまうことを恐れるひまりに、ロースクールの実務家教員・真鍋先生がかける言葉が印象的です。「あなたは言葉のプロ、法律家になるんでしょう。言葉の力を信じなさい。言葉があるかぎり僕たちはつながれる。交渉するんです」と。

半分くらい書いたところでラストが見えてきたんです。そして「これは言葉の話だったのだ」ということを私自身が理解したんですね。身体が動かないから言葉で司法試験を受けるしかなく、仲間を集めるにも言葉を使う。そして法律家とはまさに言葉の仕事。すべて言葉の力で解決していく話なのだなと。それは小説家という自分の仕事と重なるところもあって。書きながら、私と読者さんの関係は、ひまりと周りの人の関係と似ていることにも気づきました。そのとき、「これは自分の話としても書ける」という実感を得ました。

過酷な司法試験、実感込めて書いた

ーーそして、かつてご自身も受験された司法試験に、ひまりが臨む場面を書いていたときはどんな感覚になったのでしょう?

懐かしかったですね(笑)。知らない人が読むと、きっと“こんな世界なんだ! ”と興味を持っていただけるだろうなと。五日間にわたって実施される長時間の試験は、まさに体力勝負。寝巻きやジャージで来る人もいるくらい(笑)。そういうことも思い出しながら書いていました。

 

ーー「司法試験はスポーツである」と、ひまりも言っていますね。さらに筆記をすることのできないひまりは、前日にプリンターを試験会場に持ち込むなど、事前準備の必要もある。

司法試験はただでさえ大変なのに、そうしたハンディを背負うことが、どれだけ過酷なことなのか、私にはそれが具体的にわかるんです。そこに自分が書いた意味があると思う。試験内容の心配をしたいのに、試験外のいらない心配が多すぎる、気が散ってたまらないと思うんです。試験前日は皆、1分1秒を争う感じで追い込みをしているのに、その時間をプリンターの確認などに取られるのなんて、絶対に嫌だ、ということが、めちゃくちゃ理解できるので、これは書かねばと思いました。

 

ーースタンド型のマイクのスイッチを入れ、ただ必死に口を動かし、言葉を発していく。ひまりが司法試験に臨んでいく場面は、大きなスポーツの大会を見ているようなライブ感がありました。

見せ場でしたね。淡々と書いていたのですが、これは大変なことなのだ、という実感が作者側にあるのが大事なことであると。司法試験を受けたことがある人にしか、この場面は描けないと思いました。

 

ーー本作を書き終えたとき、どんな境地になりましたか?

めちゃくちゃ達成感がありました。「いい仕事したかも!」みたいな自己肯定感が溢れてきました。そして読み返したとき、すごく真っ当な小説だとも思いました。奇をてらおうとか、読者さんを驚かせてやろうとかという、あざとさみたいなものが皆無の、速めのストレート球みたいな小説。王道をストレートで投げるみたいな小説って今、意外と少ない気がするので、この真っ直ぐさを味わい、楽しんでいただきたいですね。

 

ーー読むと勇気づけられる、前向きな気持ちになれる小説です。

新聞連載中、「はじめは自分がひまりを応援していたのに、いつの間にか自分がひまりに勇気づけられていた」という感想をいただいたのですが、まさに私もそうだったんです。この一作からは、作者としてもすごく幸せな執筆の時間をもらった気がしました。

関連書籍

新川帆立『ひまわり』

ある日事故に遭い、頚髄を損傷してしまったひまり。 リハビリを続けるも復職の夢は潰え、一念発起して弁護士を目指す。 鉛筆も握れず、六法全書も開けない。 言葉のみを味方に、果たして司法試験を突破できるのか?

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ひまわり

ある日事故に遭い、頚髄を損傷してしまったひまり。

リハビリを続けるも復職の夢は潰え、一念発起して弁護士を目指す。

鉛筆も握れず、六法全書も開けない。

言葉のみを味方に、果たして司法試験を突破できるのか?

「言葉は私の最後の砦。

言葉がある限り、私たちはつながれる」

おしゃべりと食べることが大好きな33歳のひまりはある夏の日、出張帰りに交通事故に遭い、頸髄を損傷してしまう。意識は明瞭。だけど、身体だけが動かない。過酷なリハビリを続けるも突きつけられたのは厳しい現実だった。「復職は約束できない。できればこのまま退職してほしい」。途方に暮れ、役所で就労支援の相談をすると、すすめられたのは生活保護の申請。

私は人の役に立てるのに、どうしてその力を発揮させてもらえないのーー?

ひまりは自立を目指し司法試験受験を決意する。思い通りにならない身体でロースクールに通い始めるが、次々と壁が立ちはだかり……。

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新川帆立

1991年2月生まれ。アメリカ合衆国テキサス州ダラス出身、宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒業。弁護士。司法修習中に最高位戦日本プロ麻雀協会のプロテストに合格し、プロ雀士としても活動経験あり。作家を志したきっかけは16歳のころ夏目漱石の『吾輩は猫である』に感銘を受けたこと。2020年に「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した「元彼の遺言状」でデビュー。他の著書に『剣持麗子のワンナイト推理』『競争の番人』『先祖探偵』『令和その他レイワにおける健全な反逆に関する架空六法』『縁切り上等!』などがある。

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