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あぁ、だから一人はいやなんだ。

2025.02.15 公開 ポスト

第241回 富士キャン<後編>いとうあさこ

パラパラ雨の中、脳内にF1の曲が流れながらも、極力ゆとり感を出して売店内をウロウロした私。ただそんなの、中と外がチグハグですから、意味なくガッチガチに緊張しちゃいまして。どうしよう。売店の中見ているのに、どんな商品が並んでいるのか全然頭に入ってこない。それでも歯を食いしばり、ってそんな必要まったくないのですが、歯を食いしばって、その小さな売店の中を3周してみた。地ビールか何かの小さな瓶が並んでいるのだけ、なんとなく記憶に残った。

外に出るとお姉さんと目があった。チャンス。会釈をしてみる。「こんにちはぁ」とお姉さん。やった。“こんにちは”待ち、大成功。まず自分がアーリーチェックインの者だと伝え、「ちなみに11時半ジャストから受付ですよね?」と聞いてみた。もしかしたら“5分前からとかいけますよ”的なことがあったりして。「そうですよ。」うん、そりゃそうです。でも受付場所含め軽く説明はしていただいたので、まずは第一歩。ただまだ時間はある。「この時間に薪を買うことは可能ですか?」「もちろん。うちは詰め放題やっているんですよ。」大きな袋を渡されまして、こぼれず運べるくらいまで入れてよいとのこと。袋を何度も地面でトントンしながら、隙間なくたっぷりの薪を詰め込んだ。

11時12分。再度車に乗り18分間、受付の様子をジーっと見ながら待つ。ピッピッピッポーン。11時半です。相変わらず慌ててない“フリ”をしながら、ほんのちょっとだけ足早に受付へ。先ほどのお姉さんがこちらの事情を知ってる? と思うほどあっという間に全ての説明をしてくださり、2分で受付終了。一瞬迷った分かれ道はあったけど、動画でめちゃくちゃ予習していたので、サイトにもすぐ到着。いつもならばここでテーブルと椅子を出して、コンビニで買ったコロッケで缶ビール1本グビリ、という“キャンプスタートの儀式”をしてからテントを建てる。けど今日は違う。一刻も早くテントを建てねば。これまた何度も動画を観て頭に叩き込んだ、“一人で大きなテントを建てる方法”。幸い雨はまだパラパラ。チャンス。「まずこれを敷いてぇ」「で、ポール差してぇ」ブツブツ工程を口に出しながら、一つ一つ確実に建てていく。結果30分でテントの外側の組み立て完了。まあ雨も22時まで降るけど、少ない降水量予報だから、オッケー牧場。ゆっくりテントの内部も整えてゆく。私のテントは入口である約2m×2mの布部分の両端にポールを立て、タープ代わり、要は屋根みたいにすることが出来る。今日はその下で雨をしのぎながら、焚火をして、ぼんやりするわけです。

13時半、すべてのセッティング完了。やっと椅子に座り、風景に目を向けた。富士山はもちろんまったく見えませんが、下に広がる山間の街並みの上に雲なのか霧なのかが覆いかぶさって、とても幻想的。お正月に買っておいたお漬物の残りでビールをグビリ。寒い。めっちゃ寒いけど、なんかいい。よし、焚火の準備だ。時折おそらくご家族でいらしているのか、どこからか子どものはしゃぐ声が聞こえてくるくらいで、本当に静か。薪に火が点いて、パチパチという音が優しく響いて癒される。ここからはただただゆっくり、いつもの味噌鍋を作って、ビールやらワインやらをチビチビ飲みながら夜を待つ。

それにしても山の天気は変わりやすい。雨の降り始めも二転三転して結局11時から降り始めましたが、やむ時間も最初は22時予報だったのが、23時、そして0時に。しかも降水量も1ミリ2ミリって出ていたのに、21時に5ミリ予報。でもまあ21時には就寝準備に入るからいいだろう。そう高をくくっていたら、だーい! どん! でん! がーえし! 17時くらいから雨がどんどん強まって、19時には音で言うとビシャバシャドシャン、な雨。こうなると屋根部分にすぐ大量の雨が溜まっちゃうので、立ち上がって両手で屋根を押し、水を落とす。これを毎分一度のペースでやらないと間に合わない。もう飲んでる場合じゃないし、落とした水が焚火にはねて、大量の煙が私を襲う。私のキャンプ三大目的である“火”“酒”“星”を全て奪われた私。まだ19時半だったですが、片づけして、テントに逃げ込んだ。天気予報を見てみると、その時間の降水量はいつの間にか“14ミリ”となっていた。もぉ聞いてないよぉ。結局1時過ぎまで、土砂降りだった。

でもそんな苦難の先に、最高の朝が待っていました。実はこのキャンプ場の目と鼻の先に温泉がありまして、日の出1時間前にオープン。この日の日の出は7時前。時計を見ると6時。ジャストだ。テントを開けると、目の前には分厚い雲海が広がり、その先に富士山のシルエットがうっすら見える。なんと美しい。まだ暗い中、簡単なお風呂セットを持って温泉に向かうと、10分かからず到着。もうすでにたくさん車が停まっていて、入口も行列。みんな日の出を見に来ている。私は湘南乃風のHAN-KUNさんくらい目深にタオルを巻いていざ出陣。軽くシャワーを浴びて、露天風呂へ。とても広く、二段になっている。4~50人くらいはすでにいたかな。私は上段の右端が空いていたので、そこへポチャン。元々“カラスの行水”派ですが、外が凍えるほど寒いので、肩を出したり浸かったりしていれば、なんとか日の出を待てそうだ。そこからの空の変化が素敵でした。まず右横にある富士山が赤く染まっていって。その美しさにウットリしていると、今度は目の前の山の稜線がどんどん明るくなる。そこからは早かった。真正面の山の間から小さな光が見えたと思ったら、太陽がものすごいスピードでグングン昇ってきた。まぶしい。今まで経験したことないほど強い光が真っ直ぐこちらを射す。超細目にしてまぶたの隙間からその様子を見た。すごい。まぶしい。でも素晴らしい。でもまぶしい。太陽がちゃんと真ん丸まで昇ったところで、私はお風呂を飛び出した。

長く待ったわりに、日の出後はあっという間に出てしまいましたが、度が過ぎたその美しい大自然のパワーを浴び、大満足。サイトに戻って、テントを始め“ビシャビシャたち”を干したり洗ったり。お鍋の残りも平らげ、帰途につきました。今回の冬はこれでキャンプ納め。次は是非、“火”“酒”“星”の揃ったキャンプで。

【本日の乾杯】大根と柿のお漬物。毎年お正月に買うお漬物です。2つの食感の違いもいいんですよね。これでビールを飲んでいる時は、あんな土砂降りになるなんて思ってもなかった……。

関連書籍

いとうあさこ『あぁ、だから一人はいやなんだ。3』

海への恐怖を感じた、初めての遠泳。4人で襷を繋いだ「24時間駅伝」。お見合い旅inマカオ。“初”キスシーンに、“初”サウナ。ドラクエウォークで初めての高尾山。接続できずに大騒ぎのリモート飲み会。拍子抜けだった大腸検査。ブームに乗って、のんびり「おばキャン」、のつもりが……。いくつになってもあさこの毎日は初めてだらけ。

いとうあさこ『あぁ、だから一人はいやなんだ。2』

セブ旅行で買った、ワガママボディにぴったりのビキニ。いとこ12人が数十年(?)ぶりに全員集合して飲み倒した「いとこ会」。47歳、6年ぶりの引っ越しの、譲れない条件。気づいたら号泣していた「ボヘミアン・ラプソディ」の“胸アツ応援上映”。人間ドックの検査結果の◯◯という一言。ただただ一生懸命生きる“あちこち衰えあさこ”の毎日。

いとうあさこ『あぁ、だから一人はいやなんだ。』

ぎっくり腰で一人倒れていた寒くて痛い夜。いつの間にか母と同じ飲み方をしてる「日本酒ロック」。緊張の海外ロケでの一人トランジット。22歳から10年住んだアパートの大家さんを訪問。20年ぶりに新調した喪服で出席したお葬式。正直者で、我が強くて、気が弱い。そんなあさこの“寂しい”だか“楽しい”だかよくわからないけど、一生懸命な毎日。

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