
陸上女子やり投げでパリ五輪金メダルに輝いた北口榛花(JAL)のオフは多忙だ。マラソンを除くトラック&フィールド種目で日本女子初の五輪金メダル。前人未到の偉業を達成し、さまざまな表彰式に引っ張りだこ。2月に行われた日本プロスポーツ大賞授賞式後に、つい本音が漏れた。
北口榛花が自然体でいられる理由とは
「鐘を鳴らしているところと、カステラを食べているところばっかり、フィーチャーされてしまって……私がやり投げ選手だと言うことを皆さん忘れないでほしいなと思っています」
五輪での栄冠は色褪せない。1投目に出した65m80cmで先行逃げ切り。投てきの合間に見せたカステラを食べながらリラックスする様子や、優勝後の演出で鐘を鳴らすシーンも印象的だった。会見での「名言が残せなかった」というフレーズが、2024年の流行語大賞候補に入るなど本人もビックリの反響だった。

シーズンオフ中に参加した式典も慣れたもの。「世の中にこんなにたくさんの表彰があると実感しました」と笑う。毎回スタイリストに衣装を選んでもらうなど、普段できない体験を楽しんでいた。多忙なオフを過ごすのは五輪スポーツのアイコンとしての宿命ではあるが、北口はストレスとは捉えずに柳に風だ。
いつか来る終わりを意識
どうしてそこまで自然体でいられるのか。北口は言ったことがある。
「いつどうなるか分からないか、それを分かっているからこそ常に全力なんです。そのどこかで満足することなく、常に上を目指していかなければいけない」
いつか来る終わりを意識するからこそ、一つ一つの経験をポジティブに捉えることができる。その考えに至るルーツは、元バスケットボール選手の母・規子さんの教えにあるという。アスリートとして生きていく覚悟を決めた時から心に刻む母の言葉がある。
「私たちがテレビで見てるアスリートは全員がキラキラしているけど、それはほんの一部。そこまで行くのがどんだけ大変なことか」
一流アスリートは、きっと人知れない努力を重ねている。その立場になった今だからこそ、母の言葉が身に染みる。どんなに有名になっても驕ることはない。
髪の毛もバッサリ切り、心機一転
今オフ、北口は新たな挑戦を始めた。自身のルーツでもある水泳やバドミントンの動きを練習で確認し、さらには柔道やクロスカントリースキーなど多くのスポーツも練習に取り入れた。自身の最大の武器である柔軟性を生かす投てきを試行錯誤。パワー×スピードのかけ算という従来のアプローチでなく、多様な動作から気づきを得て、自身の投てきへの還元を試みる。
「自分の武器であり、好きなことはいろんなスポーツに取り組み、やり投げに生かせるかを探すこと。楽しく練習できている」
例年より仕上げるペースが遅いことは自ら認めるが、「自分のペースを乱されないようにやっていけたら」というように長いシーズンを考れば必要な時間だ。五輪の頂点にたどり着いたからこそ踏み出した新たな始まり。北口は、過去に拘ることなく、強くなる過程を楽しんでいる。髪の毛もバッサリ切り、心機一転でシーズンへの準備が続く。
「ずっと五輪気分でいるわけにはいかない。オリンピックは過去のものだぞ、と言う気持ちを決めるために切りました」
2025年9月には東京・国立競技場で世界選手権が行われる。2連覇を狙う北口は、自身が持つ日本記録67m38cmの更新。そしてアジア記録67m98cm、そして79mの大台へどれだけ近づけるか。
「次はやり投げを極めることをしなくてはいけない立場。今まで誰も進んでこなかったような道をさらに切り開いていけるように、これからも頑張りたい」
今後、北口が向き合うのは、自身が持つ未知の可能性をどう引き出せるか。優勝という結果だけではなく、思考を重ねる過程にも拘りたい。花の都パリの物語は既に完結し、次章が始まっている。
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※この記事はWeb版GOETHEに掲載された記事を再編集したものです
アスリート・サバイブル

時代を自らサバイブするアスリートたちは、先の見えない日々のなかでどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「アスリート・サバイブル」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。
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