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続・ぶらり世界裁判放浪記

2025.04.05 公開 ポスト

ガーナ 前編

アフリカの森に息づく王国の記憶原口侑子(弁護士)

TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」出演で話題! 世界133ヵ国を裁判傍聴しながら旅した女性弁護士による、唯一無二の紀行集『ぶらり世界裁判放浪記』(小社刊)。現在も旅を続けている彼女の紀行をお届けする本連載。本日は「ガーナ編(前編)」をお届けします。

*   *   *

ガーナに行ったときに「アシャンティ王国の王様」に会った(見かけた)話をする。

西アフリカにあるガーナの第二の都市はクマシ。内陸の町である。海岸沿いにある首都アクラから、土っぽい国道を5時間ほど走る。

道中、湖を通り過ぎた。煙った空が湖面にうつって、マットなグレーのさざ波が立つ。川岸で洗濯するお母さんと水浴びする子供に混ざって、魚籠を持った若者がざぶざぶと腰まで入っていった。

湖は浅いらしく、若者は奥へと進む。私はその水が「意外と綺麗そうだね」などと友人に話していた。しかし「意外と」とは何だろう。

キッズがやってきてサッカーボールを片手にワイワイ迫ってくる。写真を撮って見せると嬉しそうだ。テンションの高い子どもの甲高い声は、全世界共通。湖の涼しい風が通って、沿岸部のねっとりとした空気とは違う、などと思ったりしていた。

ボスムトゥイ湖という名前で、クレーター跡にできた湖らしい。Googleマップで衛星写真を見ると、確かにきれいな円形をしている。そんな歴史のためか、または神がかった言い伝えのせいか、この界隈に住む民族(アシャンティ人)たちにとっては聖なる湖だそうだ。

さて、当時ガーナに住んでいた友人がクマシに連れて行ってくれたという経緯なのだが、なぜ友人がクマシに連れて行ってくれたかというと、「アシャンティの伝統的建築物群」という世界遺産があるゆえだった。とはいえ神殿と呼ばれるその世界遺産は泥でできた1階建ての小屋に過ぎず、小屋のまわりには人もいなければ入場口のようなものもない。聞き込みをしているうちに近くのおやじさん(絶対ただの近所の人)がのそりとやって来て鍵を開けるというような具合で、私たちはすぐに退散した。

がっかり世界遺産を後にした私たちが目にしたのは、ハッピーバースデーと書かれた道路沿いのポスターであった。金の腕輪にカラフルな衣装をまとった男性の顔が描かれている。

「王様の誕生日パーティーがやっているっぽいね」、運転手さんが教えてくれた。ポスターにはOtumfuo Osei Tutu II Asantehene(アシャンティのオセイ・トゥトゥ2世)Happy Birthdayとあった。

「王様」、私は驚いて聞いた。ガーナ「共和国」に「王様」が存在するということを、それは歴史あるアシャンティ王国ということを、そのときはじめて知った。

会場はすごい熱気だった。広い芝生に大きな傘のテントが、花が咲くようにたくさん開いている。果たして王様はすぐ見つかった。ひときわゴージャスなテントの幕の中で、一段上った場所に鎮座しておわしたからである。

「もちろん」、と黒いスカーフをまとった通りすがりの女性が言った。「あなたたちもウェルカムよ」ガーナにはキリスト教徒が多いがムスリムもそれなりにいる。民族宗教を信じている者も多い。

「旅の者たちよ」、ゴールドのマントを羽織った男性が言った。「王様の近くにお行きなさい」

住民たちも当たり前のように正装していた。ただの誕生日パーティーなどではなく、公式なお祭り感があった。会場の端っこと端っこで、まだらに音楽がかかっている。大きなジャンベを担いだ屈強そうな男が何人か行き過ぎると、スピーカーから何やら号令がかかった。隣にいたお姉さんがバスンと傘を閉じた。

「それでどこから来たの」

お姉さんが聞いた。芝生に足がめり込んだ。

アシャンティ王国は、17世紀、ガーナ南部内陸部の森林地帯に居住するアシャンティ人の都市国家クマシの王、オセイ・トゥトゥが建国したとされる。1670年、日本では江戸幕府の将軍が5代目の綱吉に変わる少し前のこと。

その後アシャンティ王国はイギリス植民地下で一度滅びたものの、王は再び帰還。1957年にガーナが独立した後も王国は存続している。

ガーナでは、アシャンティ王のような「伝統的な首長」の地位が、憲法のもとで認められているのだった。制度化もされていて、「伝統的首長制度」(Chieftaincy)というらしい。5人の「大首長」が地域から選ばれ、首長議会や地方首長議会を構成する。大統領よりも影響力が強いこともあるとか。

その中で作られた「首長権法」という法律は、「伝統的な首長」たちに、村のトラブルを調停する権限を与えている。首長たちはまた、「慣習法」(部族のルール)を推進する役割も与えられている。離婚や、子供の監護の問題、土地の紛争といったトラブルを扱うのだ。

ガーナでも、「国家法の下に設立された西洋式の」裁判所は遠い存在だ。距離的に遠いだけでなく、お金がかかり、時間もかかる。トラブルを抱えた人たちのもう一つの駆け込み先が「村の伝統的な統治者」であるのは想像に難くない。

関連書籍

原口侑子『ぶらり世界裁判放浪記』

世界はこんなにも広く、美しく、おもしろい! ある日バックパッカーとなった東大卒の女性弁護士は、アフリカから小さな島国まで世界131カ国を放浪し、裁判をひたすら見続けた。豊富な写真と端正な筆で綴る、唯一無二の紀行集!

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続・ぶらり世界裁判放浪記

ある日、法律事務所を辞め、世界各国放浪の旅に出た原口弁護士。アジア・アフリカ・中南米・大洋州を中心に旅した国はなんと133カ国。その目的の一つが、各地での裁判傍聴でした。そんな唯一無二の旅を描いた『ぶらり世界裁判放浪記』の後も続く、彼女の旅をお届けします。

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原口侑子 弁護士

東京都生まれ。弁護士。東京大学法学部卒業。早稲田大学大学院法務研究科修了。大手渉外法律事務所を経て、バングラデシュ人民共和国でNGO業務に携わる。その後、法務案件のほか、新興国での社会起業支援、開発調査業務、法務調査等に従事。現在はイギリスで法人類学的見地からアフリカと日本の比較研究をしている。これまでに世界131カ国を訪問。

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