
トクリュウこと、匿名・流動型犯罪グループ。最近、ミャンマーやカンボジアでその拠点が発覚したが、実は台湾にもその大きな拠点がある。ジャーナリスト・花田庚彦が、台湾の「街頭」が仕切るトクリュウの現場に潜入取材し、誰も知らない闇バイトの恐るべき実態を暴いた『ルポ・台湾黒社会とトクリュウ』より、“スクープ”の一部をお届けします。今回から、台湾トクリュウの現場への、衝撃の潜入ルポをお届けします。
台湾トクリュウの現場への潜入
かくして、10月8日から90日後の1月初旬まで、台湾にて軟禁状態でトクリュウをやらされるという案件に筆者は関わることとなった。指定された飛行機で台湾の桃園空港に着いたのは、1時間の時差を入れて昼過ぎだったと記憶している。到着後、空港の Wi-Fiを使い、着いたことをテレグラムで報告すると、続いて新幹線に乗って台中の駅に集合するように中国語でボスが指示を出し、リクルーターがそれを翻訳して伝えてきた。
筆者はまず、空港の横にある携帯電話のショップに入り、2カ月使い放題のe-SIM カードを入手した。当然長期の方が格安だが、携帯電話などを取り上げられた場合、捨て金になることを考慮し、短期の契約をしたのだ。この契約をしたe-SIMがのちに、色々な言い訳をする道具になったので、人生分からないものである。
筆者は新幹線で台中に向かえという指示を無視して、高速バスで現地に向かうことにした。これはやはり直感による行動だったが、またしてもこれが吉と出る。リクルーターやトクリュウのグループチャットからは新幹線に乗るよう矢の催促が来るが、空港で買ったe-SIMがあまりにも精度が悪く、電波を拾わないのだ。
筆者の乗った高速バスにはWi-Fiが付いていたが、あえてWi-Fiをオフにしていた。
これには理由があり、バスが満席に近かったのでWi-Fiに接続するよりも、e-SIMの方が速いのではという判断だったのだが、これものちに考えると正解だったというわけである。高速バスに乗っている最中も、リクルーターを含む相手から頻繁に携帯にテレグラムで着信が入るが、出たくても電波状態が悪く電話に出ることが不可能で、チャットも途中で途切れてしまう有様だった。相手がイラついているのがこうした連絡の端々から伝わってくるが、駅や車内でWi-Fiが利用できる新幹線で向かうのと異なり、自由な時間を手に入れることができたのである。
そのようなことを繰り返して、筆者は台中に着いた旨を報告した。すると、相手からは「他の人間を迎えに行っているので待っていてほしい」と連絡が来た。この日だけでも、相当人数の掛け子担当が台中に入っているのかも知れない。そんなことを考えながら30分待ったが、連絡は一向に来なかった。しびれを切らした筆者は「もういい。日本に帰る」と、急(せ)かすようなチャットを入れたのだが、すると数秒のうちに「住所を送るので、そこまでタクシーで来てほしい。タクシー代は着いたら渡す」と相手から返信が行われた。その後、住所と目印のコンビニの写真を送ってきたので、タクシーを拾い、もらった住所を見せながら目的地に向かうことになったのだが、ここでもe-SIMの電波状態が悪く、スマホの翻訳機能を使えなかったため、タクシーの運転手とのコミュニケーションを取るのに往生してしまった。
狭い台湾と言ってもタクシーで移動してみると、土地勘がないことも相まって、かなりの距離を走ったような気分になった。台中の街中を抜け、田舎道を入っていくと目的地に到着。どうやらそれなりの距離があったのは筆者の感覚だけではなく事実だったようで、結構な金額を払い、近くのコンビニのWi-Fiを拾って着いた旨を伝えると、すぐに迎えの人間がやってきた。
この迎えの人間は、好みだと思われるブランド品に身を包み、高そうなTシャツの袖や襟首から、入れ墨が顔を出しているようなラフな格好をした若者だった。トクリュウを行う街頭には、こうした手合いが多いのだろうか。挨拶を交わした後、彼は筆者の荷物を持ち、歩き始めた。宿舎へと向かいながら、「到着の連絡を入れてからすぐに来た、ということはかなり近くにあるのだろう」と当たりを付けつつ、道すがらに点在する防犯カメラの数を確認。後の逃走時に、映らずに済む死角などを探して歩いたが、思った以上に近く、コンビニから2、3分の場所であった。「これなら大通りまで逃げればタクシーを拾えるな」と、逃走時のシミュレートを脳内で繰り返しつつ、宿舎の中へと向かうことになったのである。
さっそく宿舎に入ると、タコ部屋的なものを想像していた予想とは異なり、こぎれいな内装のものだった。連れてきた男は、「仕事以外はずっとこの場所で待機していてほしい」と、スマホの翻訳機能を使って指示してきたが、揉め事をこの時点で起こすつもりはなかった筆者は了承した。調べてみると、どうやらここは民泊のようで、他にも何人か居住者がいるようだったが、この時点では全員不在であったため、“同業者”なのかどうかは不明のままとなってしまった。宿舎に着いた際、「パスポートを出してほしい」と要求されたが、「荷物の下にあるので待ってほしい。タバコを吸いたい」と、話題を変えてこの場でははぐらかすと「室内は禁煙なので、外で吸ってほしい、出入口の暗証番号は教える」と向こうは返答。はからずも、接触後すぐに脱出をする重要な糸口を摑むこととなったのである。
なお筆者はマイナンバーカードや、保険証などの身分を証明できるものに関しては、今回の取材に持ち込まず、家に置いてきた。クレジットカードも最小限に抑えて逃走用に使う1枚だけである。これらを取り上げられてしまった場合、後々再発行の手続きを取ることや、カード会社に連絡するのが面倒であることや、何よりもパスポート以上の情報を与えたくないというのが一番の理由だ。
そして、実際にトクリュウに関わり、ミイラ取りがミイラになってしまう事態は絶対に避けたかった筆者は、向こうから仕事を持ち込まれる前に脱出をすることを考えていた。見たところ、部屋と玄関には厳重なナンバーロックが施されていたため、そこの突破をどうするか考えていたのだが、上記のタバコに関連して、早くも突破口を見出したのである。筆者は、見張りがいる間にこれ見よがしにタバコを吸いに外に出ることで、“度々タバコを吸いに外に出る人間”であるということを印象付けた。その結果、最終的には近くのコンビニまでタバコを買いに行くことを許されるまでの信頼関係を勝ち得たのだ。
この宿舎で2日過ごすこととなったのだが、筆者はその間、見張りの人間とポーカーなどをして遊びながら、より信頼されるように腐心した。そのため、最終的にコンビニのみならず一人での散策を許されるようになり、近くで行われている夜市や、カフェなどを訪れて楽しんでいた。
トクリュウの現場で出会った19歳の日本人
しかし、ついにその時はやってくる。2日目、見張りの人間から「明日から仕事だから、そのつもりでいてください」と言われたので、逃げることを決心しつつ、最後に取材を行おうと「仕事場を見せてほしい」と、ダメ元で見張りに聞いた。上記の通り、既に仲の良くなっていた見張りは「ボスに聞いてみます」と、安請け合いをしてくれた結果、なんとその日の夕方に現地を見学できることになったのだ。「3カ月前から仕事をしている人たちがいるので邪魔をしないでください」と含められ、連れ出されたその場所は宿舎から車で10分ぐらいの雑居ビルだった。外には仲間らしき数人がたむろしている様子が見えた。
エレベーターで9階に上がり、いかにもセキュリティの高そうな部屋に入ると、そこには10代と思われる若者から、60~70代と思われる高齢者まで、年齢層がバラバラの男4人がスマホを片手に1台ずつ握り、皆どこかに電話をかけている。彼らが座るデスクの前に設置されているパソコンにはエクセルで作られたと思われるデータが映されていたが、こちらが被害者候補となる人物たちの名簿なのだろう。耳を済ますと「宮崎県警の捜査二課の〇〇です。〇〇さんの電話で間違えはないでしょうか」など、トクリュウの定番になっている言葉が聞こえてくる。
筆者はその後、トクリュウのアジトを数分見て回り、人目を避けて上記の4人のうち、一番若そうな男に話しかけた。年齢を聞くと、相手は怪け 訝げんそうに筆者を見ながら「19 歳」と、ぶっきらぼうに答え、「ああ、ここでも10代の若者が犯罪に手を染めているのか……」と暗澹たる気持ちを抱くことになったのである。相手を引き止め、長く会話をする時間もなかったので、この場で彼との交流は終わってしまったが、この若者がもし望むのであれば、助け出してあげたいという気持ちが湧いてしまったのが正直なところだ。とはいえ、筆者の目から見た彼は、嫌がる素振りをまったく見せずにトクリュウに励んでいる。逆に、筆者のこうした気持ちは彼にとって迷惑に思われるかも知れないな、と急に気持ちが冷めてしまった。
今後、彼が自分の意志であろうと、そうでなかろうと、トクリュウを続ける以上、遠くない未来に待っているのは逮捕という現実である。トクリュウで逮捕された場合、殆どのケースで彼らのような18~19歳の特定少年は少年院または刑務所に送られ、1年以上の自由を奪われることとなる。人生で最も楽しいであろう時期を棒に振ることとなるのだ。こういった意味で考えると、若者がこの犯罪に手を染めることは、実はかなり割に合わない選択肢だと言えるだろう。
筆者が見てきたプロの犯罪者たちは、“1億円手に入れられるのであれば、10年収監されることになっても、年収は1000万。真っ当な職業で社会にいてもそこまでは稼げないので、リスクを払う価値がある”と、倫理観の是非はともかく、シビアに天秤にかけて罪を犯すという感覚を持っている者が多い。
この若者をはじめとして、トクリュウのメンバーの中でも、使い捨てとなってしまう掛け子や受け子、出し子などの末端要員は、こうした観点からも、そもそも割に合わない犯罪であることは明白だ。
その手に手錠がかけられた時、恐らく彼は後悔することになるだろう。逮捕された時、後悔をしない人間はいない。違うのは、後悔をした際に、真面目に更生しようとするか、あるいは“どうすれば捕まらなかったのか”と考え、再び悪事に手を染めてしまうかである。彼が前者であることを筆者は祈ってやまないし、これからトクリュウに加わろうと考えている人々に対しては、罪を犯さない勇気、断る勇気の大切さについて声を大にして主張したいと思っている。
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この続きは幻冬舎新書『ルポ・台湾黒社会とトクリュウ』でお楽しみください。
ルポ・台湾黒社会とトクリュウ

トクリュウの拠点は、台湾にあった!
トクリュウこと匿名・流動型犯罪グループの大きな拠点の一つは台湾にあり、日本の暴力団は完全に台湾黒社会の下請。
そんな情報を仕入れたジャーナリストが、台中のアジトに潜入取材した。
現地でトクリュウに励む10代から70代の日本人の勤務は9時から19時までで土日休。報酬は月約40万円。一見ホワイトな現場に近づいた彼は、犯罪チームに勧誘される。断ると「腕を千切る」と脅され、必死の逃亡劇が始まった――。
トクリュウ、闇バイトの恐るべき実態を暴いた衝撃のルポ。