1. Home
  2. 生き方
  3. 愛の病
  4. 死ぬまでにしたい100のこと

愛の病

2025.04.07 公開 ポスト

死ぬまでにしたい100のこと狗飼恭子

「100のやりたいこと」というノートを買った。とても軽い気持ちで。

名前の通り、これからの自分がやりたいことを100個書く、というノートだ。バケットリストといって、最近流行しているらしい。何月何日に達成し、そのときどんな状況で誰といてどんな気持ちだったかなどを書く欄もある。

『死ぬまでにしたい10のこと』という映画がある。名前の通り、自分の死期を知った主人公が今までしたことのない、これをやらずには死ねないということをかなえていくという映画だ。わたしはまだ死期を悟ってはいないのだけれど、今のうちに考えるのもいいと思ったのだ。(これ以外にも、死ぬまでにこれをやると決める映画は多い。『最高の人生の作り方』とか『最高の人生の作り方 日本版』とか。他にもあった気がするけれど今は思いつかない)

 

ノートを開き、ペンを持つ。ひとつめ。

1、海の近くで暮らす

これはわたしのずっと見ている夢のひとつ。

歩いて砂浜へいける場所で暮らしてみたい。

2、犬と暮らす

これは、まあ、海の近くで暮らすなら犬がいたらいいだろう、という1番に付随する夢。猫とも暮らしたいけれど、猫シッターをしたことがあるので猫と暮らした実績はある。「100のやりたいこと」は、基本的にまだしたことがないことにしようと思っている。

3、船旅をする

これもずっと夢見ていること。

「太平洋の真ん中まで行くと、世界が海と空しかなくなるんだ」

客船で働いていた知人がかつて言っていた言葉だ。その感覚をわたしも感じてみたい。

なんだか海に関することが多いのは、今、山に暮らしているからだろう。都会にももううんざりするほど住んだし。他にも、エメラルドグリーンの海で泳ぐとか、海外暮らしを体験するとか、飛行機のビジネスクラスよりすごいやつに乗るとか、超高級寿司を食べるとか、海と旅に関わることと、やりたい仕事や仕事にならないかもしれないけれど文章と映像に関わることをいくつか書いてみた。

合計、十六個。

そしたらもう、やりたいことが思いつかなくなった。

わたしの人生はまだあと十年以上はあると思われるのに、やりたいことはたったの十六個。それもなんとなくかぶってるものが多い。ビジネスクラスで海外に行って海の近くで暮らし、船で旅をして寿司を食べたらいっぺんに叶ってしまう。必要なのはお金と休暇だけ。

ぜんぜん100に満たないどころか、四分の一にも届かない。

困ったわたしは「やりたいこと」を絞り出す。

 

17、鼻炎を治す。

うんまあ、鼻炎は治したほうがいいだろう。

18、歯を治す。

そりゃあ歯も治したほうがいい。

19、郵便貯金のカードを作る

 

と書きかけて、いや違う、と思いなおす。やらなきゃいけないことが混じり始めている。危ない。パケットリストにはあくまでもやりたいことを書かなければ。

わたしは昔から、「不可能な夢」を見るのが苦手だ。

どこかで手が届きそうな、頑張れば自分の力でかなえられそうな夢しか見られない。旅行が好きでも「世界一周をする」とは書けないし、ファーストクラスに乗りたいとも書けない。小説を書きたい、とは書けても、直木賞を取るとは言えない。子どもの頃も、魔法使いになりたいとは思えなかった。こう見えて驚くほど地に足がついているのだ。

他の人は何がしたいんだろう。ネットによく書かれている「やりたいこと」を真似してみる。

 

Q、推しのスターに会う。

A、昔、大好きなアーティストに会って興奮しすぎて貧血で倒れたことがあるので、遠目から見るくらいで充分。

Q、オーロラを観る。

A、寒い場所へ行きたくない。

Q、北極か南極へ行く。

A、寒い場所へ行きたくない。

Q、定番、スカイダイビングとかバンジージャンプ。

A、絶対嫌。

 

わたしはもう、やりたいことはほぼみんなやり終えたのかもしれない。インドでカレーも食べたしネパールの山も上ったし、パリでバレエも観た。山に移住もした。

薄々感づいている。わたしにはもうほぼ欲がない。

あとはのんきに過ごしたいだけだ。本を読んで映画やドラマを観て、文章を書いて、大切な人や可愛い動物と暮らす。

今から死ぬまで、それだけでもいいかもしれない。むしろ、そうできたら幸せだと思う。

わたしのパケットリストはほぼ真っ白のまま、きっとあっという間に老後を向かえる。

年齢を十分重ねてたのにまだやりたいことがたくさん思いつく人は、本当にすごい。

関連書籍

狗飼恭子『一緒に絶望いたしましょうか』

いつも突然泊まりに来るだけの歳上の恵梨香 に5年片思い中の正臣。婚約者との結婚に自 信が持てず、仕事に明け暮れる津秋。叶わな い想いに生き惑う二人は、小さな偶然を重ね ながら運命の出会いを果たすのだが――。嘘 と秘密を抱えた男女の物語が交錯する時、信 じていた恋愛や夫婦の真の姿が明らかにな る。今までの自分から一歩踏み出す恋愛小説。

狗飼恭子『愛の病』

今日も考えるのは、恋のことばかりだ--。彼の家で前の彼女の歯ブラシを見つけたこと、出会った全ての男性と恋の可能性を考えてしまうこと、別れを決意した恋人と一つのベッドで眠ること、ケンカをして泣いた日は手帖に涙シールを貼ること……。“恋愛依存症”の恋愛小説家が、恋愛だらけの日々を赤裸々に綴ったエッセイ集第1弾。

狗飼恭子『幸福病』

平凡な毎日。だけど、いつも何かが私を「幸せ」にしてくれる--。大好きな人と同じスピードで呼吸していると気づいたとき。新しいピアスを見た彼がそれに嫉妬していると気づいたとき。別れた彼から、出演する舞台を観てもらいたいとメールが届いたとき。--恋愛小説家が何気ない日常に隠れているささやかな幸せを綴ったエッセイ集第2弾。

狗飼恭子『ロビンソン病』

好きな人の前で化粧を手抜きする女友達。日本女性の気を惹くためにヒビ割れた眼鏡をかける外国人。結婚したいと思わせるほど絶妙な温度でお風呂を入れるバンドマン。切実に恋を生きる人々の可愛くもおかしなドラマ。恋さえあれば生きていけるなんて幻想は、とっくに失くしたけれど、やっぱり恋に翻弄されたい30代独身恋愛小説家のエッセイ集第3弾。

{ この記事をシェアする }

愛の病

恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。

 

バックナンバー

狗飼恭子

1974年埼玉県生まれ。92年に第一回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。高校在学中より雑誌等に作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。著書に『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『低温火傷(全三巻)』『好き』『愛の病』など。また映画脚本に「天国の本屋~恋火」「ストロベリーショートケイクス」「未来予想図~ア・イ・シ・テ・ルのサイン~」「スイートリトルライズ」「百瀬、こっちを向いて。」「風の電話」などがある。ドラマ脚本に「大阪環状線」「女ともだち」などがある。最新小説は『一緒に絶望いたしましょうか』。

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP