

下町ホスト#32
中年男と半強制的に交換させられた加齢臭を放つ古びたスーツ一式を纏いながら、下町の暗い桜並木を歩く
程よくお酒が廻っている眼鏡ギャルは私と同じ日に変えた丸みを帯びた携帯電話のカメラ機能を使って、禿げかけた桜を撮影した
「糞ぶれるんだけど 腕疲れた」
私は背後から、邪魔にならぬように静かに近づいて、細い腕に私の手を添えた
その瞬間、眼鏡ギャルは大きく驚き、携帯電話を手から落とした
新しい携帯電話は、安っぽい衝突音を立てながら数歩先まで転がった
眼鏡ギャルは唇を震わせながら、私を睨みつける
「そういうの怖いからやめてっていったよね」
私は慌てて、携帯電話を拾って、手渡した
「ごめん」
「もういい 帰る」
桜並木を越えて、大通りに出る
しかし、あまりにもタクシーが走っておらず、気まずい時間が煙草の煙と共に流れる
大きなため息を吐いて、眼鏡ギャルが煙草に火をつけてから久々に声を発する
「糞めんどくせーな お前もアタシも」
「戻る」
そう言って駆け足で終わりかけのネオン街に戻り、系列のバーに入った
店内はガラガラで、一番奥にある広めのテーブル席に案内される
眠たそうな店員が注文を取りに来て、眼鏡ギャルは珍しく生ビールを注文し、私も便乗した
適当なフードをいくつか頼んで、特に会話がないまま生ビールは三杯目を迎えていた
「怖いのよ 静かな所で不意に触られるの」
眼鏡ギャルは干からびつつある野菜スティックを咀嚼しながら喋り出す
「それ前に聞いてたからさ、、ごめん、さっきは」
「理由を言ってなかったけど、嫌な男がいたんだよ」
「どう嫌だったの?」
「暴力系」
「そうだったんだ、、」
「まだなんか怖いの」
「気をつける」
眼鏡ギャルは中途半端に減った生ビールに氷を入れてから、一気に飲み干した
そのままの勢いでテキーラを数杯注文し、堂々と欠伸をしている眠たそうな店員も巻き込みながら、私達は今日も酒に呑まれてゆく
互いに呂律が回らなくなり、眠たそうな店員も限界を迎え、会計が強制的にやってきた
私は支払いを済ませ、既に寝かけている眼鏡ギャルに声を掛けたが、特に返事はない
ふらつきながら立ち上がり、目を瞑りながらレジを触っている店員に挨拶をしてエレベーターに乗り込む
外は、きっちりと晴れていて、陽射しを避けるように駅へ向かう
朝の清潔そうな人々に紛れて電車に乗り、酒臭い息と眠気を押し殺しながら暫く揺られた
眼鏡ギャルは家に着くと、そのままベットに横たわる
私は一本冷たい水を飲んでから、黒いスウェットに着替えて、眼鏡ギャルを起こさぬように、静かにベットの隅の方で横になる
「本気で歌舞伎町行く?」
「ごめん、起こしちゃった?」
「行くの?」
「うん、でも勝たないとだから」
「だから勝つ気あんの?」
「今のままでは厳しいかな」
「いや、気持ちの話してんだけど?」
「、、、」
「なんか中途半端ならもう出てってよ」
「勝つよ 何してでも」
「だったらアタシがやってやるよ」
「いつ辞めて歌舞伎町行く?」
「十八になったら、すぐ」
「わかった」
眼鏡ギャルはこちらを向いて、目を瞑ったまま再度唇を開く
「殴ってよ 思いっきり」
眩い朝日に汗ばんだ掌が酷く照らされた
「鍋底」
やばすぎと口走って服を脱ぎ安価な皮膚に沈む朝焼け
艶っぽい空の模様に気を取られ傘を忘れた中年の人
午後三時明日の天気を知らぬまま鯵の隣の真鯛が死んだ
鍋底で寝ている昆布は適当に萎びた葱と逃げ場を探す
腐敗する人の乗り這うタクシーで柑橘臭く君は笑った

歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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