お互いがファンだという、ミュージシャンとノンフィクションライターの異色対談も最終回。安易な言葉で気持ちを奮い立たせるような「ポエム的音楽」と、悪徳経営者が語るポエム的な理念は、実は表裏一体なのかもしれない――とお二人の問題意識が重なります。(構成:漆原直行)
「ありがとう」「夢」という言葉にすべてをまとめない
中村 全体的な潮流ではあるけど、特に若い人たちほど、複雑で深みのある言葉よりも、耳触りがよくて簡単な言葉にばかり惹かれている傾向を感じる。極端に言うなら、言葉に対する耐性──言葉の真意を読み解き、自分なりに咀嚼する力──が衰えている印象です。
小出 たしかにそうですね。個人差も大きいんですけどね。うちのバンドのファンの方は、ちゃんと歌詞を読み込んでくれて、一生懸命解釈しようとしてくれる方が多いです。
中村 政治に関しても難しいことよりも、わかりやすくて断定的な物言いが好まれる傾向にある。
小出 僕も最近のバンドものを聴いてみても、言葉が面白いと思うことは少なくなっているかもしれないですね。もちろん、記号的な表現が必要なことも多いですし、音楽的な気持ち良さって「こうだ!」とは一概にはいえないところもあるんですけど、それでもやっぱりイズムが伝わるようなものが聴きたいです。ロックバンドをやる以上、僕はむき出しで歌っていきたいですしね。
中村 ですよね。ちなみに小出さんは、メロディと歌詞のどちらを先に作るのですか?
小出 ほとんど同時ですね。歌詞に書き起こさなくても、歌いたいことはだいたい頭の中で決まっています。
中村 楽曲のイメージは詞を書く前からあるわけですね。
小出 そうですね。あと「何が言いたいのか」「何を伝えたいのか」の始点としてタイトルを先に考えておきます。タイトルはスタートでありゴールでもあると思っているので。僕の歌詞はダブルミーニング、トリプルミーニングなことが多いので、自分でも複雑だなとは思いますが(笑)、意味のレイヤーが薄いポエム的な曲に対する反発心もあるかもしれないです。むしろ、反面教師というか。作詞は言葉のひとつひとつ、その背景やそこに見える風景を折り重ねていって、奥にある意味や意義を包んでいく作業だと捉えています。
中村 それは、小説など文章の世界でも同じ。説明に手間はかかるし、言葉も吟味しなきゃいけないけど、安易に「おいしい」とか「美しい」という言葉に頼らず、いかに伝えていくか、という葛藤はサボっちゃダメなんだよね。僕の場合だと伝えたいことがポエム的なアーティストと逆なので、どれだけ厳しいことになっているかという現状を言葉で繋いでいかなければならない。まあ、「悲惨」とか「絶望」とかいう言葉をよく使っちゃうけど。
小出 端的な言葉を使わずに、たとえばほのめかしたり、まったく別の角度から説明を重ねたりなど、日本語のレトリックを駆使して伝えることはいくらでもできますよね。そのほうが、より複雑な思いとか、心情の機微みたいなものを仔細に描くことも可能になる。
中村 ただ、読み手側、聴き手側がそれを求めていないし、発信する側も手間をかけること、努力することを放棄している。
レコメンドサービスの気持ち悪さ
小出 ポエム化にも通じる話かもしれませんが、社会が簡素なもの、単純なものを好むようになったのは、情報ツールなどが発達した影響も大きいと思うんですね。今またひとつ危惧しているのが、先ごろ「定額制音楽配信サービス」が話題になったじゃないですか。簡単に説明すると、月額1000円ほどで、配信されている音楽すべてが聴き放題になるサービスです。そこでは「いま話題の音楽」とか「この夏に聴きたい音楽」とか、お仕着せのようなプレイリストがレコメンドされたりする。最初は「新しい音楽との出会いにもなるな」と思っていたんですが、実際登録してみてプレイリストを開くと、ポエム的な音楽ばかりがセクレトされていたりして、なんだろうこれは、と。
中村 確かにツイッターにしろ、定額制音楽配信サービスにしろ、個人の考える幅を狭めてしまうところはありますね。自分なりに取捨選択する力を劣化させるというか。
小出 そうなんですよ。「余計なお世話だバカヤロウ」ですね。
中村 それはライムスターの言葉だ。しびれる曲ですよね。そういったサービスが広まると、やはり音楽作りにも影響があるのでしょうか?
小出 ありますね。これはiTunesが広まったときから指摘されていたことですが、ユーザーがアルバム単位で曲を聞かないことも増えました。自分の好きな曲だけを集めて、オリジナルのプレイリストを作る感じですね。でも、それはまだ自分の好みでプレイリストを構成しているので、マシだった。これからは、自分で吟味したり考えたりすることをせず、アルゴリズムが機械的にすすめるまま音楽を聴くスタイルに変わっていくかもしれないわけで。しかも、アルゴリズムの精度が高ければまだいいですけど、ほとんど検索や売り上げトップが出てきているだけに近いですからね。こういう気付きにくいところからの思考停止は怖いなと思っています。
中村 それぞれが好きな音楽だけを他人任せで深堀りするってことですよね。コンテンツが細分化したオタクの世界で起こったみたいだけど、コンテンツが細分化しすぎると、第三者との共通項がなくなって孤立が深まるとか。それにしても、ここ10年でさまざまなIT系のサービスが出現しました。折々で音楽業界に影響はあったんですか?
小出 ありましたよ。いろいろなアーティストがYouTube映え、スマホ映えするPVを作るようになりました。これまでも技術の進歩と共に新しい音楽が生まれていったり、音楽の進化があったことは確かなんです。でも、今の、情報に対して自分で選んでいるようで、実は他人……というか機械が抽出したものを“選ばされている”感じは、とても不気味で。
中村 無意識に選択権が奪われて、その事実に気づかなければ、まさに思考停止ですね。
小出 自由なようでいて、ぜんぜん自由じゃない。
中村 僕みたいに不惑を過ぎたような年齢だと、そういう新しいツールへの適応力も下がるし、存在すら知らなかったりするし。大人になってから思考停止しても、大した被害はない。心配なのは若い子たちだよなぁ。そういえば8月に発売された「それって、for誰?」part.1は、ここに出てきた話そのまま、ポエムからテクノロジーによる思考停止を強烈に揶揄した曲でしたね。とにかく自分を持て、というメッセージがあった。
小出 ええ。ますますポエムみたいな、他人から与えられたわかりやすい価値観を何も考えずに受け入れてしまう傾向が強くなるかもしれない危機感があります。
自分に歯止めをかけるのは“心の引っ掛かり”
中村 だんだんと実態が表面化しているけど、蓋をあければ世代間格差の強烈なダメージを受けている10~20代の若者の中には、これからつらい人生を送ることになる子も少なくないと思う。小出さんの世代やそれより下の世代は裸になることに抵抗がない、それはやっぱり社会が荒れているってこと。ブラック企業に搾取されるより、貧困に苦しむより、カラダを売る方がいいという選択が一般論に聞こえる過酷な状況がある。
小出 中村さんの本を読んで、僕もそうだと知りました。
中村 奨学金が金融事業化したり、雇用の崩壊で親の収入が急落したりで、大学卒業するために風俗で働く女の子はたくさんいるし。みんな真面目な子だよね。
小出 学費を捻出するためなんですよね。
中村 昔の感覚なら彼氏に申し訳ないとか、両親に悪いとか、心にブレーキがかかった。でも世の中全体が若者を貧困とか思考停止に陥れるような方向に進んで、そのうえ高齢者や既得権益層と、若年層の間の資産・所得の格差も拡大するばかり。これから普通の女の子たちが風俗で働くことが、ますます一般化しますよ。やっぱりこれから家庭を築いて子供を産むと考えると、風俗で働くこともなければ、長時間労働で搾取されないほうがいい。やっぱり自分で考え、世の中を斜めにみる力をつけ、自分のことは自分で守りながら道を切り開いていかないと。
小出 最終的に、ギリギリのところで自分に歯止めをかけてくれる、“心の引っ掛かり”みたいなものを持たない人が増えたようにも感じます。
中村 ポエムのようなある種のアジテーションやまやかしで人を惑わす経営者が、ここまで表に出て、デカい顔をしている時代はこれまでないですよ。昔から人の上前をはねたり、搾取したりするようなビジネスはあったけど、もっとアンダーグラウンドなものだったし、そういう仕事をしている人間にも節度があった。少なくとも表向きは、もう少し申し訳なさそうに、大人しくしていましたからね。
小出 みんな、自分が鈍感になっていること、ムードに流されそうになっていることを自覚したほうがいいと思います。そして、少しでも「気持ち悪い」と感じたら、そこから離れたほうがいい。
中村 介護甲子園みたいなポエマーたちの集会を見て、何も不安や疑問を持たないようだったら、要注意だと思う。精神的におかしな状態になっている可能性がある。
小出 中村さんは、介護甲子園を取材したことはあるのですか?
中村 いくらなんでも目の敵にされているので、恐ろしくて近づけません。
小出 今度一緒に行きませんか?
中村 えっ!?
小出 噂だけがひとり歩きしているから、僕も自分の目で見てみたいんです。
中村 介護甲子園、潜入取材ですか。
小出 そうです。ぜひ一緒にレポートしましょう。また幻冬舎plusで記事にしてもらって。
中村 小出さんにそう言われたら、断れませんよ(苦笑)。
小出 よし、決まりですね!(笑)
(了)
(構成協力:紐野義貴)
◎小出祐介さんの所属するバンド「Base Ball Bear」からニューシングルとツアーのお知らせがあります!