現代物理学の未解決問題を楽しく紹介した最新刊『言ってはいけない宇宙論 物理学7大タブー』(幻冬舎新書)が話題を呼んでいる小谷太郎さん。今回は、X線天文学者で元NASA研究員でもある小谷太郎さんと、日本SF大賞を受賞した『オービタル・クラウド』や、『公正的戦闘規範』(ともにハヤカワJA文庫)などの著作で知られる人気SF作家・藤井太洋さんの対談の様子をお届けします。SF映画が物理をうまく扱えていないことについて、お二人とも思うところがあるようで……。(構成:荒舩良孝)
宇宙の物理法則を無視したエンタメ作品はもったいない
藤井 私は、科学のファンで、いつも、一般向けの科学解説書を楽しく読んでます。『言ってはいけない宇宙論』は、宇宙論ガイドブックとしてものすごく優れていると思います。今、読まなければいけない宇宙論のエッセンスがすごく凝縮されていて、たいへん楽しく読むことができました。
小谷 ありがとうございます。
藤井 この本を読んだ後に、積ん読になっていた宇宙論の本をいくつか通して読み直したりしていますよ。宇宙論は、科学の中でも好きなテーマの1つですが、高等数学を理解していないので、科学者が見ているものが見えていないと思うことがあります。それが少し悔しいですね。
小谷 でも、藤井さんの小説を読んでいると、「この人はすごく勉強していて、詳しいな」と思うことがよくあります。小説を通じて、藤井さん自身が人工衛星の軌道運動などを感覚的にとらえていることがわかってきます。『オービタル・クラウド』では、軌道から地球にものを落とす兵器がちらっと出てきますよね。
藤井 「神の杖」ですね。
小谷 その説明の仕方がとてもうまいんですよね。
藤井 これは友人から聞いた話を、受け売りのように小説の中でわかりやすく書いたのですが、軌道上の物体の運動はしっかりとイメージすると、ものすごくおもしろいです。ただ、こうした宇宙での物体の動きなどが映画やまんがではちゃんと扱われていないことが多く、もったいないなと思うときがあります。
地球での感覚とは違う、宇宙船の動きに要注意
小谷 映画の表現としては、宇宙空間で爆発したときに、まず音が聞こえないといけないですからね。
藤井 映画『ゼロ・グラビティ』では、冒頭で「地球の上空600kmでは、気温は125~−100℃の間で変動する。音を伝えるものは何もない」というようなテロップが出てきて、画面が宇宙空間に切り替わると、しばらく無音の状態になります。この演出で、科学的に正しい表現をするという雰囲気を漂わせているわけですが、映画の中ではうそがたくさん出てきます。
『ゼロ・グラビティ』では、主人公がもう1人の人物と国際宇宙ステーション(ISS)にたどり着くシーンがあります。このとき、2人は謎の力によって宇宙空間へと引っぱられてしまいます。ここで、主人公とつながっていたベルトをもう1人の人物が自ら外すことで、その人物は宇宙空間へ放り出され、主人公はISSに戻ってきます。その後、主人公はISSの中に入り、何とか生き延びて地球に帰ろうとするわけです。
しかし、この場面では、相手を思いっきり蹴ってISSに戻すという演出の方がよかったのではと思います。その方が、主人公の体がISSの方に押し戻されつつも、もう1人が宇宙空間に放り出されたことに対して説得力が生まれます。SF映画やアニメには、物理学的なルールをきちんと守っていてもドラマティックに描けるはずの場面が多々あるので、そういうところが残念ですね。
小谷 それは難しいところですね。ニュートン力学は1600年代につくられたものですが、一般の人には未だに理解されていない部分がたくさんあります。
藤井 もったいないですよね。あと、地球の周りを回る宇宙船などが軌道上で高度を上げ下げするときにも注意が必要です。上に見えているものに近づいていくには前進するのでいいのですが、下に見えているものに近づくには後退しないといけないわけです。目的の物体が前方に見えていたとしても、高度が低いものであれば、後退しないと高度を下げることはできません。
現在のように自由に映像がつくれる時代だったら、ちゃんと演出することができるだろうし、そのときの船内の加速感などを映像として表現することも可能だと思います。でも、なかなかそうならないのがもったいないなと思います。
藤井作品にはなぜ木星がよく登場するのか?
小谷 そのあたりのことをちゃんと描いたのはスタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』だけという感じですね。
藤井 そうなんですよ。初期のSF映画が一番ちゃんとしているっていう感じですね。
小谷 最近の映画の中では『インターステラー』はがんばってますよね。スーパーコンピュータによって、ブラックホールの見え方をしっかりと計算しているので、描き方がとてもリアルです。
藤井 あのブラックホールは球体が出っ張っているように見えています。理論上、球面がへこんでいるように見える状態であっても成立するはずなので、そのような描写の方が非現実感は増したのではと思います。そのあたりがちょっともったいなかったですね。
小谷 確かに、『インターステラー』は惜しいところもたくさんありました。
藤井 地上から打ち上げるロケットにアメリカのサターンロケットを使っているのですが、あれは現存していないので、せめて現存しているソ連製のロケットを使って欲しかったなと思います。
あと、ブラックホールを抜けた先の宇宙も、同じ物理法則が支配しているはずなのに、地球よりも重力の強い惑星にもかかわらず、小さなシャトルで脱出できたりして、サターンロケットの打ち上げシーンの気合いの入り方との落差をとても感じてしまいました。
小谷 藤井さんの小説は、未来といっても、木星くらいまでと、距離的にはわりと近い場所が舞台となることが多いですね。
藤井 将来、月や火星には当然、人が行っていて欲しいという希望があります。そうすると次は木星です。木星には大地をもつ衛星がたくさんあるのがいいですよね。実際に基地をつくったり、人が行ったりするのはたいへんでしょうけれど。そういう想いもこめて、舞台設定しています。
小谷 今後は、無限遠の未来までまたがって展開する藤井さんの作品を読んでみたいですね。
(対談第2回につづく・4月25日水曜日公開予定です)
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