古い常識と新しい常識が混在する時代の違和感を集め、分析した文庫『モヤモヤするあの人~常識と非常識のあいだ~』。とくに、会社や仕事をめぐる働く現場の理不尽さにモヤモヤした気持ちを抱く人も多いのではないでしょうか? 著者の宮崎智之さんと労働社会学者の常見陽平さんと語りあうモヤモヤ対談の最終回、働き改革、育児へと話題は広がります。
(撮影:菊岡俊子)
宮崎さんが会社員生活に見切りをつけたワケ
宮崎 中編の最後では、職に就く「就職」と、会社にしがみつく「就社」との違いに触れました。
常見 宮崎さんが本書で書かれている「社畜ポリス」は、ようは風紀を取り締まる社内自警団ですよね。大雪でも定時で出社するという会社への忠誠心を周囲に求めるのは彼らであり、多くの場合は就社という意識が強い。自警団というと、SNSで炎上させる人たちを想像しますが、本当に面倒臭いのは、この社畜ポリスですよ。だって、フォロワー数ゼロの卵アカウントに絡まれても痛くもかゆくもありませんから。
宮崎 そうですね。
常見 でも上司に「おい、宮崎くん。うちの会社は基本、白シャツなんだよ」とか、「うちの会社の常識ではそれはないぞ」とか言われると、直接的な行動を変えなければならない。これは、みんなが日々苦しんでいることだと思います。
宮崎 僕は新卒の会社を1年で辞めているんですけど、徹底的に会社員には向いていないと思った事件がありまして。
常見 ほう、なんでしょう。
宮崎 その時、営業をしていたんですが、繁忙期の最後が日曜日だった。僕は、その日にどうしても行きたいライブがあったんです。ですから、新人なりに自分にかされたノルマを達成するべく、毎朝早く出社したり、残業もしたりして頑張っていたんですね。そして、なんとか前日の土曜日にノルマを達成した。
常見 おお、すごい!
宮崎 でも、現実は厳しかった。次の日は日曜でノルマを達成していれば出社する必要がない、これで思う存分ライブを楽しめる、と思っていたところ、上司から呼び出されて「お前、明日も出社するよな?」と一言。「え、なんでですか?」と聞くと、「だって、まだ他の人がノルマを達成してないだろう」って(笑)
常見 この話って、高度プロフェッショナル制度など、柔軟な働き方とされるものって無理だよねって話につながりますよね。結局は連帯感が重視されるという。
宮崎 先輩社員なんかは、「ぴったり日曜日にノルマ達成できればいいや」くらいの感覚で、タラタラ仕事をしていたんですね。会社員としてバリバリ働いている方から言わせてみれば「考え方が甘い」と叱られてしまうのかもしれませんが、少なくとも僕はこの事件で会社員は向いていないと心底自覚した。結局、こっちは新人の身分なので、上司に逆らうことができず、ライブをキャンセルして出社したことを覚えています。でも当然、僕は担当の営業先をクリアしているわけだから、雑用くらいしかやることがない(笑)
会社員とフリーランスの徹底的な違い
常見 会社組織の理不尽さについては、僕自身もたくさん経験しました。玩具メーカーの人事部に勤めていたとき、12月にまとまった連休をとったんですよ。採用が本格化する前の12月は、人事部は比較的暇な時期なんです。この時期に休まなければまた忙しくなると思い、休んでも仕事が回るように仕込んだうえで、溜まっていた有給やらリフレッシュ休暇だとかを含めて10連休くらいした。で、そのことを採用担当者ブログに書いたんですね。「12月はお休みをいただきます」って。そしたら、広報課長から烈火のごとく怒ったメールが、A4用紙2枚分くらい届きまして(笑)
宮崎 なんでですか?
常見 「お前は、自分の会社のことをわかっていない。玩具メーカーは、12月が繁忙期なんだ。他の社員が足を棒にして、1円でも売り上げを伸ばそうとしている時に休むとは何事だ。ブログを削除しろ」って。
宮崎 モヤモヤしますね。別に、関係ない部署なんだから、休んでもいいじゃないかと思いますが。僕がライブをキャンセルして出社したときは、「これも会社員として必要なことなんだ」と一生懸命思おうとしました。でも、どうしてもモヤモヤが残って、結果、1年で辞めることにつながってしまいました。
常見 つまり、それって「働き方改革」の限界を物語っていると思っていて。就職か就社かという問題とも重なることだと思いますけど、たとえ個人の仕事が終わっても、会社の仕事は無限にあるわけですよね。仕事の範囲も曖昧だし、無限に仕事が増える構造になってしまっているから、役割分担的にも組織風土的にもなかなか導入が難しい。そこのことと日本の企業は、今まさに向き合っているところだと思います。
宮崎 モヤモヤが「働き方改革」にもつながっている、ということですね。
常見 会社が自分の居場所になりえていないのに、妙な連帯感だけ求められる問題だとも言えます。
宮崎 それですね。まさに(笑)
常見 「そこにいてよかった」という居場所感を提供できてないのに、会社への帰属意識は求めるという。
宮崎 とはいえ、常見さんのご著書を拝読して、会社員のいい部分もたくさん学びました。研修や配置転換に伴ってさまざまな教育を受けたり、身近なライバルを想定できたり。フリーランスには、そういう部分がありませんから。新卒時代のモヤモヤも残りつつも、会社組織も素晴らしさにも気づかされました。
常見 僕が恵まれているのは、中川淳一郎やおおたとしまさという盟友が、会社を辞めてもいたことですよ。一方、今の若いフリーランスを見ていると、仲は良いけど、ライバルはあまりいないように見える。
宮崎 その通りかもしれません。一緒に寄り合うだけで精一杯で、ライバル関係にはなりにくい。
これからは「モヤ出し」も必要?
常見 宮崎さんの文章を読んでいて思うのが、極右や極左ならぬ「極中」だということなんですよね。
宮崎 なるほど。どちらかというとリベラル寄りだとは思いますが。たぶん……。自分ではわかりません。
常見 僕は、こらからの日本は「極中」がくると思うんです。前編で、宮崎さんは、身近な身体感覚として感じる違和感、モヤモヤをすくい取るつもりで文章を書いているとおっしゃっていましたが、その感覚は大切だと思う。
宮崎 僕はずっと、当たり前のことばかりを書き続けているという感覚はあって。そこに、なにか意味があるのかと問われれば意味はないのかもしれないけど、だって本書にも載せた「ハンズフリー通話をしながら街を歩いている人」とか、「恋人や配偶者を『相方』と呼ぶ人」とかって、気になるじゃないですか。もちろん、政治や大きな社会問題も大事ですし、そういうことに関して執筆や研究をしている人たちを僕は尊敬しています。
でも、1年365日そのことばかり考えている人なんていない。みんな生活者として、さまざまな違和感を抱え、それについて考えたり、友人や同僚、恋人同士で話し合ったりしているはずなんです。どっちがいいというわけではなくて、ただ僕はそういうスタンスをとって仕事しているということなんですね。ようは全体としてのバランスです。僕は今のところそっち側を選んだというだけで。
常見 そういうスタンスは、これからどんどん共感を得るようになると思いますよ。僕は今育児をしていますが、育児をしていると毎日がモヤモヤの連続なんですね。とにかく忙しいんですよ。編集者を待たせている原稿もありますし、もっと研究もしなければいけない。そういう意味でも、すごくモヤモヤする。でも、それで「仕事をサボっている」と感じること自体が、日本人の悪い癖だとも言えますよね。
意識高い系の育児や少子化対策言説が、なんであんなに共感を呼ばないんだろうと考えた時に、やっぱり日々育児をしている人のモヤモヤを、まだ上手にすくい取れていないからだと思うんです。育児に限らず、働き方の問題でもモヤモヤは大切。そういう意味でも、モヤモヤを言語化していくという宮崎さんの取り組みには、意味があると思いますよ。まず、表紙のイラストがいいですよね。僕は売れると思います!
宮崎 表紙は、死後くんという人気のイラストレーターにお願いしたんですよ! 今日の対談を通して、少し自信が持てるようになりました。
常見 評論家の荻上チキさんが、ポジティブな改善策を出し合うことを「ポジ出し」と呼んでいますが、宮崎さんは「モヤ出し」でいいんじゃないですか? 実際に、モヤモヤすることで、問題設定自体が明確になる場合もありますし。
宮崎 モヤ出し、いいですね! これからもモヤモヤし続けようと思います。本日は、本当にありがとうございました。
(おわり)
モヤモヤするあの人
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