最強にして最悪といわれる3人の独裁者――ヨシフ・スターリン、アドルフ・ヒトラー、毛沢東。彼らの権力掌握術について徹底的に分析した『悪の出世学』(中川右介著)。若いころは無名で平凡だった3人は、いかにして自分の価値を実力以上に高め、政敵を排除し、トップへのし上がっていったのか。その巧妙かつ非情な手段と、意外な素顔が明らかになる……。そんな本書の一部を、抜粋してご紹介します。
「革命運動」を支えた女性たち
チフリスでの一九〇一年五月のメーデーの集会とデモは大規模なものとなり、二千人の労働者が参加し、十五人が逮捕され、十四人が負傷した。
十一月にスターリンは正式にロシア社会民主労働党のチフリス委員会の委員に選ばれた。もう気象台の仕事は辞めていた。職業革命家として生きるのである。
さて、この「職業革命家」だが、いまの日本共産党のように大組織となっていて党員からの党費や出版物の売上で党の専従者の給与が賄えればいいが、当時のロシア社会民主労働党は非合法組織である。スターリンは自分の生活費は自分で稼がなければならず、といって、工場で働くなどの正規の労働をしていたのでは、革命運動をやる時間がない。そこで、知り合いからのカンパに頼って生活をするようになる。さらには党とスターリンの支持者を作り、その人たちからもカンパを集めて活動費に充てていた。
さらに、スターリンは若い頃から女性にモテ、衣食住、そしてセックスの面での世話をしてくれる女性が常に何人もいた。これが彼の革命運動を支えてもいたのである。
出世するには女にモテるのが、ひとつの条件である。決して美男子というわけではないが、彼とつきあっていた女性たちによると、「瞳が輝いていた」のが魅力だったという。
こうした若い日々の経歴が物語るように、スターリンは大学に入って学問を究めて、思索し論を打ち立てる理論派ではなく、何よりも実践派だった。やがてスターリンがどんな汚い仕事でもやることからもそれは分かる。
なぜ彼は会議に必ず遅刻したのか?
スターリンは会議には必ず遅刻した。これも彼の出世術といえるかもしれない。組織のなかでいちばん目立つにはどうしたらいいかという、初歩的なテクニックだ。全員が揃っているところに遅れて来れば、それだけで注目される。その時、コソコソと「遅れてすみません」という態度で来たのではダメだ。堂々と遅刻する。そうすると、別に偉くもないのに、なんだか偉そうに見える。
そしてスターリンは会議ではいつも最後まで何も発言しなかった。全員がそれぞれの意見を言うのを聞き終えてから、発言する。まず、いままでに出た意見をいくつかに分類し、それぞれを比較してみせる。みな、聞き入るしかない。そのまとめ方が的確なので、誰も異論を挟まない。こうして、全員がスターリンの言うことに聞き入ったところで、彼自身の意見を述べると、いつの間にかそれが会議の決定事項となる。これがスターリンの会議術だった。
スターリンとしては、会議に出るまでは、自分の考えなど持っていなくていい。他人が発言した意見で最も支持を得そうなものを、自分の意見としてしまえばいいのだ。それを積み重ねることで、いつしか「スターリンはいつも正しいことを言う」とのイメージが出来上がった。
スターリンはチフリスよりも小さなバトゥーミという都市に潜入した。ここには、ロスチャイルド財閥が経営する石油工場があった。スターリンは、労働者を組織してストライキを計画し、さらに秘密印刷所を作った。
だが、一九〇二年四月、スターリンはついに逮捕されてしまう。
「無能」に見せかけるという戦略
レーニンはエリート階層出身でインテリである。だからこそ、インテリが革命の実践では役に立たないことをよく知っていた。インテリは頭で考え、口で言ったり、書いたりするだけで、革命の実践的な運動では役に立たない。銃も撃てなければ、刃物も扱えないし、爆弾も作れない。会議で話すことはできても、大衆の前で演説して扇動することもできない。しかしスターリンは、演説については才能があったかどうかよく分からないが、非合法的なことも含め、暴力・破壊活動の最前線を指導できた。
青白いインテリが多い党幹部のなかでスターリンは異質だった。それゆえにレーニンは、自分とは異質のスターリンを便利な奴だと思い、重用するようになっていく。
レーニンとしては、自分がスターリンを使いこなせば、それなりに働くだろうと思っていたのだ。まさかスターリンが自分の後継者になるとは、レーニンは思っていない。ある意味で、レーニンはスターリンを見下していた。そしてそれはレーニンだけではなかった。スターリンがレーニンによって引き立てられても、他の幹部たちは、「陰気で精彩のない凡庸な男」と見て、油断していたのだ。
自分の能力を実際よりも過大評価させて出世するのもひとつの方法だが、その反対に、過小評価させることで出世したのがスターリンである。
だいたい、実力もないのに有能なふりをしてもいつかはばれてしまう。実力よりも下に見せるほうが簡単だ。
彼がどこまで戦略的意図を持って、「陰気」「精彩のない」「凡庸」なイメージを与えていたのかは分からないが、限られた組織内での駆け引きで出世が決まる状況では、ライバルたちに油断させるのは正しい戦略であった。
本当に才能と実力があれば、それを示すことで出世できるが、同時に嫉妬も買う。人間を動かす最も大きな力が嫉妬であることを、スターリンは知っていたのだろう。それは彼自身が猜疑心と嫉妬心の塊だったからかもしれない。嫉妬をしない者は、相手の嫉妬に気づかず、油断するものなのだ。
天才肌の革命家だったトロツキーにはそのあたりが分からず、まさにスターリンの術中にはまってしまう。
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