最強にして最悪といわれる3人の独裁者――ヨシフ・スターリン、アドルフ・ヒトラー、毛沢東。彼らの権力掌握術について徹底的に分析した『悪の出世学』(中川右介著)。若いころは無名で平凡だった3人は、いかにして自分の価値を実力以上に高め、政敵を排除し、トップへのし上がっていったのか。その巧妙かつ非情な手段と、意外な素顔が明らかになる……。そんな本書の一部を、抜粋してご紹介します。
最初の妻は「恩師の娘」だった
一九一八年の夏、恩師である楊昌済は北京大学の教授になることが決まった。そこで、毛沢東に「北京へ行き勉強しないか」と誘った。
こうして一九一八年九月、毛沢東は北京大学の図書館で司書補として勤務することになった。いまでいうアルバイトである。大学生になったわけではなかったが、数カ月だけ、聴講生として講義を受けることができた。この時に共産主義理論と出会った。
一年後の一九一九年に長沙に戻り、初等中学校の歴史教師となった。遺産のおかげで生活には困らず、出版社を設立し啓蒙事業として理論誌「湘江評論」を創刊したこともある。一九二〇年には長沙師範学校付属小学校の校長になっていた。
この間の一九一九年十二月に、毛沢東は再び北京へ行った。湖南省の軍閥追放団を率いての上京だったというが、この北京滞在時には楊教授の家に居候し、その時に楊の娘、楊開慧と親しくなった。年が明けると楊教授は亡くなってしまい、娘は長沙に帰り、女子中学に入った。父・楊昌済の親友が援助してくれたのだという。そしてこの年の冬、毛沢東はこの「恩師の娘」と結婚する。楊開慧こそが毛自身が認める「最初の妻」である。
女性をうまく出世に利用
本書では「出世」という観点で権力者の生涯を記しているので、ヒトラーとスターリンについては女性関係を含めた私生活にはほとんど触れていない。ヒトラーは戦争中の怪我で生殖機能を失ったとの噂があったくらい、女性の話の少ない人だ。自殺する直前にエヴァ・ブラウンと結婚するが、それが唯一の結婚である。しかもエヴァとはほとんど一緒には暮らしていない。
スターリンは正式な結婚は二度だが、愛人はたくさんいたようで、酒池肉林の世界を楽しんでいたともいうから、「英雄色を好む」があてはまる。だが、最も性欲が強く乱倫を極めたのが毛沢東である。
さらに毛沢東の場合、「出世」「権力闘争」にも妻が絡むので、私生活も最低限のことは記していく。
毛沢東の最初の結婚とは、「中国の知識階層で著名だった人物の娘との結婚」である。「逆玉の輿」とまでは言わないし、恋愛感情も疑うわけではないが、無名の青年が社会主義運動で頭角を現すのに、「楊昌済の娘の夫」という肩書というかポジションは、後ろ盾のひとつにはなった。
一説には、毛沢東が北京大学の図書館で働いていた時、楊教授の教え子の別の女性と恋愛関係に陥り、一緒に暮らしていたともいう。もっとも、そう証言した者は「楊教授が娘を結婚させたがっていたのは毛沢東ではなく自分だった」とも言っており、失恋した腹いせに流している噂かもしれない。
こういう噂が流れることは、「毛の奴は、うまいことやりやがった」と思っている者がそれなりの数いたことを間接的に示している。
毛沢東は性欲が強かった
毛沢東の最初の妻、楊開慧は結婚後は私生活でのパートナーとしてだけでなく毛沢東の革命の同志ともなり、共に戦っていた。二人の男子も生まれている。しかし、この井崗山での本拠地作りには彼女は参加せず、長沙で共産党の地下活動に従事していた。
しかし女なしでは生きていけない毛沢東は、井崗山に立て籠もっている間に賀子珍(一九〇九~八四)という若い女と暮らすようになり、二八年には妻としてしまう。この時点ではまだ楊開慧は地下活動をしていた。毛沢東はこの年、三十五歳、賀は十九歳でしかない。恋愛は自由だが、革命も共産党も大変な時期で、妻は地下活動をしているにもかかわらず、毛沢東は別の女と暮らすのだ。
この時期の毛沢東には、中国の著名知識人であった「楊昌済の娘の夫」という地位はもはや不要だった。一緒に暮らしているわけでもない名ばかりの夫婦でもあり、妻への義理立てよりも、性欲を満たすほうを優先させている。
楊開慧は地下活動を続けていたが、一九三〇年十月に国民党の軍に捕らえられ、毛沢東との離婚と非難声明を出せば助けてやるとの取引を持ちかけられたが、これを拒絶し、銃殺された。三十歳だった。その訃報を受けて毛沢東は嘆いたという。その本心は分からない。
そして後に、賀子珍という妻がありながらも、毛沢東は女優の江青と知り合うと不倫に落ち、妻を捨てて結婚する。彼女こそが二十世紀最大の悪妻とされる人物で、「毛沢東の妻」の座を利用して中国政治を大混乱に陥れる女性だ。
毛沢東は出世のために女を踏み台にしているわけではないが、彼の女性関係は、中国史に大きな影響を与える。江青との結婚には周囲が猛反対したが、女のことになると、毛沢東は暴走する。「英雄色を好む」の典型例である。
これが出世レースと権力維持闘争においてマイナスに響かなかったのは、自分が色を好むことをあまりにも堂々と周囲に公言し、女性関係を隠さなかったからだ。むしろ側近たちのほうが世間体を気にして、毛沢東の乱脈な女性関係を隠してくれるようになるのだ。
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