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重力とは何か

2018.11.04 公開 ポスト

「無重力状態」で相撲取りとノミが押し合ったらどうなるか大栗博司

 いま重力研究は、ニュートン、アインシュタインに続き、「第三の黄金期」を迎えている――。物理学者、大栗博司さんの著書『重力とは何か』は、その歴史から最前線の研究まで、わかりやすく解説。物理や数学が苦手な人でも気軽に読める、格好の入門書となっています。本庶佑さんのノーベル賞受賞で、改めて科学の世界に注目が集まるいま、ぜひ読んでおきたい一冊。本書から一部を抜粋してお届けします。

重力はすべてのものに等しく働く

 科学の発見をめぐるエピソードの中には、真偽不明な伝説が少なくありません。聖堂のシャンデリアの揺れ方を見て振り子の等時性を発見したというガリレオの話や、リンゴが木から落ちるのを見て万有引力の法則をひらめいたというニュートンの話もそうですが、重力に関してはもう一つ有名なエピソードがあります。ガリレオが行ったとされる「ピサの斜塔」の実験です。

© Hirosi Oguri

 塔の上から同じ大きさの鉄の球と木の球を同時に落としたところ、「重いほうが先に落ちる」という大方の予想に反して、どちらも同じ速さで落下した――この実験も、実際には行われていないという説が有力です。

 しかし、だからといってその実験結果が間違っているわけではありません。一九七一年には、アポロ一五号のデイビッド・スコット船長が、月面で同じような実験をやってみせました。空気抵抗のない月面でカナヅチと鳥の羽根を同時に落とすと、まったく同じ速さで落下したのです。

 これは、私たちの直感に反する現象だと言えるでしょう。アリストテレスも「土元素」が多い(つまり重い)物質ほど速く落ちると考えていました。ガリレオの時代までは、誰もがそう信じていたのです。鳥の羽根や紙きれのような軽い物体は空気抵抗の影響を大きく受けるので、それが理解を邪魔していた面もありました。

 しかし重力の性質を考えると、重いものと軽いものが同時に落ちるのはやはり不思議です。机の上の鉛筆と消しゴムはくっつこうとしないのに、地球にはあらゆる物体がくっついているのを見ればわかるとおり、重力は質量が大きいほど強く働きます。したがって、重い物体ほど「地球に引っ張られる力」が強い。もし同じ高さから同時にリンゴとスイカを落とせば、より質量の大きいスイカのほうが地球に強く引っ張られるので、先に着地するように思えます。

 ところが実際には、そうはなりません。空気抵抗がない場所では、質量に関係なく、物体は同じ速さで落下します。これはなぜでしょうか。

 そこで私たちが忘れがちなのは、ものは重いほど「動かしにくい」ということです。そもそも質量とは、物質の「動かしにくさ」にほかなりません。ダンプカーとリヤカーを引っ張ることを想像すればわかるとおり、質量が大きいほど、動かしにくいのです。

 もっとも、地面の上で引っ張る場合は重いものほど摩擦による抵抗が強いので動かしにくくなる面もあるのですが、摩擦がなくても残る動かしにくさがあります。たとえば無重力の宇宙船の中で、体重二〇〇キログラムのお相撲さんと二〇キログラムの子どもが押し合ったとしましょう。プカプカ浮いているので、そこに摩擦はまったくありません。作用と反作用は一致するので、二人が受ける力の大きさも同じです。

 しかし、押し合った点から遠ざかる速さは同じではありません。体重の軽い子どものほうが、遠くまで飛んでいきます。もし納得がいかなければ、お相撲さんが小さなノミを指で弾き飛ばしたと考えてみましょう。お相撲さんがノミと同じ速さで吹っ飛んでいくとは思えません。質量の大きいお相撲さんのほうが、「動かしにくい」のです。そして、この現象は重力や摩擦とはまったく関係がありません。

「質量」と「重さ」は同じもの

 ではここでもう一度、リンゴとスイカが落ちる現象を考えてみましょう。地球は重力というロープで両方とつながり、引っ張り合っているようなものです。先ほどの例でお相撲さんが子どもやノミより動かしにくかったのと同様、重たいスイカのほうがリンゴよりも動かしにくいですよね? だとすると、「重いほうが先に落ちる」という直感とは逆に、軽いリンゴのほうが先に落ちそうです。

iStock.com/dreamnikon

 しかし一方で、地球を引っ張る重力はスイカのほうが強い。「動かしにくい」物体のほうが、引力は強いわけです。つまり質量の大きい物体には「動かしにくい性質」と「重力に強く引かれる性質」の両面があるわけで、リンゴとスイカが同時に落ちるのは、この二つの性質がちょうどプラスマイナスゼロで相殺されているからだとしか考えられません。そのために、重力は質量が大きいほど強いにもかかわらず、重力が運動に与える影響は質量と関係がなくなるのです。

 ここで、学校で習った「質量と重さの違い」を思い出す人も多いでしょう。学校の授業では、動かしにくさを表す質量と、重力の強さを表す重さを区別して教えます。実際、この二つはお互いに何の関係もないように思えます。どちらかが大きくて、リンゴかスイカのどちらかが先に落ちてもおかしくはないのです。

 ところが現実には、なぜかぴったりとキャンセルされるので、同時に落ちる。これについては精密な実験が行われており、現在では一〇兆分の一の精度で「質量」と「重さ」が一致することがわかっています。「質量」と「重さ」は実質的に同じものであり、区別して考える必要はないのです。

 では、どうして「動かしにくさ」と「重力の強さ」という二つの効果がぴったりキャンセルされるのか。これについては、ニュートン理論でも説明されていません。「自然はこうなっている」と、「WHY」ではなく「HOW」に答えただけです。そして、この「WHY」への答えを出したのが、アルベルト・アインシュタインでした。のちほどじっくり説明しますので、楽しみにお待ちください。

関連書籍

大栗博司『重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る』

私たちを地球につなぎ止めている重力は、宇宙を支配する力でもある。重力の強さが少しでも違ったら、星も生命も生まれなかった。「弱い」「消せる」「どんなものにも等しく働く」など不思議な性質があり、まだその働きが解明されていない重力。重力の謎は、宇宙そのものの謎と深くつながっている。いま重力研究は、ニュートン、アインシュタインに続き、第三の黄金期を迎えている。時間と空間が伸び縮みする相対論の世界から、ホーキングを経て、宇宙は10次元だと考える超弦理論へ。重力をめぐる冒険の物語。

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大栗博司

カリフォルニア工科大学 ウォルター・バーク理論物理学研究所所長、フレッド・カブリ冠教授、数学・物理・天文部門副部門長。東京大学カブリIPMU 主任研究員も務める。1962年生まれ。京都大学理学部卒、東京大学理学博士。東京大学助手、プリンストン高等研究所研究員、シカゴ大学助教授、京都大学助教授、カリフォルニア大学バークレイ校教授などを歴任。専門は素粒子論。2008年アイゼンバッド賞(アメリカ数学会)、高木レクチャー(日本数学会)、09年フンボルト賞、仁科記念賞、12年サイモンズ研究賞、アメリカ数学会フェロー。著書に『重力とは何か』『強い力と弱い力』(幻冬舎新書)、『大栗先生の超弦理論入門』(ブルーバックス)、『素粒子論のランドスケープ』(数学書房)がある。

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