いま重力研究は、ニュートン、アインシュタインに続き、「第三の黄金期」を迎えている――。物理学者、大栗博司さんの著書『重力とは何か』は、その歴史から最前線の研究まで、わかりやすく解説。物理や数学が苦手な人でも気軽に読める、格好の入門書となっています。本庶佑さんのノーベル賞受賞で、改めて科学の世界に注目が集まるいま、ぜひ読んでおきたい一冊。本書から一部を抜粋してお届けします。
重力は「消える」ことがある
アメリカのボストン科学博物館で、「人工落雷ショー」が見られるのをご存じでしょうか。静電気を起こす巨大なバン・デ・グラーフ起電機で雷を発生させ、人間の入った籠に落とす実験です。危ない実験だと思われるでしょうが、籠は金属で作られており、雷の電気はその外側を伝わるだけで、中には落ちません。
これは、かつてイギリスの科学者マイケル・ファラデーが行った実験を再現したもので、このような電気を通しやすい導体で囲まれた空間のことを「ファラデーの籠」と呼びます。
この実験でわかるのは、電気をはじめとする電磁気力は「遮ることができる」という事実です。だから、飛行機や自動車のような金属製の乗りものに雷が落ちても、内部にいる人はその影響を受けません。
では、重力はどうでしょう。もし、電磁気力のように何かで遮ることができるとすれば、たとえば落下中のリンゴと地球のあいだに「壁」を差し入れると、リンゴは空中で止まることになります(厳密に言えば、その「壁」のわずかな重力に引っ張られて、ゆっくりと落下するでしょうが)。
しかし実際には、どんな物質を差し入れても、リンゴが止まることはありません。電磁気力と違って、重力は遮ることができないのです。
ただし、電磁気のように遮って入り込ませないようにはできないものの、重力の効果を感じさせなくすることはできます。何か壁のようなもので遮っているわけでもないのに、重力が「消える」ことがあるのです。それに近い状態は、誰でも日常的に経験しているでしょう。たとえば乗っているエレベーターが下降するとき、ちょっと体が浮くように感じることがあるはずです。ジェットコースターで急降下するときは、それがもっと激しくなります。
もちろん、そういう状態にいる人が下に向かって落ちていないわけではありません。エレベーターやジェットコースターと一緒に落ちています。でも、その人が感じる重力は弱まっている。それを極端な形にしたのが、宇宙飛行士の訓練にも使われる、飛行機を使って「無重力状態」を作る実験です。
上空で飛行機のエンジンを止めると飛行機が自由落下を始め、機内にいる人たちは体が宙に浮きます。飛行機と同じ速さで落下すると、重力をまったく感じません。窓から外を見れば自分が落下していることがわかりますが、窓がなければ、単に自分がフワフワと浮かんでいるとしか思わないのです。
重力は「幻想」だ
このように、重力は感じなくする、すなわち消すことができるのですが、逆に増やすこともできます。エレベーターが上昇するときのことを考えれば、それは実感として理解できるでしょう。
自由落下している人は重力を感じないという事実に気づいたところから、アインシュタインは自らの重力理論を大きく発展させました。本人はそれを「人生で最高のひらめき」だったと言っています。アインシュタインによれば、こうして重力が増えたり減ったり、場合によっては消えたりするのは、決して「見かけ上の重力」が変化したわけではありません。実際に、重力の強さが変わっているのです。
先ほど私は、重力は「力」だと言いました。ニュートン流の力の定義によると、それは間違っていません。しかし、こうして「消える」こともあると考えると、重力は見方によって変化する「幻想」だと言うこともできます。好きなように増やしたり減らしたりできるとなると、それが本当にあるのかないのかもわかりません。いちばん身近な力である重力が幻想だと言われても、ピンと来ない人も多いでしょう。私も妻から、こんなことを言われます。
「だったら、私が毎日量っている体重は何なの?」
たしかに、たとえば下降するエレベーターで体重を量れば、少し軽くなります。いったい、どこで量った体重が正しいのかよくわかりません。
しかしそれに対する答えは、またのちほどお話しすることにしましょう。とりあえず、重力には見方によって姿を変える不思議な性質があるということだけ覚えておいてください。