いま重力研究は、ニュートン、アインシュタインに続き、「第三の黄金期」を迎えている――。物理学者、大栗博司さんの著書『重力とは何か』は、その歴史から最前線の研究まで、わかりやすく解説。物理や数学が苦手な人でも気軽に読める、格好の入門書となっています。本庶佑さんのノーベル賞受賞で、改めて科学の世界に注目が集まるいま、ぜひ読んでおきたい一冊。本書から一部を抜粋してお届けします。
重力は「ちょうどよかった」
重力は遮蔽物でブロックできないので、(徐々に力を弱めながらも)どこまでも無限に届きます。また、重力は引力だけなので、物質がたくさんあればその強さがすべて足し算され、何かで相殺されることはありません。
この特徴は、宇宙の成り立ちと深く関わっています。宇宙がどのように生まれ、今後どうなるのかは、重力に大きく左右されると言っても過言ではないでしょう。宇宙には多くの物質があり、その重力が強ければ自分の重みで潰れてしまうこともあり得るからです。
宇宙は、いまから一三七億年ほど前に生まれたと考えられています。誕生から四〇万年後までは、超高温のプラズマ(電離)状態でした。プラズマとは、分子が陽イオンと電子に分かれた状態のことです。そのままでは星は生まれません。それから温度が下がり、重力の強いところに物質が集まって最初の銀河が現れたのは、宇宙が四億歳の頃です。
現在のように多くの銀河が生まれ、宇宙全体の構造ができあがるまでには、一〇〇億年ほどかかりました。そのあいだに私たちの太陽系も生まれ、地球は四六億年もの時間をかけて人間という知的生命体を作り上げています。
しかし、後で詳しく説明しますが、もし重力の働き方が少しでも違っていたら、その歴史はまったく変わっていたと考えられています。生まれたと思ったら重力の重みで瞬時に潰れてしまったり、逆にあっという間に膨張して冷え切ってしまい、生命はおろか星ができることさえない、暗い虚無の世界が永遠に続くような宇宙だったはずです。宇宙が長い時間をかけて星や銀河を作り、そこで私たちのような生命体を生み出すことができたのは、重力がそのために「ちょうどいい強さ」だったからです。
これは、単なる偶然なのでしょうか。それとも、必然的にそうなるような原理があるのでしょうか。重力をめぐる謎の中でも、これは最も根源的な深い問題だと言えるでしょう。私たちは重力が自分を地面にくっつけていることを当たり前だと感じていますが、それが本当に「当たり前」なのかどうかは、まだわかっていないのです。
重力はいまでも謎だらけ
そういったことも含めて、重力の働きを説明する理論は、まだ完成していません。これだけ身近な力のことがなかなか説明できないのは、それ自体が大いなる「不思議」です。
アリストテレスの時代から、人間は重力について考え続けてきました。ガリレオの時代を経たのち、その研究はニュートンの「万有引力の法則」によって大きく前進します。
しかし、それで終わりではありませんでした。学問には、何かを知ることによって、その先にある「知らない世界」が見えてくる面があります。学問の進歩は洞窟を掘り広げることに似ていると思います。目の前の岩壁に隠されているのが未知の世界で、そこを掘り進むことで知識が増えていきます。
しかし、私たちが未知の世界として認識できるのは、掘っていくことで見えてきた壁のすぐ裏側に隠されている部分だけです。その先の奥深いところにも、知らない世界が広がっているはずですが、私たちはそれを知らないことすら知らない。そこまで掘っていって初めて、その未知の世界に対峙し、いままで問うことすら思いつかなかった謎に出会うのです。
ニュートンの理論は重力について多くのことを明らかにしましたが、そのおかげで、それまで人間が知らなかった謎も増えました。重力には、ニュートン理論だけでは理解できないことがいくつもあったのです。
その多くは、次章以降で説明するアインシュタインの理論によって解明されました。しかし、それでもまだ十分ではありません。アインシュタインの掘った穴の先には、まだ知らない世界が広がっています。だからこそ、いま重力研究は「第三の黄金時代」と呼べるほど活発になり、野心的な研究が次々と行われているのです。
それらの研究は、単に重力の不思議だけを解き明かそうとしているわけではありません。先ほど述べたとおり、重力の謎は宇宙そのものの謎と深くつながっています。もちろん、ここで言う「宇宙」とは「地球の外」という意味ではありません。この地球も宇宙の一部であり、どちらにも同じ物理法則が通用します(それがニュートンのおかげで明らかになったことはすでにお話ししました)。つまり重力は、この世界全体の成り立ちを理解する究極の理論を築き上げる上で、きわめて大きなカギを握っているのです。