増える自宅時間、物事をあらためて考えるにはもってこいです。政府を批判することを批判する風潮もありますが、過去記事より、「水を差すことの大事さ」をご紹介します。
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新しい価値観と古い価値観が衝突する時代に感じるモヤモヤ。これは現代のことだけではありません。ギリシア時代から人間は同じようにモヤモヤを抱いてきたのです。
私たちは、そんな割り切れない気持ちとどう付き合っていけばいいのでしょうか?
『試験に出る哲学』の斎藤哲也さんと『モヤモヤするあの人』の宮崎智之さんが、哲学を参照しながら語り合いました。
「水を差す」ことを禁じる日本社会の風潮
宮崎 哲学書っていうと、僕もそうなんですが、グランドセオリーというか、「これさえ知っていれば、世の中のことが全部把握できる!」みたいな希望を持って、紐解く感じがありますよね。でも、読んでみてわかるのが、結局、世の中はそんなに単純ではないということです。カントだって「物自体は認識できない」と言っているわけですし、モヤモヤと戦い続ける営みこそが哲学なのではないか、と。斎藤さんの本を読んで西洋哲学の歴史を改めて振り返り、ますますそう思うようになりました。
斎藤 そういう意味では、宮崎くんの本には哲学の種がたくさんつまっているなと思っています。最近、幻冬舎新書から梶谷真司さんの『考えるとはどういうことか 0歳から100歳までの哲学入門』 が出ましたが、これが本当にいい本なんです。ここ数年、対話を通して哲学的思考を体験する「哲学対話」という活動が少しずつ日本でも試みられるようになってきています。梶谷さんはそれを積極的に推進している方の一人です。
その本の中で梶谷さんが言っているのが、とりわけ日本では、問うことや質問することが鬱陶しいものとされてきた、ということです。モヤモヤしていたら質問をするのが道理なのに、授業でも会議でも、うかつに質問すると、先生や上司にイヤな顔をされる。だから、生徒も部下も質問をためらってしまう。つまり、モヤモヤすることを考えて言語化することを抑圧するような空気が日本のいたるところに立ちこめているんですね。
宮崎 わかります。僕のコラムには、「水を差すようなことを言うな」という感想がよく寄せられますから。
斎藤 僕なりに翻訳すると、「モヤモヤすることを、もっと言葉にしようよ」と思える場を作ることが、「哲学対話」の狙いだと思います。そういう場を作って、宮崎くんの本に書いてあるようなことを、話し合えばいいんですよ。「スーツにリュックは失礼なのか」とか、「ハンズフリー通話は、なぜ違和感があるのか」とか。
宮崎 それくらいのことでも、「哲学対話」になるんですね。
斎藤 なりますよ。梶谷さんの本に出ていた例では、ある大手企業の部長が部下と定期的に哲学対話を実践するようになったそうです。そのなかでことのほか盛り上がったのが「好きなご飯のお供は何か」というテーマだったと書かれています。
これも宮崎くんの本に書いてあることですけど、「嫌いな上司からのSNSの友達申請は承認すべきか」なんてことも、実際に上司と部下が哲学対話してみればいい。そうすれば、職場の風通しもずっとよくなるでしょう。そういう等身大の哲学対話のネタが宮崎くんの本にはいっぱいあるんです。
宮崎 そう読んでもらえるとうれしいです。僕の書いていることは、日常的な些細な違和感の表明ですので、大きなテーマに取り組んでいる方からしてみると馬鹿みたいに見えるかもしれませんが、だからと言って、まったく意味がない仕事だとは思っていなくて。変化の激しい時代では、日常の空間に発生している歪みを考えることが、社会について考えることにもつながるという想いで、自分なりに執筆に取り組んでいます。ですから、斎藤さんに「哲学の種」というお墨付きをもらえたのはうれしい(笑)
テクノロジーが進歩する時代の“徒花”
斎藤 宮崎くんの本について、僕のモヤモヤをひとつ質問させてください。宮崎くんはさまざまなモヤモヤについて、かなり中立的と言うか、どちら側の意見もきちんとすくい取って書いている印象があります。でも、そんななか、宮崎くんがきっぱりと「これは、おかしい」と表明しているのが「ハンズフリー通話」についてです(笑)。そこまでハンズフリー通話に抵抗するのはどうしてですか?
宮崎 だって、あれってどう考えてもおかしくないですか? 昨日もスーパーマーケットに行ったら、買い物をしながらハンズフリー通話している男性がいましたけど、心臓に悪いですよ。惣菜を見ているかと思ったら、突然、「どうも、お世話になっております」とか話し始めるわけですから(笑)
斎藤 確かに、その状況だとビックリしますね(笑)。
宮崎 海外では当たり前になっている国もあるみたいですけど、僕は違和感がありますよ。古い価値観だと言われたとしても、どうしても「電話は耳と口に当てて話すもの」という固定観念が抜けきらない。テクノロジーの進歩によって、いろいろなものが便利になっていますが、感覚的、身体的に受け入れられないものも確実に存在する。僕にとってそれが「ハンズフリー通話」なんです。
斎藤 それこそ、ハンズフリー通話をテーマに「哲学対話」すると面白そうですね。そういう対話をしていくと、コミュニケーションとは何かとか、声とは何かとか、どんどん話が広がっていきそうだし。
宮崎 そうですね。一方、今の若い人は、そもそも固定電話を知らない人もいるそうです。さらにテクノロジーが進めば、電話がウエアラブル端末になって、骨伝導で会話するなんてことになるのかもしれない。
そういう意味では、僕が抱いているモヤモヤは時代の徒花(あだばな)みたいなもので、世代が変われば当たり前になることなのかもしれない。だからこそ、時代の証言を残しておくためにも、あのコラムを書きました。
現代社会を生き抜くために必要な哲学的思考
斎藤 モヤモヤは、古い価値観と新しい価値観の衝突という時間軸のなかで発生しやすいけれど、同時に、空間軸でも発生しますよね。わかりやすく言えば、海外旅行をすると、現地の人たちのマナーにモヤモヤすることも多い。きっと外国の方でも、日本のお約束を見てモヤモヤしている人がいるでしょう。空間的な移動が容易になってきた時代だからこそ、作法や価値観を異にする人たちが関係を結ぶことによってモヤモヤが発生することもあると思います。
宮崎 モヤモヤのほとんどは、人間関係に由来することですからね。それが、SNSによって可視化されたことも大きいと思います。たとえば、普通に働いていれば、仕事相手の思想信条を詳しく知ることなんて、あまりなかった。でも、今はSNSを開けば、政治的、社会的なニュースに対して仕事相手が発言している、なんてことはざらにある。別に悪いことではないけど、それでモヤモヤを募らせる人もいます。
斎藤 知らなければよかったという一面を見てしまうことがありますからね。
宮崎 ただ難しいのは、「モヤモヤに明確な答えを出そう」みたいな社会の流れになってしまうと、それはそれで疎外される人が出てきてしまう。哲学者は、そこらへんのことをどう考えていたんですか?
斎藤 率直に言うと、正義や倫理といった問題に対して、さまざまな哲学者が議論してきたけれど、いまなお決定打はないんですね。ただ、答えは出ないまでも、問いのかたちを変形するのは哲学者の得意とするところだと思います。たとえば宮崎くんの本で、「スーツにリュックは、アリか? ナシか?」って話題がありましたけど、「そもそも通勤カバンとはなにか」と考えると、もう少し広い視野から問題を捉え返すことができるかもしれません(笑)。まあ、それはあまりに抽象的だとしても、「ベストな通勤カバンとは何か」という話題なら会話も弾むんじゃないかな。
宮崎 なるほど、そこまでは考えていなかった(笑)。仮に通勤カバンが「書類やパソコンを安全に運ぶもの」だとしたら、アウトドア製品なんかもアリですよね。最近、野外フェスに行ったんですが、アウトドア製品の性能は素晴らしいですよ。防水加工になっていますし、丈夫だし。そういう意味では、スーツもゴアテックスのようなアウトドア製品にしてしまったほうが、絶対に仕事しやすいと思います。
斎藤 でも、「なぜ、そうはならないのか」っていうのが一つの問いですよね。
宮崎 やっぱり性能だけじゃないということなんでしょう。スーツには社会的な儀礼の意味も含まれていますから。「道具」としてならアウトドア製品が最強ですけど、スーツは「道具」ではない。
斎藤さんと話していて思ったことは、哲学的な思考を身につけると、モヤモヤに対する思考が深まっていくということです。斎藤さんの本で、古代から近代の哲学の流れを学ぶことにより、現代社会がより解像度が高く見えてくるような気がします。哲学的な思考は、現代を生き抜くためにも身につけるべきものだと感じました。
モヤモヤするあの人
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