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辺境生物はすごい!

2018.12.07 公開 ポスト

謎の深海生物「チューブワーム」が生命の起源の謎を解く長沼毅

北極、南極、深海、砂漠……私たちには想像もつかない「辺境」に暮らす生物がいる。そんな彼らに光を当てた一冊が、生物学者で「科学界のインディ・ジョーンズ」の異名をもつ長沼毅先生の、『辺境生物はすごい! 人生で大切なことは、すべて彼らから教わった』だ。知れば知るほど、私たちの常識はくつがえされ、人間社会や生命について考えることがどんどん面白くなっていく。そんな知的好奇心をくすぐる本書から、一部を抜粋してお届けします。

動物でも植物でもない?

 大多数の研究者は辺境生物を扱いません。たとえば生物の多様性研究であれば、熱帯雨林や珊瑚礁などに多くの研究者が集中しています。

 日本で暮らす一般の人々から見れば、熱帯雨林地帯も十分に「辺境」でしょうが、生物学者にとっては「中心地」のようなもの。簡単にアクセスできるジャングルなら、多種多様な微生物のサンプルを大量に集めることができるので、効率よく研究を進めることができます。

iStock.com/S_Bachstroem

 深海生物の分野なら、多くの研究者が集中するのは海底火山の周辺です。もちろん、深海はアクセスが困難なのでそれ自体が「辺境」といえるでしょうが、その中にも、サンプルを集めやすい場所とそうではない場所があるのです。

 とくに海底火山の周辺にある「熱水噴出孔」は、生物の宝庫。そこまで行くのは大変ですが、いったん行けば、さまざまな生物をごっそり持ち帰ることができます。

 ちなみに、私が生物学の世界に進むきっかけのひとつだった「チューブワーム」も、海底火山周辺の熱水噴出孔で発見されました。最初に見つかったのは、1977年のこと。それは言ってみれば「ぬるま湯」のようなものでした。本格的な高温の熱水噴出孔で発見されたのは2年後で、私は当時まだ高校生でした。

 ちょっと話は逸れますが、本書では今後も何度か登場すると思われるので、チューブワームについて少し説明しておきましょう。

 チューブワームは、実に奇妙な生物です。その名のとおり、1本の白い筒(チューブ)の先に赤い花のような物がついた形をしているのですが、そこには口も消化管も肛門もありません。「それではエサが食べられないじゃないか」と思うでしょう。でも、心配はご無用。チューブワームは、動物なのに物を食べないのです。

 物を食べずに生きているなら、それは動物ではなく植物のような気がしてきますが、それはあり得ません。チューブワームが発見された深海には、太陽の光が届かないからです。

 植物の特徴は「光合成」をすること、すなわち、光エネルギーを使って水と二酸化炭素から炭水化物(たとえばデンプン)を作ること。だから、光のない深海で植物は生きられない、したがってチューブワームは植物ではない、ということになるのです。

 では、物を食べず、光合成もしないチューブワームは、どうやって栄養を得ているのでしょうか。

 驚いたことに彼らは「光合成とほぼ同じこと」をほかの生物にやらせています。体内に共生する微生物(イオウ酸化細菌)が、チューブワームのために栄養を作っているのです。

 そのエネルギー源は、海底火山から噴出する硫化水素という火山ガス。イオウ酸化細菌はそれを燃やして化学エネルギーを取り出し、それを光エネルギーの代わりに使って、自分自身とチューブワームのための栄養を二酸化炭素から作り出します。

 この仕組みは、太陽の光エネルギーと水と二酸化炭素から栄養を作る植物の光合成とほぼ同じ。いわば「暗黒の光合成」です。

「生命の起源」をたどる

 光合成をしないという意味では植物ではなく、物を食べないという点では動物ともいいがたい──そんなチューブワームは、生物の「共生」を考える上でも重要な意味を持つのですが、それについては別の章で詳しくお話ししましょう。

iStock.com/kieferpix

 ともかく、この不思議な生物の発見は学界に強い衝撃を与えました。高校生から大学生になった頃の私も、そのニュースに大きな関心を持ち、「生命とは何か」「生物の起源は何か」といった大テーマと関連してこの深海生物に惹かれるようになったのです。

 ですから、のちに研究者として「しんかい2000」という潜水船に乗り込み、初めて深海の熱水噴出孔でチューブワームの大群を目の当たりにしたときは、大いに感動しました。

 70年代の後半にチューブワームが発見されたのは、プレートテクトニクスによって海底火山が見つかったからです。理論が予言する場所に行ってみたら、たしかに海底火山がありました。それ自体は想定の範囲内だったのですが、海底火山だけでなく、誰も予想しなかった謎の深海生物も発見されてしまったわけです。

 私がチューブワームに惹かれたのは、それが「生命の起源」という大テーマと関係がありそうに思えたからでした。地球最初の生命はおよそ40億年前に誕生したと考えられていますが、それがどこでどのように生まれたのかはまだわかっていません。しかし、仮説はいろいろあります。

 たとえば、「原始のスープ」という言葉を見聞きしたことのある人は多いでしょう。40億年前の海にはアミノ酸や糖などの有機物が豊富に含まれており、その「スープ」の中で有機物が化学反応を起こして生命が生まれた──という考え方です。

 では、その有機物はどうやって作られたのか。

 それを説明するために行われたのが、有名な「ユーリー=ミラーの実験」(1953年)です。この実験では、地球の原始大気に含まれていたと思われるメタン、水素、アンモニア、水蒸気をガラス容器に封入し、そこに6万ボルトの高圧電流を放電しました。ちょうど、原始の大気中に雷が発生したのと同じ状態です。

 これによって数種類のアミノ酸が発生することがわかり、太古の地球で無機物から有機物を作ることが可能だったことが実証されました。

 ただし、無機物から有機物が作られるのは大気の中だけとはかぎりません。

 そこで注目されるのが、海底火山の熱水噴出孔です。そこで起きている熱水循環という現象を実験室で再現したところ、やはりメタンやアンモニアなどの無機物からアミノ酸などの有機物が生成されることがわかりました。そのため、海底火山が「生命の起源」として有力視されるようになったのです。

 チューブワームは、その海底火山周辺で発見されました。だから私は研究者になった当初、海底火山の世界にのめり込んでいったのです。

*   *   *

この続きは幻冬舎新書『辺境生物はすごい!』をご覧ください。

関連書籍

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辺境生物はすごい!

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長沼毅

1961年生まれ。筑波大学大学院生物科学研究科卒業。現在、広島大学准教授。 専門は、生物海洋学、微生物生態学、極地・辺境等の過酷環境に生存する生物の探索調査。 酒ビン片手に、南極・北極から、火山、砂漠、深海、地底など、地球の辺境を放浪する、自称「吟遊科学者」。学名:カガクカイ・インディ・ジョーンズ・モドキ、あるいは、ホモ・エブリウス(Homo ebrius)「酔っ払ったヒト」。好きな言葉は「酔生夢死」。 Naganuma WEB http://home.hiroshima-u.ac.jp/hubol/members/naganuma/ Twitter @naganumatakeshi http://twitter.com/naganumatakeshi

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