実家の父が39. 5度の高熱を出したと言う。立ち上がることもできないから、救急車で病院に行ったが、インフルエンザの検査も陰性で、高熱が出る原因がわからないから、帰ってくださいと病院の人に言われ、家に帰って来たそうだ。
私は、弟からの電話で父の様子を聞き、すぐに帰り支度をした。ここ自由が丘は品川に近く、静岡の実家まで、ひかりに乗ると、ドアトゥドアで2時間くらいで着いてしまう。
夕方、家に着き、父の顔を触ってみると、すごく熱く、真っ赤だった。
翌日の朝も父は高熱を出し真っ赤な顔をしていていた。もう自分の足で、寝室から食堂まで来られないくらい、父の身体はヨレヨレだった。
そこに、固定電話が鳴りだした。母も弟もいくらプルプル電話がなっても固定電話にはでようとしない。でも、私は何か重要な電話だったらどうしようと思って、受話器をとると、「静岡○○病院ですが、昨日来ていただいたイマムラさんの血に菌がたくさん出ましたので、すぐ、病院に来てください」と言う。「何分くらいで来られますか」ときかれたので、「2時間以内で」と答えると、「もっと早く来られませんか」というので、「なるべく早く行きます」と答えた。
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さすらいの自由が丘
激しい離婚劇を繰り広げた著者(現在、休戦中)がひとりで戻ってきた自由が丘。田舎者を魅了してやまない町・自由が丘。「衾(ふすま)駅」と内定していた駅名が直前で「自由ヶ丘」となったこの町は、おひとりさまにも優しいロハス空間なのか?自由が丘に“憑かれた”女の徒然日記――。