【愉快! 爽快! 痛快! これが日本版[キングスマン]だ。】シリーズ累計150万部「ニンジャスレイヤー」チームが描く衝撃の社内スパイアクション『オフィスハック』待望の第5話連載。舞台は東京・丸の内の巨大企業T社。人事部特殊部隊「四七ソ」の香田と奥野に今日も新たな社内調整指令がくだる。不正を働くオフィス内のクソ野郎どもをスタイリッシュかつアッパーに撃ち殺せ。テイルゲート! ショルダーサーフ! 禁断のオフィスハック技の数々を正義のために行使せよ!
#3
「鉄輪、ハッキングのほうを開始してくれ」
『了解。念のため、ノートPCも回収できる?』
小型インカムを通して、鉄輪のオペレーション音声が聞こえた。
「いや、ちょっと荷物になるな」
おれは机の上のノートPCをグルッと回しながら言った。そうとう分厚い。いつの時代のPCだ。
『じゃあ、そのまま置いてきていいよ。中身は全部私が吸うから。もう開始してる』
鉄輪はテキパキと証拠の確保を進めた。おまけに監視カメラ群をハックして、フロアの敵の動きはあらかた筒抜けだ。
「よろしく。奥野さんのほうは?」
『奥野さんも順調。第2パーティションラインを超えて、自販機エリアに接近中。この先は香田が先行して、内側からロック解除で合流して』
最近T社グループ内の監視カメラ網が大幅アップデートされたからか、鉄輪のナビもこれまで以上にキレまくっていた。ゲームの盤面みたいにフロア全体を見渡して、おれたちの進むべき場所を的確に支持してくれる。
「合流地点はどこが適切だ? 明石君も同時に逃がすことになると思うが」
『西側の第3パーティションラインまで浸透したほうが、むしろ安全かな』
「了解。多少のドンパチは覚悟ってことか」
『頑張って』
簡単に言ってくれるぜ。
「はいよ。明石君、出発しようぜ」
おれはヒゲ野郎の社員証ICカードを奪い、首から下げた。
「あッ」
「どうした」
「こいつにスマホ取られていたんで、取り返しておいていいですか」
「当然だよ」
ヒゲ野郎から明石君のスマホを回収すると、おれたちはそのまま会議室から廊下、さらにトイレ前を経由してメインオフィス方面へと向かった。
『ここのドアはまだ社員証カードが使える。さっき奪った社員証で通過して』
「わかった」
『通過タイミングはこちらで指示するから。この先のコピー機エリアから人が居なくなるまで待って。あと5、4、3、2、1。侵入OK』
おれたちは鉄輪のナビに従い、メインオフィスの第3パーティションラインまで侵入に成功した。
おれは声を潜め、ざっと全体を見渡す。見取り図は事前に渡されているが、やはり目視は必要だ。
八三トレマのメインオフィスは、最低限のパーティションで区切られたオープンプラン。机の数は50程度。課長クラスが全社員を監視しやすい、いわゆる「風通しの良い職場」だ。社員たちは黙々と業務を行っている。聞こえてくるのは課長の声だけ。
「フンッ!」
オフィスの奥、全面ガラス張りの窓際で、ゴルフスイング練習に興じる男がいる。遠くて顔はよく見えないが、間違いなく八三トレマの陣内課長だろう。
「フンッ!」
「課長~! ナイスショットです~!」
その横では、ゴルフバッグを担いだ豹柄ミニスカの秘書社員が拍手していた。こいつは何のために雇われているんだ?
「ハハハハハ! 来週は副社長主催の令和記念コンペだからね! しっかりと練習をしておかなくては! 次、5番を取りたまえ!」
「ハイ課長! これでまた、ナイスショットお願いしますゥ~!」
(何が5番だよ。完全にクソ部署だな……)
おれと明石はパーティションと観葉植物の陰に隠れながら、SWATみたいなしゃがみ姿勢でメンオフィスを横切り、反対側のドアの前に向かった。やけに大きいヤシの樹みたいな観葉植物だらけで、気分はまるでジャングルを進む特殊部隊だ。
ドア前に到着すると、その先の廊下にいるもう一人のオフィスの死神、奥野さんと目が合った。奥野さんは右手に防弾ブリーフケースを持ち、調整用拳銃はホルスターに隠していた。春っぽい爽やかさのあるグレースーツで、ネクタイは桜色だった。
(おつかれさまです)
(おつかれさまです)
おれはドアロックを解除し、小声で挨拶した。奥野さんも律儀に頭を下げて挨拶した。奥野さんはおれより二十歳近く年上だが、四七ソでは後輩にあたる。
(そちらは)
(監禁されていた明石君)
(あ、どうも、明石です)
(奥野です。短い間ですが、よろしくお願いします)
(よろしくお願いします)
『廊下側から社員接近中! 三人とも、さっきの観葉植物スペースまで戻って!』
鉄輪のナビを受け、おれたち三人はまたしゃがみ移動姿勢で歩き出す。奥野さんも同じ姿勢でおれと横並びになった。
(奥野さん、物的証拠のほう、どうですか?)
(再生に成功しました)
奥野さんは繋ぎ合わされたシュレッダー書類を提示した。間違いなく、八三トレマの商標ビジネスの金の流れを追った経理情報と恫喝メールのプリントアウトだ。奥野さんの持つ能力「ダンプスター・ダイブ」によって再生されたのだ。
(グッジョブです)
おれはサムアップした。四七ソの全員は特殊なオフィスハック能力を持っている。どれも現代ビジネスシーンの中で生み出された特殊能力で、T社敷地内のような異常ストレス環境ではさらなる力を発揮する。
(鉄輪、このまま忍び歩いて、明石君と非常階段から全員で脱出ってのはどうだ?)
『そうね、ちょっと待って。監視エリアを切り替える』
鉄輪の能力は「ショルダーサーフ」の応用だ。おれたちのインカム内蔵カメラ視点や社内監視カメラ視点を瞬時に切り替え、的確な指示を送ってくる。
『ダメ。非常階段近くでタバコ吸ってる奴らがいる。そいつらの休憩が終わるまで、現在地点で待機できる?』
(きついかもな。ギリギリまで耐えてみるが。最終調整の承認は出てるのか?)
『最終調整はいつでもオーケー。物的証拠、電子的証拠が両方揃ってる』
おれは後方の明石をちらりと見た。さすがに、不安そうな顔で震えていた。
ベストな選択肢は、このままうまく逃げ出して、全員無事に脱出することだ。大規模な銃撃戦はできるだけ避けたい。それに、おれも奥野さんも労災の世話にはなりたくない。おれは子供の学資保険の増額分だって結局まだどこにするか決めていない。今じゃどこも元本割れ。オフィスの死神だって死亡時保険が気になる時代だ。
そもそも、これも四七ソの給与が安すぎるせいだ。中途半端に働き方改革なんて導入しやがって。おれもてっきり高プロになれると思ったのに。
『香田、大丈夫? ボーッとしてない? 廊下側に動きあるよ!』
鉄輪が警告したのとほぼ同時に、おれたちが最初に使ったセキュリティドアが開き、そこから叫び声が聞こえた。
スキンヘッドのならず者社員が、血相を変えて飛び込んできたのだ。
「陣内課長! たッ! たッ! 大変です! 小池さんが撃たれて死んでます! 明石の野郎も逃げ出しましたァーーーッ!」
「何だと!? まさか、人事部の犬に嗅ぎつけられたか!?」
「ま、まだ解りません! 明石の野郎がやったのかも……!」
「全員、人事部との戦闘に備えろ! 私は証拠隠滅と逃走で忙しくなる!」
陣内課長はぎらつく5番アイアンを刀のように振りかざし、命令を飛ばした。
「「「ハイ!」」」
ならず者社員たちは一斉に立ち上がり、引き出しから3Dプリント拳銃を取り出した。ガチガチというコッキング音が、猟犬の群れの牙音みたいに聞こえてきた。全員、おかしな目つきをしていた。
長期間に渡って自覚的な腐敗と堕落を続けてきた部署の社員たちは、課長や部長への絶対忠誠と部署原理主義を叩き込まれている。自分の家族やT社グループそのものよりも、自分の所属部署のほうが大事だと錯覚するようになっていくからだ。
「まずは、フロアをくまなく探せ! 逃げ出したSEを見つけたら即座に始末しろ! いいな!」
「「「ハイ!」」」
まずい状況になった。おれたち三人は、無言のまま視線を交わした。額から汗が滲み始め、それを袖で拭った。穏便に済ますという選択肢は、これで無くなった。鉄輪経由で上の判断を待ってみたが、そろそろ時間切れだ。おれたち二人だけならまだ待てるが、明石が銃撃戦に巻き込まれちまう。
おれは奥野さんと一瞬目を合わせた。おそらく考えていることは同じで、奥野さんは小さく頷いた。おれは明石の方を見た。
(明石君、解ってるな。おれたちがちょっと派手なことをして、敵の注意を集める。その間に、非常階段まで突っ走れ)
(わ、わかりました……)
おれは明石の背中を優しく叩いてやった。
(うまく逃げ切れたら、もうこんなプログラム書くんじゃないぞ。強制されたってことで人事部には報告しとくから、安心しろ)
(はい。ありがとうございます)
明石の目に少しだけ希望が戻った。明石を送り出すと、おれは奥野さんと目を合わせ、頷いた。奥野さんが小さく微笑んだ。
(やりますか)
(やりましょう)
結局今回もこうなった。
おれと奥野さんは調整用拳銃と防弾ブリーフケースを握りしめ、並び立った。銃を握る腕をピンと伸ばし、全方位へと宣告を行った。
「「全員、業務活動を直ちに停止せよ! 我々は四七ソだ! 第一人事部の名に於いて、これより社内調整を開始する!」」
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