貸しレコード店のアルバイトからエイベックスを創業、そして上場……。芸能界のど真ん中で戦い続けてきた稀代の経営者、松浦勝人。著書『破壊者 ハカイモノ』は、彼の思考と哲学が凝縮された、読み応えのある一冊だ。ブームの裏側で、彼はどんなことを考えていたのか? そしてなぜ、ここまでの成功を収めることができたのか? ビジネスの真髄に迫った本書の一部をご紹介します。
* * *
「本当に必要なもの」がわかってきた
自分をよく見せたい、大きく見せたい、そういう“見栄を張る”ということは、もうほとんどなくなってしまった。必要がなくなったからだ。
昔の僕は何も持っていなかった。だから、高い時計も欲しかったし、速いクルマも欲しかった。大きな家も欲しかったし、お洒落な服も欲しかった。何もかもが欲しかった。何かを手に入れたいから頑張る。それは、ずっと僕のモチベーションにもなっていた。
それが、仕事がたまたまうまくいって、若い段階である程度のものを手に入れることができた。高い時計も、お洒落な洋服も、海外に別荘も買った。でも、ある程度のところで、自分に本当に必要なものが何か、というのがわかるようになってきた。
何百坪もある広い家に住んでいたこともある。でも、全然必要じゃなかった。何かを取りに行くだけでも、わざわざ歩いて、別の部屋まで行かなければならない。ありえない額の光熱費の請求がきて、いつもどこかの部屋の掃除をしている。「携帯電話をどこに置いたんだっけ?」と年中、ものを探し回っていた。
部屋もやたらにたくさんあるから、家具を入れて、ゲストが泊まれるようにしたけど、結局最後までなんのためだかわからないままの部屋もあった。
そのあと、どうせひとりで暮らすのだから、小さなマンションでいいと思って、1LDKに住んでみた。40平米ぐらいの、ごく標準的な広さの1LDKだ。仕事の都合で、立地やセキュリティ、プライバシーは考慮したので、家賃は少し高めだったけど、それでも驚くような値段でもない部屋。
そこは本当に便利だなと思った。必要なものにすぐ手が届く。ソファから立って、数歩踏みだすだけで冷蔵庫に手が届くし、座ったまま、必要なものすべてに手が届く。「これで十分」というのではなく「これが一番使いやすい」という感覚。
広い家に住んだこともないのに、1LDKが一番いいとか、フェラーリに乗ったこともないのに、フェラーリなんていらないとか言うのとはちょっと違う。すべてやってみた結果、1LDKが一番いいというところに行き着いた。
振り幅が大きかった僕の人生
他人が見栄を張っている姿を見て、かっこいいことだとは思わない。でもそれを強く否定するような気持ちもない。それがその人の自分をアピールする方法なんだなと思うだけ。
その点では、僕はものすごく恵まれてきたと思っている。自分がどういう人間で、どういう仕事をしているのか、いちいち説明する必要がなかったから。音楽に関わる仕事をやってきて、それは本当に幸せなことだったと思う。
30歳以上の人だったら、浜崎あゆみや倖田來未を、多分いくつになっても忘れないだろう。70歳、80歳になって、記憶力が衰えても、きっと音楽を聴けば思いだすはずだ。
人生の最も多感な時期に、心にグサッと刺さった音楽は一生忘れない。その人の人生、経験、そして時代に根づいた特別な記憶になっている。僕はそういう仕事をしている。音楽があるから、僕自身は、見栄を張って、自分を大きく見せる必要があまりなかった。
こういう仕事に関われたことは、どんな仕事で成功するよりもよかったと思う。他の仕事で、今の10倍お金持ちになれたとしても、こっちのほうがよかったと僕は思っている。ま、世の中には、僕より何十倍もお金持ちの経営者がたくさんいるから、負け惜しみでそう言っている部分がなくもないんだけど(笑)。
この仕事は全然安定していない。会社も、僕の人生も、上がったり下がったりがとても激しい。だから、他の経営者を見ていて、安定していていいなといつも思う。僕みたいに上がったり下がったりしていると、いつも不安の中にいなければならない。
一方で、安定していたらつまらないだろうなとも思う。僕の今までの生活は、いい時と悪い時の振り幅が大きすぎて、摩擦が起きて、熱を発していた。その瞬間は本当に辛い、本当に疲れる。でも過ぎてしまえば、やっぱり僕は絶対にこっちがいい。
「幸せな人生だったのか」と問われると、それはよくわからない。仕事だけじゃなくて、家族のこととか、人間関係とか、そういうのも含めて人生だから。それに、これからだって、きっと上がったり下がったりを繰り返していくのだろう。それを考えると怖くなる。でも、僕は、そうじゃなければ退屈なんだろうなと思う。
僕の仕事は毎日がイベント。いいことも、悪いことも、毎日何かが必ず起きる。きっと“普通の感覚”ではないのかもしれないけど、そういう毎日が僕にとっては幸せなことなんだと思う。