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悪夢障害

2020.08.20 公開 ポスト

ディカプリオも夜中に飛び起きた!禁煙を始めると悪夢を見る理由西多昌規(精神科医・医学博士)

寝つきが悪い、眠れない、途中で目が覚める……睡眠に問題を抱える人は大勢いますが、中でも無視できないのが「悪夢」でしょう。悪夢によって睡眠が妨げられ、日常生活に支障が出るようになったら、それはもう立派な「病気」。その生涯有病率は、なんと7割以上ともいわれています。精神科医で睡眠医学の専門家として知られる西多昌規先生の『悪夢障害』は、そんな悪夢について徹底的に掘り下げた貴重な本。心当たりのある方は、ぜひこのためし読みをご覧になってみてください。

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悪夢をお酒でごまかしてはいけない

アルコールが睡眠に与える悪影響については広く理解されるようになってきているが、悪夢をまねくことについては意外に知られていない。

アルコールの乱用や依存は、DSM-5では「アルコール使用障害」という診断名に統一されたが、本書ではあえて俗にいわれている「アルコール依存症」を用いたい。

(写真:iStock.com/FOTOKITA)

アルコール依存症患者は、健常者よりも鮮明な夢、ないし悪夢を見るとされる。

悪夢は、飲酒した後の睡眠より、むしろ飲酒を突然中断したときの離脱状態、一般に禁断症状と呼ばれるときの睡眠に多い

さらに問題なのは、悪夢による苦痛や恐怖感を和らげようとして、お酒に走ってしまうという悪循環を繰り返すことである。

アルコール依存症患者に限らず、悪夢に悩んでいる人は、悪夢を解消する対処法として、アルコールに頼る傾向が強い。アルコールで悪夢を紛らわせようという意図だが、残念ながら効果は正反対であり、悪夢のありありとしたイメージはますます強まる

アルコールには、レム睡眠の出現を抑える作用がある。大量のアルコールを毎晩のように飲み続けていた人が、体調不良などで急にアルコールが飲めなくなったときに生じる重い離脱症状の場合は、アルコールによって抑制されていたレム睡眠が、リバウンド的に増加するものである。このレム睡眠のリバウンド的な増加が、悪夢の原因と考えられている。

 

アルコール依存症ほどではない大酒家や、毎日晩酌が欠かせない程度の普通の酒好きは、悪夢とは関係ないかといえば、そうでもない。

アルコールを飲んだ後では、睡眠中にもアルコールは徐々に代謝され、朝までには脳・体内から消えていく。つまり、一晩の睡眠の間でも、アルコールが消えていくことで、軽い「禁断症状」が生じていることになる。酒飲みには、悪夢が出現しやすい条件が備わっているのである。

また、アルコール、特にビールには利尿効果があるため、睡眠後半は尿意によって睡眠が浅くなり、「悪夢を思いだす」機会も多くなる

蛇足ながら、アルコールに頼らざるをえないということは、現実生活での苦悩やストレスも大きいということである。このストレスが、アルコール離脱作用によるレム睡眠の増加によって、悪夢というかたちで現れやすいということなのだろう。

悪夢を酒でごまかすという対処行動は、こういった科学的事実からもナンセンスであることがわかる。

禁煙すると悪夢が増える?

ハリウッド俳優のレオナルド・ディカプリオが禁煙を試みようとして、禁煙治療薬のニコチンパッチを使ったところ、睡眠不足とひどい悪夢に悩まされたという。

インタビューによれば、「血が凍るような殺人の悪夢を見たんだ。大量殺人だよ。夜中に起きてパッチを外さなきゃならないほどだった」と語っている。

(写真:iStock.com/Tevarak)

ニコチンによる直接的な影響ももちろんだが、むしろ禁煙あるいは最近のトピックである禁煙治療によって、睡眠や悪夢がどうなるのかを知りたいという読者もいるかもしれない。

タバコに含まれるニコチン自体には、強い覚醒作用がある。タバコを吸ってから10秒以内にニコチンは脳に到達する。ニコチンには、ドーパミンやノルアドレナリン、アドレナリンの代謝を早める作用があり、これらの物質の活性化によって脳は覚醒していく。

喫煙者には悪夢を見る人が多いのだが、禁煙を試みる人にも多いという調査結果も、いくつか論文として発表されている。

実際に、禁煙などでニコチンの摂取をやめるときに、悪夢が増える。タバコをやめたときのイライラなど離脱症状(=禁断症状)は急激に出現する。

禁煙を試みる者にとっては、そしてハリウッド俳優のような刺激的体験に事欠かない人物にとっても、突然の悪夢は興奮するくらいの驚愕反応なのであろう。

 

医療機関で行う禁煙治療は、2通りの方法を用いる。1つ目は、ニコチンパッチであり、湿布のように皮膚に貼って、皮膚からニコチンを吸収させて、タバコによるニコチンから離脱させていく作戦である。皮膚からのニコチン吸収は、タバコより吸収速度が緩やかなので、離脱症状が生じにくいとされている。

しかし、ニコチンパッチによるニコチン置換療法でも、悪夢を急に見るようになって驚いたという声は少なくない。1000人規模の研究でも、ニコチンパッチによって悪夢が増えたとする報告もある。

もう1つの禁煙治療法は、バレニクリン(チャンピックス)という薬剤を用いる方法である。バレニクリンは、いわば「ニセのニコチン」のようなものである。

ニコチンが脳に働いて快感を得る場所を、バレニクリンは遮断してしまう。バレニクリンを飲むと、タバコがおいしくなくなるという現象が生じる。

バレニクリンの副作用として、悪夢の報告もあり、悪夢の出現率は2%とされている。

イギリス、ブリストル大学によるバレニクリン関連のメタ解析でも、悪夢の出現率が高いことが実証された。

しかしながらバレニクリンによる悪夢は、一過性であることが多い。したがって悪夢が増えることを知っておけば、動揺することなく禁煙成功率を高めることができるだろう。

関連書籍

西多昌規『悪夢障害』

「寝つきが悪い」「眠れない」「途中で目が覚める」など睡眠に問題を抱える人は大勢いるが、なかでも無視できないのが悪夢。「悪夢障害」とは「極度に不快な夢を繰り返し見ることで睡眠が妨げられ、日常生活に支障が出る」病であるが、この生涯有病率は7割以上ともいわれている。悪夢はうつ病の前兆でもありうるため、軽視は危険。また悪夢を見て叫ぶ場合はパーキンソン病などの可能性もあるので、注意が必要だ。悪夢にまつわるすべてを網羅した一冊。

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悪夢障害

寝つきが悪い、眠れない、途中で目が覚める……睡眠に問題を抱える人は大勢いますが、中でも無視できないのが「悪夢」でしょう。悪夢によって睡眠が妨げられ、日常生活に支障が出るようになったら、それはもう立派な「病気」。その生涯有病率は、なんと7割以上ともいわれています。精神科医で睡眠医学の専門家として知られる西多昌規先生の『悪夢障害』は、そんな悪夢について徹底的に掘り下げた貴重な本。心当たりのある方は、ぜひこのためし読みをご覧になってみてください。

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西多昌規 精神科医・医学博士

スタンフォード大学医学部睡眠・生体リズム研究所客員講師。1970年、石川県生まれ。東京医科歯科大学卒業。国立精神・神経医療研究センター病院、ハーバード大学医学部研究員、自治医科大学講師などを経て、現職。日本精神神経学会専門医、睡眠医療認定医など、資格多数。これまでに数多くの患者を臨床現場で診察するだけでなく、精神科産業医として、企業のメンタルヘルスの問題にも取り組んできた。現在はスタンフォード大学にて睡眠医学の研究を行っている。

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