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中高年ひきこもり

2020.11.29 公開 ポスト

日本、韓国、イタリアはひきこもり。アメリカ、イギリスはホームレス。斎藤環(精神科医)

「ひきこもり」といえば、若者というイメージを持っている人も多いだろう。ところが今、40~64歳の「中高年ひきこもり」が増えているという。その数、推計で61万人。「8050問題」とも言われるこの状態を放置すれば、多くの家族が孤立し、親の死後には困窮・孤独死にまで追いつめられていく……。そう警鐘を鳴らすのは、この問題の第一人者である斎藤環さんだ。斎藤さんの著書『中高年ひきこもり』より、一部を抜粋しよう。

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「親との同居率」が関係している

日本以外でひきこもりがとくに多いのは、韓国とイタリア。韓国には約30万人のひきこもりがいると言われています。人口比で考えると、割合は日本とあまり変わりません。イタリアでも、EU加盟国で初めてひきこもりの家族会がつくられました。それぐらい深刻な問題になっているわけです。

(写真:iStock.com/KatarzynaBialasiewicz)

では、日本、韓国、イタリアの共通点は何か。それは、成人した子が親と同居する率が高いことです。いずれの国も、30歳までの成人した若者の親との同居率は70%以上。成人してからも家から出て独立せず、親に面倒をみてもらいながら暮らしてよいとする家族主義的文化があるのです。

当たり前のことですが、ひきこもりという現象は家族がいなければ起こりません。家族が原因だと言いたいわけではなく、面倒をみてくれる家族がいないとひきこもることはできないという意味です。

ですから、成人したら親は面倒をみず、自立して生きていくのが当たり前だと考える個人主義的な国では、ひきこもりは起こりにくい。たとえばイギリスやアメリカでは、ひきこもりがいないとは言いませんが、少なくとも、まだ社会問題にはなっていません。

 

そう聞くと、「やはり日本も家族主義をやめて個人主義の社会になるべきだ」と言いたくなる人がいると思います。しかしイギリスやアメリカのような個人主義の国でも、社会参加ができずに苦しむ人がいないわけではありません。

ところが親元では生活させてもらえず、収入がないので部屋を借りて一人暮らしをすることもできない。そのため彼らは、ひきこもりになることはできず、ホームレスになってしまいます。

したがって、家族主義から個人主義に切り替えればいいという単純な話ではありません。イギリスやアメリカはひきこもりが少ない代わりに若いホームレスが多く、日本や韓国はホームレスが比較的少ない代わりにひきこもりが多い。社会参加ができない若者はどの国にもたくさんいます。

大きな視点から見れば、これは「社会的排除」であり「社会的孤立」です。彼らの生活形態は、つまるところ、ひきこもりかホームレスの2択しかないのです。社会参加ができない人たちがいること自体が問題の根本ですから、どちらがよいということはありません。

社会参加できない若者をどうするか?

日本の親が子との同居をやめて無理やり外に追い出せば、ひきこもりはなくなるでしょう。しかしその代わり、社会参加できない200万人以上もの人たちがホームレスになってしまうおそれがあります。

「家から叩き出せ」と煽るのは簡単ですが、根本の問題は解決しません。やはり政策レベルでは、彼らの社会参加が容易になるよう支援しなければならないのです。

(写真:iStock.com/kieferpix)

実際、これからは日本でも若いホームレスが増えるおそれがあるでしょう。成年年齢の引き下げや子ども・若者育成支援推進法の改正などによって、弱者化した若者を支える法律の方針が大きく変わろうとしているからです。

若いホームレスが増えれば、いままでがんばってひきこもりの子の面倒をみていた家族も、「成人したらもう面倒をみなくていい」と考えるようになるかもしれません。その結果、ひきこもりがホームレスにシフトしていく可能性があるのです。もちろん、そう遠くない将来、親が亡くなってしまうであろう中高年ひきこもりのホームレス化も考えておかなければなりません。

ホームレスはひきこもりと違って誰の目にも見えやすい問題なので、支援対策を打ち出しやすい面はあるでしょう。しかしその一方で、治安の悪化をはじめとする社会の不安定化を招くおそれはホームレスのほうが大きいと思います。やはり、どちらがよいという問題ではありません。

 

ともあれ、ひきこもりという現象は日本特有の文化とはほとんど関係がありません。なかには「甘えの文化」や「恥の文化」など日本的な文化とひきこもりを結びつけて解釈しようとする人もいますが、その関係性は仮にあったとしても些末なものです。それがいちばんの要因だとしたら、韓国やイタリアに多い事実を説明できません。ひきこもりを生む最大の社会的要因は家族主義と考えるべきです。

したがって、ひきこもりが多いからといって、日本人だけが「おかしい」わけではありません。ホームレスも含めて、社会から排除された人々、孤立した人々をどう支援するかは、世界共通の問題なのです。イギリスがいちはやく「孤独問題担当国務大臣」を任命したように、日本もこの問題に思い切った政策を打ち出すべきではないでしょうか。

関連書籍

斎藤環『中高年ひきこもり』

内閣府の調査では、40〜64歳のひきこもり状態にある人は推計61万人と、15〜39歳の54万人を大きく上回る。中高年ひきこもりで最も深刻なのは、80代の親が50代の子どもの面倒を見なければならないという「8050問題」だ。家族の孤立、孤独死・生活保護受給者の大量発生――中高年ひきこもりは、いまや日本の重大な社会問題だ。だが、世間では誤解と偏見がまだ根強く、そのことが事態をさらに悪化させている。「ひきこもり」とはそもそも何か。何が正しい支援なのか。第一人者による決定版解説書。

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中高年ひきこもり

「ひきこもり」といえば、若者というイメージを持っている人も多いだろう。ところが今、40~64歳の「中高年ひきこもり」が増えているという。その数、なんと61万人。この状態を放置すれば、生活保護受給者が大量発生し、日本の社会保障制度を根幹から揺るがすことになる……。そう警鐘を鳴らすのは、この問題の第一人者である斎藤環さんの著書『中高年ひきこもり』だ。まさに「決定版解説書」といえる本書より、一部を抜粋しよう。

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斎藤環 精神科医

1961年、岩手県生まれ。医学博士。筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学、精神分析、精神療法。「ひきこもり」ならびに、フィンランド発祥のケアの手法・思想である「オープン・ダイアローグ」の啓蒙活動に精力的に取り組む。漫画・映画などのサブカルチャー愛好家としても知られる。主な著書に『戦闘美少女の精神分析』『ひきこもりはなぜ「治る」のか?』(以上、ちくま文庫)、『アーティストは境界線上で踊る』(みすず書房)、『「社会的うつ病」の治し方』(新潮選書)、『世界が土曜の夜の夢なら』(角川文庫)、『承認をめぐる病』(日本評論社)、『人間にとって健康とは何か』(PHP新書)、『オープンダイアローグとは何か』(医学書院)などがある。

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