連載「ぼくは、平熱のまま熱狂したい」が、12月9日に『平熱のまま、この世界に熱狂したい 「弱さ」を受け入れる日常革命』として発売になります。世界を平熱のまま情熱をもって見つめる態度によって綴られる宮崎智之さんの文章。その魅力を、2018年に発売された文庫『モヤモヤするあの人』から抜粋して、お届けいたします。
救急車に乗った息子はアゴが少し伸びていた
「頑張らないと親に似る」とは、お笑い芸人のマキタスポーツがTBSラジオ「東京ポッド許可局」で放った名言だ。ここ最近は、久々に父親と行動を共にすることが多かったのだが、つくづく僕と父は性格や行動がそっくりなんだなと気がつかされた。
すぐに物をなくしたり、どこかに置き忘れたりする。鍵や財布が見つからなくて、地べたにカバンを置いてガサゴソ探す。天然ボケというか、とにかくどこか徹底的に抜けているのだ。一緒に住んでいた頃には気がつかなかったが、「親子というのはここまで似るものか」と呆(あき)れるほどそっくりなのである。
学生の時、父から携帯に電話がかかってきて「元気か?」と聞かれたのには驚いた。ついさっきまで一緒に朝の食卓を囲んでいたのに、なんだというのか。
「えっ? 別に元気だけど……。どうしたの?」
「いや、ただなんとなく元気かなと思ってさ」
さすがにあの時は、「ボケるのには、まだ早すぎるだろう」と焦ったが、今でも父は明朗で快活に人生を過ごしている。長男としては、ありがたい限りだ。
さて、本題に入ろう。
あれは、もう15年以上も前のことである。あの時の衝撃を上手く話すことができるか僕にはわからない。なにせ、僕自身も後から聞いた話なのだ。これは、僕という人間と父の間に起こった救急車を巡るヒューマンドラマである。
その日、会社が休みだった父は、昼間に自宅近くを散歩していた。ふらふら歩いていると、駅前に救急車が止まっているのが目に入る。なにかあったのかな? しばらく眺める。すると、駅から青年が担架で運ばれてくるのが見えた。細身の体形に黒いトートバッグ。間違いない。息子だ! これは大変なことになったぞ!
慌てて担架に駆け寄る父。おい! 大丈夫か? 智之! 大丈夫か? 智之。
「お父さんですか?」若い救急隊員が父に叫ぶ。
「そうです! おい! 智之! ともゆきぃぃぃ!!!」
「よかった。乗ってください。すぐ病院に運びます!」
僕は虚弱体質で、体調をよく崩す。特に学生の頃は、今よりも体重が10キロ以上も軽く、いつ倒れてもおかしくない雰囲気があった。そして、ついに……。
救急車に乗り込んだ父は、処置をする隊員の横で僕の名前を叫び続ける。救急車はサイレンを鳴らしながら、病院へと急ぐ。隊員は「お父さん、落ち着いて、落ち着いてください」と声をかける。横には苦悶(くもん)の表情を浮かべながら、なにかを必死に訴えかけようとする僕。苦しくて、どうしても声にならない。
おい、どうしたんだ? なにか言いたいのか? お父さんがいるから大丈夫だぞ!
しかし、ここで父がある異変に気がついた。なにかが微妙に違う。どこか違和感があるのだ。なんだろう。そうか。アゴだ。アゴがいつもより少し長いのだ。息子のアゴが少し長い。病気で苦しめば、顔の形も変わるのだろう。病気というものは、つくづく恐ろしいものである。人相まで変化させてしまうとは。これは大変な病気に違いない。あれ? そういえば髪型もちょっと違うような……。
もう一度、僕の顔を覗(のぞ)き込んでみる父。そこには苦悶の表情を浮かべる面長な青年がいる。
その時、父は気がついたのである。この青年が息子ではないことに。
「すみません。息子ではありませんでした……」と父が衝撃的な告白をした後、救急車の中にどのような空気が流れていたのか、僕はまだ知らない。結局、父は見知らぬ青年と一緒に病院まで連れて行かれたという。「途中で降ろしている時間はない」と隊員から冷たく告げられてしまったのだ。ちなみに、青年は運ばれているうちに意識が戻ったらしい。貧血でも起こしていたのだろうか。
いずれにしても、知らないおじさんに「智之、智之!」と叫ばれる状況の中、「違います!」と言いたくても言えなかった青年の気の毒さはいかほどのものか。「誰だ、このおっさん」と思っていたに違いない。本当に誰だよ、このおっさんは。
さて、隊員に平謝りした父は、救急車で送り返されるなんて虫がいいことにはならず、自らタクシーを呼んですごすごと帰路についた。
しかし、まだ疑いが少し残っている。あの青年は、やっぱり息子だったのではなかろうか。苦しんでいれば、アゴくらい少しは伸びる。だいいち、トートバッグが同じだったではないか。
タクシーを降りて、父は僕に電話をかける。疑いがいつまでも頭から離れない。ついさっきまで一緒に朝ごはんを食べていた息子は無事なのだろうか。それともやはり……。長いコールの後、息子が電話に出る。周りが騒がしい。
「元気か?」
「えっ? 別に元気だけど……。どうしたの?」
「いや、ただなんとなく元気かなと思ってさ」
さすがにあの時は、「ボケるのには、まだ早すぎるだろう」と焦ったが、今でも父は明朗で快活に人生を過ごしている。長男としては、ありがたい限りだ。
「頑張らないと親に似る」
いつか僕も見知らぬ青年と一緒に、救急車に乗る日が来るのだろうか。そう思うと、モヤモヤすると同時に、ある種の諦めに似た感情が心の中で芽生えるのであった。
(2016年1月12日執筆)
平熱のまま、この世界に熱狂したい
世界を平熱のまま情熱をもって見つめることで浮かびあがる鮮やかな言葉。言葉があれば、退屈な日常は刺激的な場へといつでも変わる。
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