先の見えないコロナ時代。そんななかでも、あふれる情報に振り回されず、自分の頭で考え、悔いのない選択をしたい――そのための強力な武器になるのが、出口治明さんの新刊『自分の頭で考える日本の論点』です。巻末付録の「自分で考えるための10のヒント」から、「⑥自分の半径1メートル圏内での行動で世界は変えられると知る」を抜粋してお届けします。
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複雑系という学問分野に、「カオス理論」というものがあります。この理論によって、未来は原理的に予測不能であることが明らかになりました。計測できないほど小さな初期値の違いによって、結果がまったく異なってしまうからです。その理論の本質を言い表したのが、次の言葉でした。
「ブラジルで1匹の蝶が羽ばたけばテキサスで竜巻が起こる」
いわゆる「バタフライ効果」です。ブラジルが「北京」、テキサスの竜巻が「ニューヨークのハリケーン」になるバージョンもありますが、いずれにしろ、どこかで羽ばたくかもしれない蝶の動きをすべて把握して、気象の変化を計算することなど誰にもできません。
未来が予測できないと聞くと悲観的になりますが、逆に次のように考えたらどうでしょうか。
「取るに足らない1匹の蝶でも、羽ばたけば、世界の気象に影響を与えることができる」
私たちの暮らす世界は広くて複雑なので、人はしばしば無力感を抱きます。さまざまな問題を解決したいけれど、自分1人が頑張っても世界を変えることなどできっこない――そう思って、問題を考えること自体を諦めてしまうのです。「自分の1票など何の影響力もない」と思い込んで選挙で投票に行かないのは、その典型的な表れです。
しかし現実は違います。自分の半径1メートル圏内での行動が、ブラジルや北京で羽ばたく1匹の蝶のように、世界を変えてしまう可能性は十分にあります。それを体現した1人が、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんです。
8歳のときに気候変動への対策がほとんど行われていないことを知った彼女は、そのショックによって心に変調を来きたしました。そして15歳のときに、「気候のための学校ストライキ」をたった1人で始めます。その運動の輪がどんどん広がり、結果的に1000万人を超える若者たちを動かしました。
いまや世界に彼女の名前を知らない人はいないでしょう。大人たちの問題意識を喚起したという点で、彼女の行動には竜巻やハリケーンのようなインパクトがありました。「グレタ効果」という言葉もあるぐらいですから、まさにカオス理論におけるバタフライ効果を連想させます。
「自分1人だけの小さな行動」は、決して無力ではなく、いつか世界を変える力を秘めています。逆に、羽ばたかなければ、永遠にハリケーンは起こりません。
そして、世界を変えるのに一番手っ取り早い行動は、やはり選挙での投票です。
「政治なんか自分には関係ない」と思って選挙に行かない人もいますが、日本人は平均すると収入の4割以上を税金等で納めており、税金の使い方を決める政治と関係のない人は存在しません。
税金の使い方をみんなで決めなければ、社会が変わるはずがありません。「みんなで選ぶ」とは、端的にいえば「投票率を上げる」ということです。
みんなが投票に行き、投票率が上がれば、いくらでも世界は変わります。この仕組みについては論点21「民主主義」で説明しました。日本ではこの当たり前のことを具体的な数字で示して教えていないので実感できないだけで、1人の投票行動が社会に大きな波を起こす実例は、先進国にもたくさんあります。学歴も収入も高い、いわゆるエリート層のなかにも、「他人は変えられないし、世界も変えられない。政治に口を出してもムダ。半径1メートル圏内で自分の利益だけ考えて行動するほうが賢い」といったことを述べる人がいます。そのような考えの持ち主が増えることは、僕は健全な社会の衰退だと思っています。
自分の頭で考える日本の論点
玉石混淆の情報があふれ、専門家の間でも意見が分かれる問題ばかりの現代社会。これらを自分で判断し、悔いのない選択ができるようになるには、どうしたらいいのか。ベンチャー企業の創業者であり大学学長、そして無類の読書家である著者が、私たちが直面する重要な22の論点を解説しながら、自分はどう判断するかの思考プロセスを開陳。先の見えない時代を生きるのに役立つ知識が身につき、本物の思考力も鍛えられる、一石二鳥の書。