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自分の頭で考える日本の論点

2020.12.18 公開 ポスト

常識は徹底的に疑うが、伝統には敬意を払う出口治明

先の見えないコロナ時代。そんななかでも、あふれる情報に振り回されず、自分の頭で考え、悔いのない選択をしたい――そのための強力な武器になるのが、出口治明さんの新刊『自分の頭で考える日本の論点』です。巻末付録の「自分で考えるための10のヒント」から、「⑩常識は徹底的に疑う」を抜粋してお届けします。

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(写真:iStock.com/Memedzaslan)

物事を考えるときには、既存の「常識」に囚われてはなりません。とくに新しい問題を解決するためには、常識を疑うことが何よりも重要です。

ただし、常識を「疑う」ことと常識を「否定する」ことは同じではありません。疑った結果、間違っているとわかれば否定する。否定できるだけの明確な証拠がなければ、長く続いてきた伝統や習慣はそのまま大事にしておけばいい。僕はそのように考えています。

その根っこにあるのは、人間は賢くない、という認識です。これは僕が好きな、エドマンド・バークという思想家の考えです。

長く続いてきた伝統や慣習には、矛盾や不合理なところはあっても、全体としてそれなりに正しいところがある。賢くない人間が徹底的に疑ってみて、その間違いをクリアに検証できないかぎりは、とりあえずは残しておこうという考え方です。その意味で僕はバークと同じように、保守的な人間です。

もし人間が賢ければ、資本主義は社会主義に敗れてとっくに終わっていたことでしょう。社会主義とは、市場原理に任せるより、「賢い人間の理性」による計画経済によって世界をコントロールしたほうが、豊かな社会を実現できるという思想に拠って立つ立場です。人間の理性が確かなものなら、社会主義が勝つはずです。しかし結果的に計画経済はうまくいかず、社会主義の敗北に終わりました。

もちろん資本主義にもさまざまな問題や欠陥があります。資本主義はもう限界だということは、僕が物心ついたときから何度もいわれてきましたが、それでもこうして続いている。そこには人間の「理性」より優れた何ものかが存在し、僕はそれを否定するだけの証拠を持ち合わせていません。

では、僕が常日頃からダメだと訴えている日本的雇用慣行はどうなのか。これも「長年の習慣」として根づいた「常識」ですが、新卒一括採用、終身雇用、年功序列、定年というワンセットの慣行が、もはや存在意義を失っていることを示す証拠は山ほどあります。これらの制度が合理的だったのは、人口が増加し、かつ右肩上がりで企業の業績が伸びていた高度成長期だったからです。人口の増加と高度成長という2つの前提条件が失われているので、日本的雇用慣行は間違っていると、100%の自信を持っていえます。だから変えなければならないと主張し続けているわけです。

もう1つ、天皇制の問題を考えてみましょう。

大分県中津出身の福沢諭吉は「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといへり」と述べました。ドイツやフランス、イタリアなど、世界には君主政をやめて共和政になった国はたくさんあります。

しかし現在の日本人の感情や政治状況、これまでの皇室の方々の言動などを見てみると、
「君主政を廃止して共和政にしたほうが世の中がよくなる」という確証はまったく持てません。王室や皇室というものの持つ力は確かにあるのです。そこで、天皇制は残しておいたほうがいいというのが、僕の結論です。

天皇の地位は「国民の総意に基く」と憲法で明確に定められています。女性天皇や女系天皇の問題も、憲法の規定通り、国民の総意に基づくべきでしょう。歴史的な天皇制がどうであったかは、また別の問題で、それは学者に委ねるべき事柄です。

新しいことを始めたい、これまでのやり方を変えたいと思って、常識の壁にぶつかったら、僕は、なぜそうなっているのか、「なぜ」「なぜ」「なぜ」と最低3度ぐらいは徹底的に疑うようにしています。

長い伝統であっても、無条件に受け入れるのではなく、「本当に必要なのか」と常に疑う姿勢を持ち、明らかに間違っていると証明された場合は、どんな伝統でも変える勇気を持つ。逆に、そこまでの証拠が見当たらないものは、大きな弊害がないかぎり大事に残していく。

そうやって先人の積み重ねてきた知恵に敬意を払いつつ、少しずつ伝統に手を加えて改良していくのが、本来あるべき「保守」のスタンスだと思っています。

一見矛盾するように思われるかもしれませんが、それが、常識懐疑論者でありかつ保守主義者であるという、僕の基本的な姿勢です。

でも常識を疑うことは難しい。なぜなら常識のほとんどは、一見したところ、真っ当に思えるからです。

たとえば、「男と女は違うけれど平等」「男女の違いを認めたうえで平等に扱おう」という異質平等論があります。男女には統計的に有意な身体能力の差があるのはたしかなので、一見真っ当な理屈に思えます。

しかし、本当にそうかと突き詰めれば、この考えは人々の多様性を男と女という従来の常識の2つの箱に押し込めようとする、かなり抑圧的な発想です。異質平等論だとLGBTQは理解できにくくなるので、これは間違っていることがわかります。この考え方は、瀬地山角さんの『炎上CMでよみとくジェンダー論』(光文社新書)から学びました。

「個人差は性差や年齢差を超える」というのがダイバーシティの大前提です。常識を疑うことを信条としている僕でも、つい「男性あるいは女性の良いところは」とか「高齢者の生きる意味は」などと不用意に一括りにして考えてしまいがちです。常識を疑うことは本当に難しい。自分が常識に囚われていることに気づかないから、なおさら難しい。お互い、そのことを十分肝に銘じておきたいものです。

関連書籍

出口治明『自分の頭で考える日本の論点』

世界を正しく知って、正しく判断できる人になろう! 玉石混淆の情報があふれ、専門家の間でも意見が分かれる問題ばかりの現代社会。これらを自分で判断し、悔いのない選択ができるようになるには、どうしたらいいのか。ベンチャー企業の創業者であり大学学長、そして無類の読書家である著者が、私たちが直面する重要な22の論点を解説しながら、自分はどう判断するかの思考プロセスを開陳。先の見えない時代を生きるのに役立つ知識が身につき、本物の思考力も鍛えられる、一石二鳥の書。

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自分の頭で考える日本の論点

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出口治明

1948年、三重県生まれ。立命館アジア太平洋大学(APU)学長。ライフネット生命創業者。京都大学法学部卒。1972年、日本生命に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年に退社。同年、ネットライフ企画を設立、代表取締役社長に就任。2008年に免許を得てライフネット生命と社名を変更、2012年上場。社長・会長を10年務めたのち、2018年より現職。『人生を面白くする本物の教養』(幻冬舎新書)、『全世界史(上・下)』(新潮文庫)、『人類5000年史(I~Ⅲ)』(ちくま新書)、『座右の書『貞観政要』』(角川新書)、『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)、『還暦からの底力』(講談社現代新書)など著書多数。

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