欧米や他のアジア諸国と比較して、日本のデジタル分野での遅れは深刻です。さらにコロナ禍でその差は広がり、もはや日本は技術後進国だという声まで聞こえるようになりました。『シリコンバレーの一流投資家が教える 世界標準のテクノロジー教養』(山本康正著、幻冬舎)ではこの現状に警鐘を鳴らしつつも、そんな未曽有の危機が日本企業にとってチャンスにも転じることを説いています。このデジタル時代を生き抜く人材になるための方策を収録した、本作の一部を紹介します。
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日本人が小作農になる
日本のデジタル化がこのまま遅れれば、外資企業が成功パターンとともに押し寄せてきます。まさに黒船の来襲です。彼らはシンガポールやマレーシアなどアジアの別の地域でノウハウや成功パターンをため込んでから日本にやってきます。
ウェブサイトやスマホアプリの使い勝手が相当きめ細かになった時点で日本にやってきますので、ユーザーを総取りされてしまいます。これは音楽配信や動画ストリーミングですでに起こっていることです。日本人がJポップを聴いているのに、土台は彼らが提供しているので、利益の大半をSpotifyやアップルが持っていってしまいます。
スマホのOSも同じです。アップルとグーグルが作ったプラットフォームでシェアはほぼ一〇〇%です。そのプラットフォームにアプリを登録すれば、約三割が場所代として持っていかれます。日本企業がどれだけ良いアプリを作っても、利益はどんどんアメリカ企業に吸い取られるという状態が続くわけです。
前近代の小作農がいくら働いても、ほとんどを地主に取られてしまうことと似ています。あるいは、オセロの角を取られているような状態といってもよく、どうやっても逆転ができません。
ですが現実世界は真四角ではありませんし、単純な平面でもありません。まだまだ取られていないオセロの角は残っています。たとえば、動画配信はまだ決着していません。Abemaなどもがんばっています。しかしこのままでは残る角も、いずれはネットフリックスに取られてしまう。
また勝負自体も別の盤面へ移っていきます。デバイスについては、スマホは手遅れでも、だいたい二十年周期で主流が移り変わっていきます。スマホの次のデバイスは何なのか、これはまだ誰にもわかりません。
そしてここで重要なのはデータです。たとえばネットで広告を表示するにしても、ターゲットがチョコレートが好きかどうかをわかっているだけでクリック率が大きく変わるでしょう。この人はコンビニでチョコレートを買ったという情報があれば、マシュマロよりもチョコレートの広告を多く出します。情報がなければ、マシュマロとチョコの広告を同じぐらい出します。
こうした積み重ねで、広告による売り上げが十%上がれば、たとえば二百億円の売上高の企業で二十億円売り上げが伸びることになります。つまり顧客が何を好きか知っている企業の勝ちなのです。GAFAなどがどれだけ有利かはいうまでもないでしょう。
大量のデータから好みを分析し、それに基づいて「おもてなし」をしてくれるので、顧客は他社に行きたくなくなります。快適なサービスにはまればはまるほど囲い込まれてしまう。さらにサブスクリプションで追い打ちをかけるというパターンです。
優秀な人材が国外に流出する
顧客の好みを探るといったデータ解析については、AIとクラウドが重要な役割を果たしています。
AIについては、一九五〇年代に最初のブームがあり、今はディープラーニングの実用化で三回目の波が来ているといわれています。
ディープラーニングで様々なことが可能になりました。「グーグルの猫」という画像認識の分野では画期的な出来事がありました。さらにアルファ碁が囲碁の世界チャンピオンに勝利したことで、期待は確信になりました。
ただディープラーニングには大量のデータを格納できる記憶装置はもちろん、膨大な計算負荷に耐えるコンピュータも必要です。一台のPCでは不可能ですが、何万台ものPCサーバーが並んでいるクラウドでなら可能です。
データ活用をさらに加速させるのが5Gです。現在の4Gと比較して速度が約一〇倍、データ遅延は約十分の一、そして同じ面積での同時接続台数が約十倍になります。データの流通量が圧倒的に増えますから、蓄積されるデータも加速度的に増えていきます。
そうなると、従来は十年かかっていたような変化が、一年ぐらいで起こってもおかしくないわけです。これまではこのプロジェクトを実施するのに必要なデータを集めるのに十年かかっていたはずが一年でできる。そんな世界が目の前に広がっているのです。
AI、クラウド、5G、三本の柱すべてで日本は後れを取ってしまいました。特にAI分野が致命的に弱い。たとえば日本の教育機関には統計学科がありません。AIを活用してデータ解析する人材を育成する専門機関がないのです。
さらに日本でありがちなことに、「人工知能というのだからコンピュータだろう。だったらIT企業に任せればいい」と考えている人が多い。しかしIT企業はプログラミングができても、データから知見を引き出すことについては素人です。AIを扱うにはプログラミングと統計の両方を知らないといけないのですが、そういう人材が日本にほとんどいません。
その貴重な人材が、シリコンバレーに行けば、新卒でも年収二千万円ぐらいで雇ってもらえます。しかし日本のIT企業だと新卒ならせいぜい年収五百万円程度です。二千万円なんて役員にでもならないと貰えない額です。そうなると能力の高い人は、日本企業ではなく外資系企業に行くのが普通でしょう(最近多少変化が見られています)。
時価総額がすべてではありませんが、時価総額とは「未来の利益を合計したもの」です。GAFAやマイクロソフトが一〇〇兆円を超える時価総額なのに、日本はトヨタの二十三兆円ぐらいが最高です。これがテスラに抜かれました。テスラの自動車販売台数はトヨタの三十分の一に過ぎません。ある意味異常事態です。そういうことが起きてようやく、これはまずいと日本企業も目が覚めるわけです。
こうした動きは二〇一〇年くらいから出てきていました。日本の中にいる人たちは、日本の情報しか見ていないので気づいていなかっただけです。日経新聞を読めば全部わかるというのはあり得ません。国内外のことを両方知る努力をしてこなかったツケが回ってきたのです。
シリコンバレーの一流投資家が教える 世界標準のテクノロジー教養
2021年を逃せば、日本企業は百年に一度のチャンスを失う。ハーバード大学院理学修士、元米グーグル、元米金融機関勤務、現ベンチャー投資家の著者が、世界で活躍する8人の知見を紹介し、日本の執るべきビジネス戦略を探る。