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城郭考古学の冒険

2021.02.25 公開 ポスト

光秀の坂本城から見て取れる信長への対抗心千田嘉博

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」の放映もあり、その主人公である明智光秀が注目されるようになりました。光秀は「本能寺の変で織田信長を討った男」として知られますが、その実像はというと、謎だらけといってもいい。光秀が築いた「城」からその実像に迫ります。
好評発売中の『城郭考古学の冒険』から一部を試し読みとしてお届けします。

*   *   *

最先端だった光秀の水城――坂本城

一五七〇年(元亀元)、将軍足利義昭に仕えつつ、信長の家臣としても頭角を現しつつあった光秀は、反信長勢力との戦いの最前線にいた。敵は、西から迫った三好三人衆(三好長逸・三好宗渭・岩成友通)、北から攻めた越前の朝倉義景・北近江の浅井長政、全国に教線を張り巡らした大坂本願寺で、ひと言でいって信長と光秀は大ピンチだった。

八月に朝倉・浅井軍が北近江から大攻勢をかけ、それに比叡山延暦寺が呼応して近江の坂本に迫った。信長の防衛拠点は大津市の宇佐山城で、この城を森蘭丸の父親・森可成が守った。宇佐山城は山城で琵琶湖とは距離があった。可成は港を守るため山城を出て戦い、華々しく戦死した。城主を失ってかろうじて耐えていた城に、信長は急ぎ駆けつけたが、多方面からの同時攻撃を受けて釘付けになった。

光秀はこのとき朝倉・浅井軍が近江から山を越えて京都に進攻するのを防ぐため、一一月には京都市の勝軍山城で迎撃態勢をとった。比叡山が朝倉・浅井側についていて、光秀は首都防衛の最後の砦だった。

この絶体絶命の状況を一二月になって足利義昭の調停でしのいだ信長は、光秀を宇佐山城主に任じた。光秀は堅固な山城に一旦入ったが、翌年から琵琶湖に面した坂本城の築城をはじめた。宇佐山城も山城として維持しつつ、居城としては琵琶湖の水運を直接掌握し、経済・流通の要になる坂本を選んだ。

(写真:iStock.com/K.INABA)

坂本城はその後、廃城になったため、今は城としての名残はほぼ残っていない。そして光秀時代の本丸は、現在ある企業の研修施設の敷地になってふつうは入れない。

しかし敷地から琵琶湖を眺めると、なんと光秀時代の石垣が湖底に並んでいるのがわかる。船入跡も確かに見られる。驚くことに光秀は軟弱な地盤が不等沈下するのを防ぐため、胴木と呼ぶ木の基礎を用いた石垣を築いていた。坂本城は大天守、小天守を備えた当時最先端の城だったが、湖に石垣の城を築く大胆な発想は、最新技術に裏打ちされて実現したのだった。

光秀の特異なところは、築城にあたり、信長から職人を借り受けようとしなかった点である。信長の機嫌を取るにはそれが一番よさそうだが、光秀はあえて独自のルートで職人を集めた。坂本城はそれこそ比叡山の麓だったため、穴太衆など当時最先端の石垣づくりの技術をもつ職人を信長よりもいち早く召し抱えていたのかもしれない。このあたりの事情からは、自分なら信長よりすごい城を築くことができるという自負心というか、信長への強い対抗意識を見て取ることができる。

発掘成果によれば瓦が出土しており、それがのちに信長が採用した奈良系の技術ではなく、京都系の技術であったとわかっており、光秀が独自に把握した職人たちによって新たな城をつくれた存在であったと判明するのである。

関連書籍

千田嘉博『城郭考古学の冒険』

城跡の発掘調査、絵図・地図、文字史料など分野横断的に「城」を資料として歴史を研究する「城郭考古学」。 城を築いた豪族・武士の統治の仕方や当時の社会のあり方等々、近年、城を考古学的に研究することで、文字史料ではわからなかったことが次々に明らかになってきた。 信長・秀吉・家康・光秀・久秀らの城づくりからわかる天下統一と戦国大名の実像、石垣・堀・門の見方、アイヌのチャシ・琉球のグスクなど日本の城の多様性、世界の城との意外な共通点等々、城郭考古学の成果とその可能性を第一人者が存分に語りつくす。

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城郭考古学の冒険

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千田嘉博

1963年、愛知県生まれ。城郭考古学者、大阪大学博士(文学)。名古屋市見晴台考古資料館 学芸員、国立歴史民俗博物館 考古研究部 助教授などを経て現在、奈良大学 文学部 文化財学科 教授。日本と世界の城を城郭考古学の立場から研究。特別史跡熊本城跡の文化財修復委員や特別史跡名古屋城跡石垣部会委員をはじめ、日本各地の城跡の調査と整備・活用の委員を務めている。2015年に第28回濱田青陵賞を受賞。2016年にはNHK大河ドラマ「真田丸」の真田丸城郭考証を務めた。著書に『信長の城』(岩波新書)、『石垣の名城 完全ガイド』(編著、講談社)、監修書に『日本の城事典』(ナツメ社)、『地図で旅する! 日本の名城』(JTBパブリッシング)などがある。

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