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探究する精神

2021.03.25 公開 ポスト

窓から見える景色だけで、地球の大きさがわかった!大栗博司

世界的に活躍する物理学者・大栗博司さんが、自身の半生を振り返りながら、研究の喜びや基礎科学の意義について論じた『探究する精神――職業としての基礎科学』からの抜粋を、3回にわたってお届けします。第1回は、小学生だった大栗少年が「考える楽しさ」に目覚めた、あるエピソードです。記事の最後には、オンラインで開催する刊行記念イベントのご案内があります。こちらも合わせてご覧ください。

(写真:iStock.com/studiocasper)

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展望レストランから地球の大きさを測る

岐阜で生まれ育った私は、子供の頃よく両親に名古屋に連れて行ってもらいました。中日ビルの地下に車を駐めてレストランで昼食を取り、三筋ほど西に行った丸栄デパートで買い物をするのが決まりでした。

中日ビルは地上12階建てで、最上階に回転展望レストランがありました。ゆっくりと回りながら周囲に広がる景色を眺めるのは、それだけで楽しいものです。はるか遠くの地平線まで見渡せました。

「あの地平線は、ここからどれぐらい離れているんだろう。」

ふとそんなことを考えたのは、たしか小学校5年生の時のことです。その頃、算数の授業で、学校の隣に建っている電波塔の高さを三角法を使って測ったことがありました。教室で習う三角形の幾何がこんなことに応用できるのかと感心しました。そこで、展望レストランから見える地平線までの距離も、三角法を使えば測れるのではないかと思いました。

レストランから地平線を結ぶ直線の長さが知りたいので、これを1辺とする三角形を考えるのがよさそうです。この辺に加えて、もうひとつ頂点を選べば三角形の形が決まります。頂点の候補をふたつ思いつきました。ひとつは同じビルの1階にあるバウムクーヘンのおいしい喫茶店で、もうひとつは地球の中心です。

家族で食事をしている間に、「1階の喫茶店・展望レストラン・地平線上の点」を頂点とする三角形と「地球の中心・展望レストラン・地平線上の点」を頂点とする三角形のことを考えていました。するとふたつの三角形は相似だと気づきました(図1)。そこで習ったばかりの三角形の性質を使うと、(ビルの高さ)×(地球の半径)=(地平線までの距離の2乗)という公式を導くことができました。ビルの高さと地球の半径がわかれば、この公式で地平線までの距離が計算できるはずです。

 

中日ビルの高さはすぐにわかりました。小学生の私はウルトラマンの身長が40メートルであることを知っていたからです。ウルトラマンは、怪獣と戦いながら、同じくらいの高さのビルを倒します。中日ビルは当時は周りのビルより背が高かったので、50メートルぐらいだろうと見当をつけました。

しかし地球の半径は知りませんでした。これじゃあ地平線までの距離はわからないなと思いながら外を眺めていると、地平線のあたりに父の実家の町があることに気づきました。岐阜と愛知の県境を流れる木曽川の対岸です。父に実家までの距離を聞いてみると、20キロぐらいだと言われました。

「地平線までの距離はどれだけか」という最初の疑問は父にあっさり答えられてしまいました。そこで問題をひっくり返して、教えてもらった地平線までの距離を使い、知らなかった地球の半径を計算してみようと思いました。さっきの公式を変形すると(地球の半径)=(地平線までの距離の2乗)(ビルの高さ)となるので、地平線までの距離とビルの高さを知っていれば地球の半径がわかります。計算してみると8000キロになりました。家に帰ってから百科事典で確認すると、地球の半径は約6400キロでした。私の見積もりはちょっと大きめでしたが、そんなに悪くありません。

このエピソードが記憶に残っているのは、窓から見える景色だけで地球の大きさがわかることに強い印象を受けたからです。観察と思考だけでこんなことまでわかる。しかもそれが自分の力でできたことに手応えを感じました。

その頃、湯川秀樹の伝記を読んで理論物理学という学問があるということを知り、大きくなったら理論物理学者になりたいと思いました。

物理学では私たちの日常の経験をはるかに超える現象を考えます。天の川銀河の中心にある太陽の400万倍の質量を持つブラックホール、何億光年もかなたの銀河の運動、またミクロな世界に目を向けると量子力学の不思議な世界があります。素粒子の世界から138億年前の宇宙の始まりまで、どんなに難しい問題でも観察と思考の力で解明できるはずだという勇気をもらったのは、この展望レストランでの経験からでした。

(追記)
私が小学校の時に導いた式には実は少し間違いがあって、2×(ビルの高さ)×(地球の半径)=(地平線までの距離の2乗)と左辺に2×をつけるとより正確な式になります。

*   *   *

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関連書籍

大栗博司『探究する精神 職業としての基礎科学』

自然界の真理の発見を目的とする基礎科学は、応用科学と比べて「役に立たない研究」と言われる。しかし歴史上、人類に大きな恩恵をもたらした発見の多くが、一見すると役に立たない研究から生まれている。そしてそのような真に価値ある研究の原動力となるのが、自分が面白いと思うことを真剣に考え抜く「探究心」だ――世界で活躍する物理学者が、少年時代の本との出会いから武者修行の日々、若手研究者の育成にも尽力する現在までの半生を振り返る。これから学問を志す人、生涯学び続けたいすべての人に贈る一冊。

大栗博司『重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る』

私たちを地球につなぎ止めている重力は、宇宙を支配する力でもある。重力の強さが少しでも違ったら、星も生命も生まれなかった。「弱い」「消せる」「どんなものにも等しく働く」など不思議な性質があり、まだその働きが解明されていない重力。重力の謎は、宇宙そのものの謎と深くつながっている。いま重力研究は、ニュートン、アインシュタインに続き、第三の黄金期を迎えている。時間と空間が伸び縮みする相対論の世界から、ホーキングを経て、宇宙は10次元だと考える超弦理論へ。重力をめぐる冒険の物語。

佐々木閑/大栗博司『真理の探究 仏教と宇宙物理学の対話』

心の働きを微細に観察し、人間の真理を追究した釈迦の仏教。自然法則の発見を通して、宇宙の真理を追究した近代科学。アプローチこそ違うが、この世の真理を求めて両者が到達したのは、「人生の目的はあらかじめ与えられているものでなく、そもそも生きることに意味はない」という結論だった。そのような世界で、人はどうしたら絶望せずに生きられるのか。なぜ物事を正しく見ることが必要なのか。当代一流の仏教学者と物理学者が、古代釈迦の教えから最先端の科学まで縦横無尽に語り尽くす。

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探究する精神

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大栗博司

カリフォルニア工科大学 ウォルター・バーク理論物理学研究所所長、フレッド・カブリ冠教授、数学・物理・天文部門副部門長。東京大学カブリIPMU 主任研究員も務める。1962年生まれ。京都大学理学部卒、東京大学理学博士。東京大学助手、プリンストン高等研究所研究員、シカゴ大学助教授、京都大学助教授、カリフォルニア大学バークレイ校教授などを歴任。専門は素粒子論。2008年アイゼンバッド賞(アメリカ数学会)、高木レクチャー(日本数学会)、09年フンボルト賞、仁科記念賞、12年サイモンズ研究賞、アメリカ数学会フェロー。著書に『重力とは何か』『強い力と弱い力』(幻冬舎新書)、『大栗先生の超弦理論入門』(ブルーバックス)、『素粒子論のランドスケープ』(数学書房)がある。

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