いまも続く福島と日本各地の原発問題。急成長する再エネの現状を追いながら、原発全廃炉への道筋とその全貌をまとめた『原発事故10年目の真実 〜始動した再エネ水素社会』(菅直人著)から、試し読みをお届けします。
フランスは原発大国で、福島の事故後も原発を続ける方針だったが、隣のドイツは、いち早く、福島の事故から3か月も経過していない5月30日に「2022年までに国内17基のすべてを閉鎖する」と決めた。
この決め方が、興味深い。メルケル首相の諮問委員会として「倫理委員会」を新規に設立し、そこで議論した。これは「賢者の委員会」とも呼ばれるのだが、メンバーには原発の専門家はひとりもいない。日本だと、「専門家の意見を聞いて」となって原発の専門家が呼ばれるだろうが、まるで違うのだ。
参考までに、どういうメンバーなのか、その職業・肩書を調べると、まず、議長は元環境大臣で国連の環境計画委員長も務めた人と、ドイツ学術振興会会長の2人だ。学術振興会は日本の学術会議にあたるものだ。委員として名を連ねているのは、ドクター、プロフェッサーが大半で、ミュンヘン大学名誉教授(危機管理)、教育科学省元大臣・ハンブルク市長、プロテスタント教会司教、ドイツカトリック教会中央会議長、国立科学アカデミー総裁、化学メーカーBASF代表取締役、持続発展協議会議長、ドイツ・ユネスコ委員会議長、ドイツ技術アカデミー総裁、レーゲンスブルク大学教授(実践哲学)、枢機卿、持続発展協議会評議員(経済学)、シュトゥットガルト大学教授(危機管理、社会学)、ベルリン自由大学環境研究所所長、鉱山・化学・エネルギー金属労組議長となっており、原子力の専門家はひとりもいない。
この倫理委員会が「安全なエネルギー供給報告書」をメルケル首相に提出し、それを基に「脱原発」法が作られ、ドイツ連邦議会で成立した。
メルケル首相は物理学者だ。原子力に詳しい。だが専門家は呼ばず、哲学や宗教、経済学、危機管理といった観点から議論し、原発ゼロを「政治」として決めたのだ。
真似したわけではなく偶然なのだが、私は震災からの復興計画を決める「東日本大震災復興構想会議」には、哲学者の梅原猛氏に名誉議長になってもらい、メンバーには民俗学者の赤坂憲雄氏、僧侶で作家の玄侑宗久氏などにも加わってもらった。
梅原氏は「原発の事故は、近代文明の悪をあぶりだした。これは天災であり、人災であり、『文明災』でもある」と語っておられた。私も同感だ。
原発事故10年目の真実 ~始動した再エネ水素社会
原発ゼロは達成できる——その論拠、全廃炉へのすべて。3.11で総理大臣だった著者がこの10年でしてきたこと、わかったこととは。事故後、新エネルギーへの道を切り開いた重要な3つの政策から、急成長する再エネの今、脱炭素の裏にある再稼働の動き、全廃炉へ向けた問題と解決の全貌がわかる。