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減税が経済を動かす

2021.05.19 公開 ポスト

#5

1994年の「保守革命」渡瀬裕哉

日本経済が低迷し、苦しい生活から抜け出せないのは、取られすぎの「税金」のせい。話題の『税金下げろ、規制をなくせ』(光文社新書)の中で、「大減税」と「規制廃止」で復活した米国経済を喝破した渡瀬裕哉氏による、日本政治と経済を立て直すための集中講座。『税金下げろ、規制をなくせ』第一章から試し読みをお届けします。

*   *   *

減税派が躍進した象徴的な出来事は、1992年のアメリカ大統領選挙におけるジョージ・H・W・ブッシュ(パパブッシュ、ブッシュ・シニア)現職大統領の落選です。

ジョージ H. W. ブッシュ(第41代大統領:1989〜1993) 出典:wikipedia

パパブッシュは1988年の大統領選挙で「増税はしない。私の唇を見てください(no new tax, read my lips)」と約束して当選したのです。「唇を見てください」とは「本当のことを言っているのだから信用してください」という意味です。ところがブッシュは大統領に就任後の90年に、民主党議会と妥協して、増税したのです。

大統領就任式(1989年1月20日) 出典:wikipedia

こんなとき日本だったら、どうなるでしょう。

たぶん、御用言論人が「ブッシュ大統領のお気持ちは、本当は違う。増税なんかしたくなかったんだ」などと言って、ブッシュを再選させようとするでしょう。よくあることなので、みなさんも想像できますよね。そして、有権者も半ばあきらめたように、「政治家って、そんなもんだよ」とシニカルに構えて、不満はあるものの、無能な野党よりはマシと、しぶしぶ票を入れてしまう。

しかし、アメリカ人は、ブッシュがどんなに言い訳しようが、それを許さなかったのです。

 

「お前、増税に反対と言ったじゃないか。ウソつき! 落ちろよ」

と次の1992年の大統領選挙では、減税派の共和党員はブッシュに票を入れませんでした。そのため、民主党のビル・クリントンが当選してしまったのです。言うなれば、自民党の首相がウソをついたから、自民党支持者が怒って民主党政権を誕生させたようなものです。

僕はこの件について、アメリカ人に質問してみたことがあります。

「自分が支持する政党の候補者を落として、支持していない党の候補者(クリントン)を当選させてよかったの?」

アメリカ人は、誇らしげに語ってくれました。

「何を言っているんだ。これがよかったんじゃないか。たとえ支持政党の候補者でも、そこそこ功績のある現職の大統領でも、『増税しない』の一点についてウソをついた人間は絶対に落とす。これで、オレたちは信用されたんだ」

「オレたち」とは減税派有権者の集団です。これをやったから、この減税運動は本物なのだと、現職大統領をも落とす筋金入りの集団なのだと、一般の共和党支持者に信用されるようになったのです。ここで「税金を下げろ連合」が完成しました。

ですから、クリントン大統領の当選は、アメリカ国民がクリントンのほうがよいと思って選んだというよりは、共和党減税派がブッシュを落としたという側面のほうが強いのです。

実際に減税派は、ただ負けただけではありませんでした。ここからが、彼らの見せ場です。

1994年、下院の選挙が行われました。

アメリカ合衆国下院は、2年ごとに総選挙を行います。下院は日本の衆議院に相当するものですが、解散はありません。選挙は大統領選挙と同時、またはその2年後に行われ、大統領選が行われないときの下院選挙を中間選挙と言います。1994年の下院選挙は、この中間選挙でした。

下院は、1955年以来ずっと民主党に支配されていました。その下院で、このとき、なんと共和党が多数派を占めたのです。40年ぶりの快挙なので「保守革命」と呼ばれています。減税運動が信頼を得て、「この人たちなら、本当にやってくれるかもしれない」との期待が、有権者の間に膨らんでいたことが、その背景にあります。「税金を下げろ連合」が一丸となって、「税金を下げます」と主張する議員を当選させたのです。

予算や税金に関する法案は、基本的に下院主導で決めています。上院と下院で折衝しますが、まず下院で審議されなければならず、下院のほうが力が強い。そのため、アメリカの場合は、税金を下げ、規制を減らそうとするなら、下院を奪わないといけません。

40年ぶりの共和党下院奪取は、減税実現の素地をやっと手に入れたという画期的な意味合いがあるのです。そして、「税金を下げろ連合」は、その後も議員が約束を履行しているかどうか、ずっと見張り続けてきました。

当時は、大統領がクリントンだったので、下院のできることにも一定の限界がありましたが、このとき、「利権をよこせ連合」と「税金を下げろ連合」のバトル構造が固まりました。そして、その流れの人たち、つまり「税金を下げろ連合」が、2016年に誕生したトランプ政権を担って運営してきたのです。

1994年の「保守革命」については、『「保守革命」がアメリカを変える』(グローバー・ノーキスト著、久保文明/吉原欽一訳、中央公論社、1996年)が詳しいので、元祖「税金を下げろ連合」の成り立ちと成功物語に興味のある人は、こちらを参照してください。

アメリカ共和党の党内事情――保守派と主流派

ここで、アメリカ共和党の党内事情について簡単に説明します。詳しくは拙著『日本人の知らないトランプ再選のシナリオ――奇妙な権力基盤を読み解く』(産学社、2018年)を参考にしていただきたいのですが、以下はその要約です。

共和党には保守派と主流派があります。

保守派の人々にとって大事なのは、合衆国建国の理念でもある「自由」です。結果、「政府からの自由」が重視され、「小さな政府」を求めます。アメリカ内に広範な草の根ネットワークを持っていて、減税団体もその一つ。つまり「税金を下げろ連合」は保守派の運動です。ロナルド・レーガン(第40代大統領)、バリー・ゴールドウォーター(1964年の大統領選挙における共和党大統領候補)が代表的な人物です。

これに対して、主流派は「中道」と言えば聞こえがいいですが、あまりポリシーはない。というか、はっきり言って、理念より利権が大事な人たちです。

ブッシュ一族は主流派です。かつて共和党の大統領候補となったジョン・シドニー・マケイン三世(2008年)、ミット・ロムニー(2012年)もここに属します。民主党に妥協的であるため、保守派からは「名ばかりの共和党員(Republican in Name Only)」と揶揄(やゆ)されています。

とはいえ、主流派は、名前の通り、共和党を仕切ってきた人々です。レーガン大統領時代も、レーガン本人は保守派でしたが、主流派のブッシュを副大統領にせざるを得ませんでした。そしてレーガン後は、副大統領だったブッシュがレーガンの政策を継ぐという触れ込みで大統領に横滑りしながら、前述のように約束を破って増税しました。

その後は民主党のクリントンが二期、共和党主流派のジョージ・W・ブッシュ(パパブッシュの長男)が二期、民主党のバラク・オバマが二期、大統領を務めました。

こうした24年間を耐えに耐えて、ようやく2016年、共和党保守派からトランプ大統領を出すことができたのです。つまり、トランプ大統領の誕生は、民主党から共和党への政権交代であったと同時に、保守派が主流派に勝った瞬間でもありました。いわば二重の政権交代が起こったのです。

アリゾナ州の支持集会で演説するトランプ氏(2016年3月)出典:wikipedia/第45代大統領:2017年〜2021年)

大統領だけ見れば、24年間負けっぱなしだった保守派ですが、前述のように、1994年に下院を奪ったので、クリントンは思うように増税や規制ができませんでした。議会だけの共和党保守派が大幅に減税・規制廃止を通すのは難しいのと同様、大統領だけの民主党が、増税・規制強化するのもまた難しいのです。下院の共和党保守派勢力は、増税を阻止しました。日本の場合、議会と行政部が一体化していますが、アメリカは互いの拒否権が強いので、牽制し合ったのです。

 

※次回「トランプ大統領の誕生――敵の敵は味方」5月21日(金)公開

渡瀬裕哉『税金下げろ、規制をなくせ』(光文社新書)

1980年代、日本は世界で最も勢いのある経済大国だった。しかし、90年代に入ってバブルが崩壊、経済は停滞して「失われた10年」と呼ばれた。その後も不況から脱出できず、もはや「失われた30年」になろうとしている。その原因は何か――。すべては「税金と規制」の問題に集約される。だが、日本は世界に先駆けて少子高齢化が進み、財政状況も悪化。社会保障費は増え、自然災害も毎年のように日本列島を襲う。であれば「増税はやむなし」なのか?上がる一方の税金と規制に苦しむ日本が打つべき手とは?俊英の政治アナリストが、私たちに刷り込まれた「洗脳」を解く。

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増税はいらない。税金は下げられる。いま下げないと、日本はこの低迷から永遠に抜け出せない――。米国経済の復活の土台となった「大減税」「2対1ルール」を例に、俊英の政治アナリストが説く日本のための減税論。2021年の衆院選で減税政治家を大量に送り出すために知っておきたいプレ講座。

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渡瀬裕哉

1981年東京都生まれ。国際政治アナリスト、早稲田大学招聘研究員。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。創業メンバーとして立ち上げたIT企業が一部上場企業にM&Aされてグループ会社取締役として従事。著書に『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか―アメリカから世界に拡散する格差と分断の構図』(すばる舎)などがある。

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