豪華キャストで話題沸騰中!
田中圭主演Huluオリジナルドラマ「死神さん」の配信を記念して、
原作となった大倉 崇裕著『死神さん』の内容の一部を試し読みとしてお届けします。
警察の失態をほじくり返す行為ゆえ、指名された相棒刑事の出世の道を閉ざす「死神」と呼ばれている主人公、儀藤堅忍。
現代の暗部を抉るバディ・ミステリーをお楽しみください。
3
青白い顔をした男が、背中をやや曲げながら、こちらにやって来た。
大邊たちのいるファミリーレストランは、学生や主婦たちでかなりの賑わいを見せている。
そんな中で男は、トイレに一番近い奥まった席に座る、一面識もない大邊たちを、ひと目で見つけだした。
それだけこの二人が店の雰囲気にそぐわないということだ。
儀藤が極めて人当たりの良い笑みを浮かべながら、立ち上がる。
「これは、これは、お忙しい中、お呼び立てしてしまって、申し訳ありません」
男は向かって右の大邊、左の儀藤を順に見ると、「あぁ」とだけ言って、固まってしまった。
儀藤は背筋を伸ばし、腰をわずかに曲げ、両手で恭しく名刺を差しだした。
「警視庁の方から来ました、私、こういうものです」
男はギクシャクとした動きながら、だされた名刺を受け取る。大邊には、悲しい条件反射に見えた。しばらく儀藤の名刺を見つめていた男であったが、はっと我に返るや、スーツのポケットから自身の名刺をだす。
「ご挨拶が遅れまして。私、こういう……」
儀藤と同じ動きだった。
「頂戴いたします」
儀藤は貰った名刺を、大邊にも見えるよう、テーブルの上にそっと載せた。
『金本(かねもと)銀行本店 お客様係 松田吉彦(まつだよしひこ)』
松田は、彼にとっていまだ正体不明である大邊を気味悪そうに見下ろしている。
「どうぞ、お座り下さい。手短に済ませましょう」
松田は儀藤の操り人形のごとく、チョコンと二人の向かいに腰を下ろす。
「三人分のドリンクバーを注文していましてね。何かお好きな飲み物でも」
儀藤たちの前にはそれぞれコーヒーの飲みさしが置いてある。
松田は「いえ、私は」と首を振り、続けた。
「あの……それで、どういったご用件でしょうか」
儀藤は粘着質な微笑みを崩さず、言った。
「支店長からお聞きになっていませんか?」
「えっと、星乃洋太郎様の件だとだけ」
「あの事件、少々、状況が変わりましてね。再捜査を行うことになったのです」
「逮捕された礼人さんが無罪になったことは、知っています」
「それに伴っての再捜査なのです」
松田は顔を上げ、あらためて儀藤の名刺に目を落とした。
「再捜査というのは、つまり、礼人さんではなく他に犯人がいるということですか?」
「当然です。彼は無罪になったのですから」
「あの、一つきいてもいいですか?」
「どうぞどうぞ、なんなりと」
「あなたの名刺、部署名が書いてないんですが」
「私、所属がないんですよ」
「はあ?」
「まあ、こういう仕事をしてますと、いろいろありまして。組織の中で働いていらっしゃるあなたであれば、その辺もお判りでしょう」
「ということは、再捜査は、あなた一人で?」
「ここに素晴らしい相棒がおりますがね」
儀藤は大邊の肩を抱く。その腕を強引に外しつつ、我慢の限界を超えた大邊は、松田に自分の身分証を見せた。
「大塚東署の大邊巡査部長です。事件前後のことについて、あなたにおききしたい」
松田はきゅっと両肩を縮める。驚いたカメが、甲羅に首を引っ込める動作に似ていた。
「事件については、一年前に何度もお話ししましたよ」
「申し訳ないが、これは再捜査なんでね。すべて一からやり直すわけですよ。ききたいのは、金のことです。消えた五百万」
「やっぱり……」
「あなたは、お客様係として、星乃洋太郎を担当していた。預金の管理や投資信託などの案内、管理、その他、雑用まで、預金に関わるあらゆることを行っていた」
「あくまで、星乃様からの要望があった場合に限りですが」
「消えた五百万は、あなたが引きだして持っていったのか?」
「いえ、いくらお客様係といえど、預金を勝手に引きだしてお持ちすることはできません。あの日は朝、星乃様が支店に見えられ、預金を下ろされたのです」
「その金を、どうしてあなたが家まで持っていったんだ?」
「星乃様は、この後に用事があるため、多額の現金を持ち歩きたくない。後で届けてくれとおっしゃって。通常、そのようなご依頼はお引き受けしかねるのですが、星乃様は長年のお客様でもありまして……」
儀藤が口を挟んできた。
「彼の資産は、すべて金本銀行が管理しているのでしたね」
「はい」
「だから、断れなかった」
「当時の支店長判断です。お察し下さい」
「あなたを責めるつもりはありませんよ。ところで、現金を最後に確認したのは?」
「私です。銀行を出るとき、自分で金額を数え、封筒に入れました。それをそのまま、星乃様にお渡しした次第です」
「判りました。大邊巡査部長、続きをどうぞ」
儀藤はそう言うと、自分の携帯をいじり始めた。
「その金を持って、洋太郎宅を訪ねたときのことを、話して下さい」
「お訪ねしたのは、午前十一時すぎ。これは星乃様からのご指定でした。いつもの居間に通していただき、十分ほど、預金の残高、投資信託のご案内などをいたしました」
「その間、金はどこに」
「お邪魔してすぐに、お渡ししました。現金は封筒二つに分けてご用意しまして、二つとも、居間にある書棚の所に置かれました」
「話が済んで、あなたはすぐに帰ったのかい?」
「はい。すぐにおいとましました。正確ではありませんが、十一時二十分ごろだったと思います」
そのとき、儀藤が身を乗りだしてきた。
「五百万の使い道ですが、洋太郎氏は何か言っていませんでしたか?」
松田は暑くもないのに、額をハンカチで拭ぬぐう。
「一年前の取り調べの際にも、申し上げました。星乃様はそのお金を、姪御さんの佐智子様にあげるつもりだと」
「佐智子氏の夫は、事件当時は婚約者ですが、多額の借金を抱えていた。その返済の一部に充てるため、そう解釈して良いのでしょうか?」
「そこまでは何とも。ただ、これは佐智子様にやるんだと」
「そうしたことは、以前にもありましたか?」
「いいえ。私は星乃様を担当して三年ほどでしたが、私の知る限り、そうしたことは、一度も」
「甥の礼人氏も金には困っていました。彼に現金を渡したことは?」
「さあ、そこまでのことは判りません」
「では言い方を変えましょう。五百万のときと同じように、大金を自宅に持ち帰ったことは、ありましたか?」
「私の知る限り、そうしたことはなかったかと。あのぅ、よろしいでしょうか。そろそろ戻りませんと」
「あなたは今でも、星乃家の担当なのですか?」
「はい。佐智子様を、ご結婚されて今は広也佐智子様ですが、引き続き担当させていただいております」
「佐智子氏はどんなご様子ですか? 礼人氏の無実を受けて」
「そういったことは、私がお答えすべきこととは思えません。あの……私はそろそろ」
松田は席を立つと、大邊たちから大きく視線を逸(そ)らしながら、文字通り、逃げるように店を飛びだしていった。
儀藤は気の毒そうな顔つきをしつつ、実に楽しげな調子でつぶやいた。
「やれやれ。上司から厳しく言われているのでしょうねぇ。余計なことは口にするなと」
「そりゃ、そうでしょう。伯父の死で、佐智子の手元には大金が転がりこんだ。借金を返済しても、それなりの額が残る。それを金本銀行はがっちり押さえている。ご機嫌をそこねて、鞍替えでもされたら、責任問題ですよ」
「さて、我々も行きますかね」
冷めたコーヒーを飲み干すと、儀藤は言った。
「行くってどこへ?」
「頼りにしていますよ。私は手荒なことが苦手なのでね」
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