絶賛発売中の『読んでほしい』は、放送作家の主人公が、初めて書いた小説を、誰かに読んでほしいのに、いつまで経っても読んでもらえない、悪戦苦闘の日々を描いた物語。
誰にも小説を「読んでほしい」と言えなかった緒方、ついに、立ち上がった‼
* * *
今、夢を追っているポッドキャスターの番組を聞く約束をしたのだぞ。私の書いた小説もどうぞと渡せば、読んでくれる。読んでくれるに決まっている。早く告げねば。私は何をさっくりと帰ろうとしてしまっているんだ。
「矢方君!」
私は振り返り、矢方君を呼び止めた。
「忘れ物ですか?」
「いいや、そうじゃないんだ。実は」
しまった! 原稿が手元にない。いや大丈夫だ。原稿は、また後日持ってくればいい。
読んでもらう確約さえ取れれば問題ない。私は勇気を振り絞り、矢方君に思いを告げた。
「実は、小説を書いたんだ」
「小説、緒方さんが書いたんですか?」
「そうなんだ。君と同様、人に思いを伝えたくて小説を書いたんだ」
「凄いですね!」
矢方君は目をらんらんとさせ、興奮していた。
今までにない食いつきだ。もうまもなく読ませてほしいという有難い言葉が私に返される。もうまもなく。もうまもなくだ。
「……」
「……」
矢方君は口をパクパクさせている。なぜだ? なぜ何も言わない。
読ませてほしいと言うんだろ。早く言ってくれ。
「……」
「……」
……言わない。
「……」
……何で言わない。
仕方ない。私から言うしかない。私から言うんだ。勇気を出せ。言わねば前に進まない。
何度同じ道を歩むのだ。読んでほしいという気持ちを正直に伝えるだけじゃないか。愛だってそうだろ。愛されたいと言わなけりゃ気持ちなんて伝わらない。お洒落なミュージシャンだって言っている。感じとれなど、おこがましい。私は小説家じゃない。プロじゃないんだ。コチラから頭を下げて頼むのが筋だ。何で私は、そんな簡単なことに気付かなかったのだ。
頼めばいい。正直に。そして真っ直ぐに。大丈夫。断られるわけがない。読んでもらえる条件は揃っている。ほぼ勝ち戦だ。もしも、この状態で断るとしたら、彼は鬼だ。
絶対大丈夫。勇気を出せ。
「矢方君、ボクの小説を読んでくれないか?」
「……」
固まっちゃっている。どうして?
「失礼かもしれませんが、長いですか?」
「長い?」
「いや、短編か長編かが気になりまして」
「長編だけど」
「長編ですか……」
おい! がっかりするな。長いとダメなのか。
「僕、緒方さんには嘘をつけません」
「どういうこと?」
「小説、読んだことないんです。正確に言うと読みきれたことがないんです」
「そうなんだ。でも試しに読んでみたら……」
「ごめんなさい」
鬼。
「短編ですら読み切れないのに、長編なんて絶対に無理です」
無理なんて世の中にないよ。読むだけだよ。
「もしも読むと言って、読み切れなかったら失礼だと思います。腑甲斐(ふがい)ない僕ですみません」
矢方君は深々と頭を下げた。
「緒方さんが書いた小説だから、間違いなくいい作品だと思います。緒方さんの作品は本の好きな人に読んでもらう方が絶対にいいと思います」
「……そう……仕方ないね」
私は魂を抜かれた気分だった。矢方君の実直さが裏目に出た。
真面目すぎるが故に進んでしまったネガティブシミュレーション。恨むことすらできない。仕方ない。
「僕のラジオ、聞かなくても大丈夫です」
「聞くよ。それは聞くに決まっている」
私は少し声を荒らげてしまった。
「小説を読んでくれないから聞かないなんてないよ。それとこれとは別だし、矢方君の番組に興味があるだけだから全く気にしないで」
「ありがとうございます」
「じゃあ、またお邪魔するね」
「ありがとうございます」
矢方君は何度も何度も、お辞儀した。
私はスマホにイヤホンをつけて、さっき教えてもらった矢方君の番組を聞いている。心地よいリズムで日常を語っていた。
私はその話を聞きながらクスリと笑った。この番組が終わる頃には家に着くだろう。今日はとっても月が綺麗だ。
でも月がうっすら滲(にじ)んでいる。
読んでほしい
放送作家の緒方は、長年の夢、SF長編小説をついに書き上げた。
渾身の出来だが、彼が小説を書いていることは、誰も知らない。
誰かに、読んでほしい。
誰でもいいから、読んでほしい。
読んでほしい。読んでほしい。読んでほしいだけなのに!!
――眠る妻の枕元に、原稿を置いた。気づいてもらえない。
――放送作家から芸術家に転向した後輩の男を呼び出した。逆に彼の作品の感想を求められ、タイミングを逃す。
――番組のディレクターに、的を絞った。テレビの話に的を絞られて、悩みを相談される。
次のターゲット、さらに次のターゲット……と、狙いを決めるが、どうしても自分の話を切り出せない。小説を読んでほしいだけなのに、気づくと、相手の話を聞いてばかり……。
はたして、この小説は、誰かに読んでもらえる日が来るのだろうか!?
笑いと切なさがクセになる、そして最後にジーンとくる。“ちょっとだけ成長”の物語。
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