物理学者が理論や法則に「美しさ」を感じるポイントである「対称性」。2次元の円は正方形などの正多角形より対称性が高く、それよりさらに対称性が高いのが3次元の「球」です。では宇宙空間の「対称性」はいったいどうなっているのでしょうか。『宇宙はなぜ美しいのか 究極の「宇宙の法則」を目指して』(村山斉著)から抜粋してお届けします(記事の最後に、村山斉さん講演会のアーカイブ販売のお知らせがあります)。
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これが91億光年先までの宇宙の地図だ!
以上の話で、物理学者が重視する対称性がどのようなものかは、だいたい理解してもらえたでしょう。人工的に作られた完全な球体は、日常生活で目にするものの中でも対称性が高いものの代表ですが、私たち物理学者は、この自然界そのものや、それを支配する法則にも、高い対称性があるはずだと考えています。
しかしこの自然界に、本当に高い対称性などあるのでしょうか。人工の建築物を取り除いた自然の風景について考えると、(富士山のような例外を除けば)そんなに対称性が高いとは思えません。草木は左右対称に生えるわけではありませんし、空に浮かぶ雲の形や配置なども、対称性など感じさせません。
でも、それは地球のデコボコと同じ「細かいこと」です。物理学では、自然界を大雑把に把握するために、もっとマクロな視点でとらえます。そして、自然界でいちばん大きなものは、「宇宙」です。広大な宇宙空間に対称性があるかどうかが、まずは重要です。
空を見上げれば、たとえば太陽や月のある場所とそうではない場所があるので、「宇宙は非対称だ」と思う人もいるでしょう。星空の写真を撮って上下・左右を入れ替えても、同じ風景には見えないでしょう。オリオン座や北斗七星の形はたしかに非対称です。
しかしそれも、宇宙全体から見れば「細かいデコボコ」にすぎないかもしれません。そして現在は、前章でも見たとおり観測技術が発達したので、かなり広い範囲で宇宙空間の様子を調べられるようになりました。まだ「全宇宙」というわけにはいきませんが、何百万個もの銀河を観測してその配置を特定することで、広大な宇宙の「地図」を描けるようになったのです。
それが、図[2-15]です。上下の黒い部分はまだ観測が及んでいない領域ですが、図の真ん中にある地球から91億光年先までの銀河団の分布がここまで詳しくわかりました。
これを見れば、宇宙空間に「ほかとは違う特別な領域」はないといえるでしょう。左右を入れ替えても、ぐるりと回転させても、(細かいことを気にしなければ)ほぼ一様等方、だいたい同じ状態になります。ですから、もし宇宙船に乗って太陽系はおろか銀河系も飛び出し、超高速で何億光年も先まで旅ができたとしたら、窓の外には延々と変化に乏しい風景が続くでしょう。
もちろん、「地図」からわかるように、どこもまったく同じというわけではありません。宇宙空間では、銀河団が網の目のようにつながっており、その隙間にはほとんど星のない空間もあります(前者を「フィラメント」、後者を「ボイド(泡)」と呼びます)。ですから宇宙旅行にも、新幹線で移動しているときに街が見えたり田んぼが見えたりするぐらいの変化はあるでしょう。しかし、何億光年先まで進んでも、ひたすらそのくり返しです。くり返されるパターンは同じですから、そこには対称性があると考えてかまいませ
ん。
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宇宙はなぜ美しいのか
夜空を彩る満天の星や、皆既日食・彗星などの天体ショー。古来より人類は宇宙の美しさに魅せられてきた。しかし宇宙の美しさは、目に見えるところだけにあるのではない。これまで宇宙にまつわる現象は、物理学者が「美しい」と感じる理論によって解明されてきた。その美しさの秘密は「高い対称性」「簡潔さ」「自然な安定感」の3つ。はたして人類永遠の謎である宇宙の成り立ちを説明する「究極の法則」も、美しい理論から導くことができるのか? 宇宙はどこまで美しいのか? 最新の研究成果をやさしくひもとく知的冒険の書。