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悪の出世学 ヒトラー、スターリン、毛沢東

2022.02.06 公開 ポスト

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【ヒトラー】失敗しても反省しない。釈明を自己宣伝の場にうまく変える中川右介

ヒトラー編第1回から読む

裁判を宣伝の場へ

一揆は失敗したが、この事件でヒトラーとナチスは全ドイツ的に有名になった。命がけではあったが、宣伝効果はあったといえる。

さらに、逮捕の次に待っていた裁判で、ヒトラーは堂々と自分の主張を述べることができたので、これもまた宣伝になった。

反政府運動をする場合、失敗して逮捕されたからといって「反省」したのでは、何の業績にもならない。悪い政府を倒すための正しい戦いであると主張することで、党員も喜ぶし、支持者への顔も立つし、さらには新たな支持者の獲得にもつながる。

失敗にくよくよせずに、逮捕・勾留・裁判ですら、自己宣伝へと転化する割り切りが、ヒトラーのその後を決めた。

裁判では四時間にわたる冒頭陳述をしたという。

「責任は私がひとりで負う。しかし、私は犯罪者ではない。国民のために最善を尽くそうとしたのだ」

こう言って、党員や支持者を感動させた。

一揆は11月で、判決が出たのは半年近く後の1924年4月だった。「禁固五年」の判決である。ヒトラーはこの時点でまだ国籍はオーストリアにあったので(1932年にドイツ国籍を取得)、ドイツの法律に照らせば、国外退去処分になっても仕方がないのだが、それは適用されなかった。禁固5年も、国家に反逆した割には軽い。裁判長が寛大な刑としたのは、ヒトラーがひとりで罪を背負ったからだった。この一揆にはバイエルン州政府の高官、そして裁判所の判事の一部も関係していた。それらが広く知られると、バイエルン州全体が大きく揺らぐ。ヒトラーは裁判所の秘密を沈黙することで守った。

ヒトラーは自分ひとりの責任とすることで、暗黙裡に裁判所に貸しを作ったのである。

禁固5年も軽かったが、さらに、その刑務所での生活もかなり待遇がよかった。手紙のやりとりも面会も自由だった。この優雅な獄中生活で、ヒトラーは『我が闘争』の口述を始めるのである。つまり、獄中にはヒトラーの協力者が一緒にいて、口述筆記をしていたのである。

関連書籍

中川右介『悪の出世学 ヒトラー、スターリン、毛沢東』

歴史上、最強最悪といわれる力を持った三人の政治家――ヒトラー、スターリン、毛沢東の権力掌握術を分析。若い頃は無名で平凡だった彼らはいかにして自分の価値を実力以上に高め、政敵を葬り、反対する者を排除して有利に事を進め、すべてを制したか。その巧妙かつ非情な手段とは。戦慄の立身出世考。

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中川右介

一九六〇年東京都生まれ。編集者・作家。早稲田大学第二文学部卒業。出版社勤務の後、アルファベータを設立し、音楽家や文学者の評伝や写真集を編集・出版(二〇一四年まで)。クラシック音楽、歌舞伎、映画、歌謡曲、マンガ、政治、経済の分野で、主に人物の評伝を執筆。膨大な資料から埋もれていた史実を掘り起こし、データと物語を融合させるスタイルで人気を博している。『プロ野球「経営」全史』(日本実業出版社)、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『国家と音楽家』(集英社文庫)、『悪の出世学』(幻冬舎新書)など著書多数。

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