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はじめてのトライアスロン

2022.04.22 公開 ポスト

54歳作家の最底辺からのトライアスロンデビューは下見から始まった倉阪鬼一郎

46歳まで運動経験皆無、52歳までカナヅチだった作家の倉阪鬼一郎さんがなぜかハマったトライアスロン。トライアスロンは、鉄人レースばかりでなく、ハードルの低いレースもたくさんあるそう。3月に発売された新書『はじめてのトライアスロン』は、そんな著者による最底辺からの体験的入門書です。一部抜粋して、体にやさしいトライアスロンの世界をご紹介します。

(写真:iStock.com/Pavel1964)

レースは下見から始まる

家に帰るまでがトライアスロン、と言われます。

では、起点はどうでしょう。会場に向かって出発するところでもいいのですが、わたしの場合は下見から始まります。

第1戦のたかはらやまと第2戦の阿武隈川(あぶくまがわ)トライアスロン(現在は希望の森トライアスロンinやながわ)、いずれも現地へ下見に行き、バイクコースの一部をランで試走してきました。

下見をしておけば安心感が違います。また、コースばかりでなく、会場へのアクセスも下見をすれば間違いがありません。トライアスロンの大会は車でのアクセスを前提としているようなところもありますが、わたしはあいにく前述の視力の関係もあって車の運転ができません。輪行で前泊し、自走で会場入りしなければならないため、そのあたりのルートの下見も念のために行ってきました。

自衛隊の基地や車のテストコースなどが会場となる大会は無理ですが、その後もほうぼうの大会の下見に行きました。なかには下見に行っただけで出場していない大会もありますが、モチベーションを上げるために「レースを下見から始める」のも選択肢の一つでしょう。

最後のコーン

トライアスロンのデビュー戦の前に、いくらか関係があるのでウルトラマラソンに少し寄り道させていただきます。

2014年8月のトライアスロン初戦の4か月前、鶴沼(つるぬま)ウルトラマラソンで100キロの自己ベストを出しました。残念ながらその大会が最終回になってしまいましたが、茨城県の神立(かんだつ)駅周辺の周回コースで行われる手づくりのいい大会でした。

レースは19周と少しで行われます。この「少し」の設定が絶妙でした。

19周を終えて少し進むと、そこに最後の赤いコーンが設置されています。ここを回れば、あとはスタート・ゴール地点まで500メートルほど戻るだけです。

ランナーは最後のところだけ逆走します。つまり、すれ違うのはこれからゴールに向かうランナーだということが、すべての選手にひと目でわかるのです。

「ナイスラン!」

「お疲れさま」

「完走おめでとう!」

ほかのランナーは拍手しながら健闘を称えます。これがなんともあたたかくて絶妙なのです。99キロ以上走らなければ回れない最後のコーンを回って逆走のウイニングランに入ったときは、わたしも感無量で涙があふれてきたものです。

さて、この鶴沼ウルトラマラソンでわたしは快走しました。ウルトラは途中でさまざまなアクシデントがあるものですが、80キロまで一度も止まることなく走れたのです。千載一遇の調子の良さで、自己ベストを大きく更新できそうでした。弟にはフルマラソンもハーフマラソンもPBではかないませんでしたが、ここで一矢報いられる。そうほくそ笑みながら走っていたのです。

しかし、何かが起きてしまうのがウルトラです。80キロを過ぎると急に走れなくなってしまいました。ゆっくり歩くのがやっとのありさまです。ラスト1周だけはなぜか力が戻って走れましたが、結局サブ11・5の弟の記録は破れず、自己ベストを出したものの、11時間台の後半にとどまってしまいました。

フルでも何度かデッドヒートの末に負けることが多かった弟の後塵をまたしても拝してしまいましたが、トライアスロンなら話はべつです。弟はまったく泳げないので、そもそも出場できません。完走さえすれば、遅まきながら一矢報いることができます。

というわけで、デビュー戦に臨んだのですが、スイムがプールの大会でもそう甘いものではありませんでした。

コース上で聞いた花火の音

デビュー戦に選んだたかはらやまトライアスロンは、スイムこそプールで楽ですが、バイクはヒルクライム(丘登り)で、ランのコースにもアップダウンがあるハードな設定です。おまけに、開催が8月初めですから、かなりの確率で猛暑に見舞われます。わたしのデビュー戦も、たいそう暑い日でした。

苦手なスイムを45分ほどでどうにか切り抜け、2往復のバイクのヒルクライムに挑みました。それなりに練習はしたつもりですが、4万円のバイクでのヒルクライムはなかなかに大変で、やっとの思いでランにつなぎました。

しかし、体感では35℃を超える暑さです。日陰ではわたしよりはるかにできそうな選手が倒れていたりします。水をかぶりながら歩きもまじえ、ゴールまでようやくあと1キロになったところで花火の音が聞こえてきました。

制限時間の4時間の合図です。厳しい大会なら問答無用でここで切られたりするのですが、この大会はランの2往復目に入っていれば4時間30分まで完走扱いにしてくれます。その温情に助けられて、からくも完走証を手にしました。

いま思えば、デビュー戦はオリンピック・ディスタンスの半分の距離のスプリントにしておくべきでした。その話はのちにもしますが、バイクの難易度を考えると初戦の選択は少し荷が重かったかもしれません。

2戦目の阿武隈川トライアスロン(福島)を経て、翌年、たかはらやまに再チャレンジしました。さすがに4万円のバイクでは駄目だと悟るところがあって(阿武隈川でも面白いように抜かれました)、イタリアのクォータというメーカーの26万円のバイクを購入しました。のちにホイールをグレードアップして総額30万円強になりました。50万、100万のバイクはざらにありますし、いい品を追求するとホイールだけで30万くらい軽く飛んだりしますから安いバイクですが、わたしの身の丈には合っています。新調したおかげでバイクの故障が減り(4万円のバイクをよく見たら、「競技用には使用しないでください」というシールが貼ってありました)、格段に走りやすくなりました。

この新しいバイクを駆り、期するところあってたかはらやまのリベンジに臨みましたが、またしても酷暑、バイクのヒルクライムに苦しみ、翌年も厳しいレースになってしまいました。

今回はコース上ではなく、ゴール後に4時間経過の花火の音を聞きたい。

ランであきらめかけましたが、気合を入れ直し、ゴールしたのが4時間経過の2秒前でした。

ゴールと同時に、祝福するかのように花火が揚がりました。盛大な拍手もわきます。これは忘れられないゴールになりました。

関連書籍

倉阪鬼一郎『はじめてのトライアスロン』

トライアスロンには2つある。1つは有名な「鉄人レース」で、水泳3・8km、自転車180km、走りがマラソンと同じ42・195kmのもの。これは「人間の限界」への挑戦で、過酷さと崇高さを極める。一方、トライアスロンのオリンピック公式競技は水泳1・5km、自転車40km、走り10kmだ。だが、もっと短い距離(水泳750m、自転車20km、走り5kmとかそれ以下)の大会も多数存在し、じつはオリンピック距離でも、体にあまりダメージが残らない。46歳まで運動経験皆無、52歳までカナヅチだった著者による、最底辺からの体験的入門書。

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倉阪鬼一郎

1960年、三重県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸専修卒。作家・俳人・翻訳家。87年、『地底の鰐、天上の蛇』でデビュー。98年、『赤い額縁』を刊行後、ミステリー、ホラー、幻想小説、時代小説など多彩な作品を精力的に発表。『田舎の事件』『活字狂想曲』『怖い俳句』『怖い短歌』(いずれも幻冬舎)など二百冊を超える多数の著書がある。
46歳で運動経験なしでマラソンを始め、54歳からトライアスロンを始める。自己ベストはフルマラソン3時間39分00秒、ウルトラ100キロ11時間49分38秒。フルマラソン、ウルトラ100キロ、トライアスロンを合わせて100戦完走を達成。いずれも専業作家では村上春樹氏に次ぐナンバー2の記録を持つ。トライアスロンはデビュー以来すべて完走。

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