1. Home
  2. 社会・教養
  3. 物理の4大定数
  4. 『シン・ウルトラマン』の宇宙「プランクブ...

物理の4大定数

2022.09.07 公開 ポスト

『シン・ウルトラマン』の宇宙「プランクブレーン」は現実にあるのか小谷太郎

拙著『物理の4大定数』が先日発売になりました。手に取ってくださった皆様にお礼申し上げます。そうでないかたは今からでも遅くありませんので、どうぞ本屋(か図書館)へ足をお運びください。電子書籍かオーディブルも御利用いただけます。

発売記念として行なった講演(アーカイブは幻冬舎plusのストアページからご購入いただけます)のなかから、超巨大ブラック・ホールシン・ウルトラマンマルチバースというテーマを切り出して、このように文章に翻訳して皆様にお届けいたしておりますが(前編はこちら)、今回はその後編で、いよいよマルチバースの登場です。

 

 

 * * * 以下、映画のネタバレを含みます * * * 

 

宇宙はいくつも重なっている?(写真:iStock.com/Yevgeniy Kabanov))

 

ウルトラマンに変身だ!

シン・ウルトラマン』の主人公・神永新二は、「ベーターカプセル」を用いて、銀色の巨人ウルトラマンに変身します。

ウルトラマンや外星人の巨躯(きょく)は「プランクブレーン」なる場所に保管されていると説明されます。プランクブレーンから通常空間に取り出すことによって、神永がウルトラマンに変身したり、外星人が巨大化できるのです。

出し入れする装置が「ベーターカプセル」や「ベーターボックス」です。

この変身はどのような原理によるのでしょうか。『シン・ウルトラマン』の世界はどんな物理に基づいて成り立っているのでしょうか


劇中で神永が書き記した論文『β-system』は、あの世界の物理構造について、人類に説明するものです。変身の原理などもそこに記述されていると思われます。

『β-system』の本文はチラ見せのみで、全文は公開されていません。観客は神永の説明する物理の全容を知ることはできないのですが、判読可能な部分をここに解説しましょう。

図: 神永が書き記した論文『β-system』。(LaTeXを使っているようです。)
(東宝『シン・ウルトラマン』パンフレットより引用。)

宇宙は時間1次元と空間3次元の広がりを持ちますが、神永の論文『β-system』によれば、さらにもう1次元の方向に奥行きがあり、合わせて5次元です。(本当は10次元なのですが、残りの5次元はほとんど奥行きがなく、物理的な影響を持たないとのことです。)

人間にも実験装置にも、その5番目の次元(と6番目~10番目の次元)は知覚できません。5次元のイメージをイラストにするとこんな感じです。

プランクブレーンのイメージ。(イラスト:小谷太郎)

プランクブレーンとは、知覚できる4次元の時空の広がりを指します。地球人類が住むのも一つのプランクブレーンです。地球人類は自分のプランクブレーンからこれまで出たことがなく、それを宇宙全体だと思って暮らしてきました。

プランクブレーンは無数に存在します。それら無数のプランクブレーンが集まって、5次元の宇宙を作っています。まるでページを重ねて作られた1冊の本のようです。

それぞれのプランクブレーンにはちがう宇宙が存在します。どれか一つが、「光の星(world of light)」と呼ばれるウルトラマンの出身プランクブレーンです。

プランクブレーン間を行き来することは、地球人類のテクノロジーでは無理です。しかし一方、外星人は5番目の次元方向に移動して、別のプランクブレーンを訪問できます。

神永の論文『β-system』(の冒頭)には、こうしたことが書いてあったのです。

マルチバースからぼくらのために

論文『β-system』で述べられていることは、「超ひも理論」と呼ばれる実在の物理学理論と重なります。

超ひも理論の中でも特に、「ランドール=サンドラム・モデル」という宇宙モデルとよく合っていることが、神永によって指摘されています。

超ひも理論は、重力を「量子論」という手法で説明しようという試みの一つです。重力を量子論的に説明することは、何世代もの努力が注がれてきたにもかかわらず、まだ成功していません。

いくつかの理論が提案されていますが、どれが正しいか(あるいはどれも間違っているのか)まだ分かっていません。

そうした理論の中で、ランドール=サンドラム・モデルが『シン・ウルトラマン』に採用されているのは、理論物理学監修の橋本幸士・京大教授の提案でしょう。

 

ただし、『シン・ウルトラマン』における用語の使い方は、私たちの知っている超ひも理論と一致していないところもあります。

例えば外星人たちはしばしば「マルチバース」という単語を用いています。マルチバースには500億の知的生命体が存在するとウルトラマンたちは語ります。プランクブレーンとマルチバースはほぼ同義で使われているようにも聞こえます。

私たちの知っている「マルチバース」の用法と、外星人たちの使う「マルチバース」が一致しないのは、やはり『シン・ウルトラマン』の世界の物理が私たちの世界の物理とちがうからでしょう。

本当のマルチバースの話をしよう

では、私たちの理解するところのマルチバースとは、どんな概念でしょうか。

宇宙は138億年ほど前に、「ビッグ・バン」と呼ばれる大爆発によって誕生しました。(おそらく『シン・ウルトラマン』の宇宙もそうでしょう。)

(写真:iStock.com/MihailUlianikov)

ある説によると、ビッグ・バン(の最初期の「インフレーション」という段階)は、この宇宙を生みだしただけでなく、極めて膨大な数の宇宙を生みだしたといいます。

どれほど膨大かというと、およそ10500、つまり100000……(0が500個)……000個という、普通の書きかただと0を書くのに途中で飽きるくらい膨大です。

10500個の宇宙は、その一つ一つが、(おそらく)きらめく銀河を有し、(たぶん)無数の恒星を惑星が周回する、立派なユニバースです。

ただし、これら10500個のユニバースは互いに接触できず、行き来することも観測することも、それどころか存在を確かめることすらできません。(なんだかホラ話じみてきました。)

「マルチバース」とは、これら10500個のユニバースの集合をさす言葉です。が、研究者が皆マルチバース説を支持しているわけではなく、またマルチバースという言葉の用法が統一されているわけでもありません。

宇宙が10500個もあるというのは、にわかに信じがたい奇説ですが、話はさらに広がります。

 

他のユニバースでは、私たちのユニバースと物理定数の値が同じとは限らず、つまり物理法則が異なる可能性があるといいます。そういう主張をしている研究者もいます。

ということは、奇抜な物理法則によって成り立つ奇想天外なユニバースもどこかに存在するかもしれません。私たちの気ままな空想がどこかのユニバースで実現しているかもしれません。これはSFの格好の題材になります。

そういうわけで最近は、マルチバース仮説を作品世界の説明に用いるSF作品が数多く生みだされています。しばらく前に盛んに使われていた「パラレル・ワールド」や「多世界解釈」といった用語は、今ではすっかりマルチバースに取って代わられた印象です。

SFは科学を志向するジャンルなので、科学の業界の流行を反映するのです。

(余談ですが、多世界解釈とは、量子論における一つの仮説です。電子などのミクロな物体の物理量を測定すると、結果としてある測定値が得られるわけですが、多世界解釈とは、この測定の際に、他の測定値が得られた別の世界が発生する、という解釈です。
多世界解釈は、極めて多数のちょっとずつ異なる世界が存在するが、それらを観測することも存在を確かめることもできないと主張します。このアイデアも、やはり多くのSF作品の素材となりました。ここ数年、多世界解釈はちょっと旗色が悪い感じです。)

 

以上、2回にわたって、超巨大ブラック・ホールとシン・ウルトラマンとマルチバースについての記事をお届けしました。

人類の知力ではまだ完成させられない量子論的重力理論や超ひも理論が、『シン・ウルトラマン』の世界にはたしてどれほど適用できるのか、プランクブレーンを渡り歩く外星人たちに笑われはしないか、少々不安ではありますが、一応力のおよぶ限り、その物理を考察してみました。

皆様が作品を楽しむ一助となれば幸いです。

*   *   *

宇宙の謎を4つの数字で解く『物理の4大定数 宇宙を支配するc,G,e,h』(小谷太郎氏著、幻冬舎新書)好評発売中!

関連書籍

小谷太郎『物理の4大定数 宇宙を支配するc、G、e、h』

光速c、重力定数G、電子の電荷の大きさe、プランク定数h。これらの基礎物理定数は日常から宇宙までを支配する法則が数値となったものだ。我々はふだん物理定数など意識せずに暮らしているが、この値が違えば太陽はブラック・ホールと化し、人類は地球にいられず火星に住むハメになり、宇宙の姿は激変する。本書では人類がいかにして4大物理定数を発見したか、そのことでどんな宇宙の謎が解け、またどんな謎が新たに出現したかを解説。相対性理論、宇宙の構造、素粒子や量子力学までわかる画期的な書!

小谷太郎『宇宙はどこまでわかっているのか』

太陽の次に近い恒星プロキシマ・ケンタウリまでは月ロケットで10万年かかるが、これを21年に超短縮するプロジェクトがある!? 土星の表面では常にジェット気流が吹きすさび、海流が轟々うなっている!? 重力波が日本のセンター試験に及ぼしてしまった意外な影響とは!? 元NASA研究員の著者が、最先端の宇宙ニュースの中でもとくに知的好奇心を刺激するものをどこよりもわかりやすく解説。現在、人類が把握できている宇宙とはどんな姿なのか、宇宙学の最前線が3時間でざっくりわかる。

小谷太郎『言ってはいけない宇宙論 物理学7大タブー』

2002年小柴昌俊氏(ニュートリノ観測)、15年梶田隆章氏(ニュートリノ振動発見)と2つのノーベル物理学賞に寄与した素粒子実験装置カミオカンデが、実は当初の目的「陽子崩壊の観測」を果たせていないのはなぜか? また謎の宇宙物質ダーク・マターとダーク・エネルギーの発見は人類が宇宙を5%しか理解していないと示したが、こうした謎の存在を生むアインシュタインの重力方程式は正しいのか? 本書では元NASA研究員の著者が物理学の7大論争をやさしく解説、“宇宙の今”が楽しくわかる。

小谷太郎『理系あるある』

「ナンバープレートの4桁が素数だと嬉しくなる」「花火を見れば炎色反応について語りだす」「揺れを感じると震源までの距離を計算し始める」「液体窒素でバナナを凍らせる」……。本書では理系の人なら身に覚えのある(そして文系の人は不可解な顔をする)「あるある」な行動や習性を蒐集し、その背後の科学的論理をやさしく解説。ベッセル関数、ポアソン確率、ガウス分布、ダーク・マターなど科学の知識が身につき、謎多き理系の人々への親しみが増す一冊。

{ この記事をシェアする }

物理の4大定数

光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。この4つの物理定数は、宇宙のどこでいつ測っても変わらない。宇宙を今ある姿にしているのは物理の4大定数なのである。
宇宙を支配する数字の秘密を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説する。

バックナンバー

小谷太郎

博士(理学)。専門は宇宙物理学と観測装置開発。1967年、東京都生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。理化学研究所、NASAゴダード宇宙飛行センター、東京工業大学、早稲田大学などの研究員を経て国際基督教大学ほかで教鞭を執るかたわら、科学のおもしろさを一般に広く伝える著作活動を展開している。『宇宙はどこまでわかっているのか』『言ってはいけない宇宙論』『理系あるある』『図解 見れば見るほど面白い「くらべる」雑学』、訳書『ゾンビ 対 数学』など著書多数。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP