拙著『物理の4大定数』が先日発売になりました。手に取ってくださった皆様にお礼申し上げます。そうでないかたは今からでも遅くありませんので、どうぞ本屋(か図書館)へ足をお運びください。電子書籍かオーディブルも御利用いただけます。
発売記念として行なった講演(アーカイブは幻冬舎plusのストアページからご購入いただけます)のなかから、超巨大ブラック・ホールとシン・ウルトラマンとマルチバースというテーマを切り出して、このように文章に翻訳して皆様にお届けいたしておりますが(前編はこちら)、今回はその後編で、いよいよマルチバースの登場です。
* * * 以下、映画のネタバレを含みます * * *
ウルトラマンに変身だ!
『シン・ウルトラマン』の主人公・神永新二は、「ベーターカプセル」を用いて、銀色の巨人ウルトラマンに変身します。
ウルトラマンや外星人の巨躯(きょく)は「プランクブレーン」なる場所に保管されていると説明されます。プランクブレーンから通常空間に取り出すことによって、神永がウルトラマンに変身したり、外星人が巨大化できるのです。
出し入れする装置が「ベーターカプセル」や「ベーターボックス」です。
この変身はどのような原理によるのでしょうか。『シン・ウルトラマン』の世界はどんな物理に基づいて成り立っているのでしょうか。
劇中で神永が書き記した論文『β-system』は、あの世界の物理構造について、人類に説明するものです。変身の原理などもそこに記述されていると思われます。
『β-system』の本文はチラ見せのみで、全文は公開されていません。観客は神永の説明する物理の全容を知ることはできないのですが、判読可能な部分をここに解説しましょう。
宇宙は時間1次元と空間3次元の広がりを持ちますが、神永の論文『β-system』によれば、さらにもう1次元の方向に奥行きがあり、合わせて5次元です。(本当は10次元なのですが、残りの5次元はほとんど奥行きがなく、物理的な影響を持たないとのことです。)
人間にも実験装置にも、その5番目の次元(と6番目~10番目の次元)は知覚できません。5次元のイメージをイラストにするとこんな感じです。
プランクブレーンとは、知覚できる4次元の時空の広がりを指します。地球人類が住むのも一つのプランクブレーンです。地球人類は自分のプランクブレーンからこれまで出たことがなく、それを宇宙全体だと思って暮らしてきました。
プランクブレーンは無数に存在します。それら無数のプランクブレーンが集まって、5次元の宇宙を作っています。まるでページを重ねて作られた1冊の本のようです。
それぞれのプランクブレーンにはちがう宇宙が存在します。どれか一つが、「光の星(world of light)」と呼ばれるウルトラマンの出身プランクブレーンです。
プランクブレーン間を行き来することは、地球人類のテクノロジーでは無理です。しかし一方、外星人は5番目の次元方向に移動して、別のプランクブレーンを訪問できます。
神永の論文『β-system』(の冒頭)には、こうしたことが書いてあったのです。
マルチバースからぼくらのために
論文『β-system』で述べられていることは、「超ひも理論」と呼ばれる実在の物理学理論と重なります。
超ひも理論の中でも特に、「ランドール=サンドラム・モデル」という宇宙モデルとよく合っていることが、神永によって指摘されています。
超ひも理論は、重力を「量子論」という手法で説明しようという試みの一つです。重力を量子論的に説明することは、何世代もの努力が注がれてきたにもかかわらず、まだ成功していません。
いくつかの理論が提案されていますが、どれが正しいか(あるいはどれも間違っているのか)まだ分かっていません。
そうした理論の中で、ランドール=サンドラム・モデルが『シン・ウルトラマン』に採用されているのは、理論物理学監修の橋本幸士・京大教授の提案でしょう。
ただし、『シン・ウルトラマン』における用語の使い方は、私たちの知っている超ひも理論と一致していないところもあります。
例えば外星人たちはしばしば「マルチバース」という単語を用いています。マルチバースには500億の知的生命体が存在するとウルトラマンたちは語ります。プランクブレーンとマルチバースはほぼ同義で使われているようにも聞こえます。
私たちの知っている「マルチバース」の用法と、外星人たちの使う「マルチバース」が一致しないのは、やはり『シン・ウルトラマン』の世界の物理が私たちの世界の物理とちがうからでしょう。
本当のマルチバースの話をしよう
では、私たちの理解するところのマルチバースとは、どんな概念でしょうか。
宇宙は138億年ほど前に、「ビッグ・バン」と呼ばれる大爆発によって誕生しました。(おそらく『シン・ウルトラマン』の宇宙もそうでしょう。)
ある説によると、ビッグ・バン(の最初期の「インフレーション」という段階)は、この宇宙を生みだしただけでなく、極めて膨大な数の宇宙を生みだしたといいます。
どれほど膨大かというと、およそ10500個、つまり100000……(0が500個)……000個という、普通の書きかただと0を書くのに途中で飽きるくらい膨大です。
10500個の宇宙は、その一つ一つが、(おそらく)きらめく銀河を有し、(たぶん)無数の恒星を惑星が周回する、立派なユニバースです。
ただし、これら10500個のユニバースは互いに接触できず、行き来することも観測することも、それどころか存在を確かめることすらできません。(なんだかホラ話じみてきました。)
「マルチバース」とは、これら10500個のユニバースの集合をさす言葉です。が、研究者が皆マルチバース説を支持しているわけではなく、またマルチバースという言葉の用法が統一されているわけでもありません。
宇宙が10500個もあるというのは、にわかに信じがたい奇説ですが、話はさらに広がります。
他のユニバースでは、私たちのユニバースと物理定数の値が同じとは限らず、つまり物理法則が異なる可能性があるといいます。そういう主張をしている研究者もいます。
ということは、奇抜な物理法則によって成り立つ奇想天外なユニバースもどこかに存在するかもしれません。私たちの気ままな空想がどこかのユニバースで実現しているかもしれません。これはSFの格好の題材になります。
そういうわけで最近は、マルチバース仮説を作品世界の説明に用いるSF作品が数多く生みだされています。しばらく前に盛んに使われていた「パラレル・ワールド」や「多世界解釈」といった用語は、今ではすっかりマルチバースに取って代わられた印象です。
SFは科学を志向するジャンルなので、科学の業界の流行を反映するのです。
(余談ですが、多世界解釈とは、量子論における一つの仮説です。電子などのミクロな物体の物理量を測定すると、結果としてある測定値が得られるわけですが、多世界解釈とは、この測定の際に、他の測定値が得られた別の世界が発生する、という解釈です。
多世界解釈は、極めて多数のちょっとずつ異なる世界が存在するが、それらを観測することも存在を確かめることもできないと主張します。このアイデアも、やはり多くのSF作品の素材となりました。ここ数年、多世界解釈はちょっと旗色が悪い感じです。)
以上、2回にわたって、超巨大ブラック・ホールとシン・ウルトラ
人類の知力ではまだ完成させられない量子論的重力理論や超ひも理
皆様が作品を楽しむ一助となれば幸いです。
* * *
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光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。この4つの物理定数は、宇宙のどこでいつ測っても変わらない。宇宙を今ある姿にしているのは物理の4大定数なのである。
宇宙を支配する数字の秘密を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説する。
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