桂竹千代さんの『落語DE古事記』がテレビ番組などでも話題になり、待望の文庫化!
そこへ、古館伊知郎さんが巻末の文庫解説に、こんな文章を寄せてくださいました。読み応えある面白解説をどうぞ。
* * *
桂竹千代の強引な語り口にやられてしまった!
とある日、事務所の後輩で仲良しの松尾貴史(キッチュ)が全国紙で連載しているコラムを読んで膝を打った。
すぐショートメッセージを打った。
「キッチュ! 今回のすごく良かった」
送信前に画面をチラ見すると、
「キッチン! 今回のすごく良かった」
彼は台所か。
直したが、たいして面白くないのに一文をつけ足した。
「キッチンと打ったので、キッチュに修正して送りました」
二分もしないうちに、スマホを置いたテーブルのガラスが振動した。早いレスだ。
「キッチンで正しかろうと思います。私はキッチュ。キッチュはまがいもの。まがいものはフェイク。フェイクと言えばニュース。ニュースと言えばキャスター。キャスターは転がる。転がしと言えば芸者。芸者と言えば温泉。温泉は熱い。熱いはコンロ。コンロがあるのはキッチン! 全てはつながってるのです」
うまい! はやい! やすい? の三拍子。
そして素早さを含め、同業者としてジェラスをおぼえた。
厳密に言えば全ての芸者さんが客転がしをする訳ではない。強引だ。そもそもキッチュ→キッチンは同じというのが強引だ。
そこでだ。
エンターテインメントには時に強引さが不可欠で、それが面白さの源泉なのだ。
全くの古事記ビギナーである私は、桂竹千代の強引な語り口にやられてしまった。冒頭からダジャレ、無駄話、要らない豆知識の雨あられ。
「淤能碁呂島(おのごろじま)」が成るくだり。
「ちなみにヨネスケ師匠の本名は小野五六(おのごろう)……」と脱線する。はじめは正直イラついたのに、中盤以降その強引な脱線を待っている私がいた。そんなことは私史上初である。
古事記寄席にふらっと立ち寄った客(読者)へのサービスに心血を注ぐ彼の姿勢に負けたのだった。
古代日本。まだ文字が普及していない時代に、稗田阿礼(ひえだのあれ)という人物は長老達から口伝えで聞いた神話の数々を抜群の記憶力で脳内編集し暗唱。それを文字に起こしたものが古事記だ。語り部・稗田阿礼こそが元祖ストーリーテラー! 喋りのプロだとするなら、阿礼もまた神話を聞く側(客)の反応を常に意識していたのではないか。ヨシここは話を大袈裟に盛って皆を大いに楽しませよう。ここは恋愛ネタをかまし、より分かりやすい身近な話に落とし込もう等々。そう考えると、桂竹千代という落語家も、毎年「トーキングブルース」というひとり語りのライブを演っている私も、稗田阿礼の子孫と言えないか?
1300年以上の時を超えた阿礼一門の物語ネットワークは今、竹千代・古館を組み入れた語り部“黄金の三角地帯”を形成しつつあるのだ。
思えば人間社会は太古の昔から物語=フィクションを必要としてきた。イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、虚構の物語を紡ぐことで人類は文明社会を築いてきたと言う。確かに言葉も文字もお金も、全てはフィクションであり、それを我々は共通了解しているだけだ。そして物語依存が時に大量の殉教者を生むのだ。
例えば国家である。そこには領土、領海、領空という実存するものがあり、我々はその下で国民として存在している。しかし、国家そのものを見たり触れたりはできない。ゆえに天皇を神格化し、君が代、日の丸を掲げることで日本人は一致団結できる。そして時に、お国のために死ぬことを美談とする物語依存を生む。私はその物語と、自分の生身の感情という二つのプレートがきしみ合い、物語(国家)等が優先されてしまう時、人間の悲しみがふるえると思っている。しかし、この「国生み神話」古事記には悲しみではなく、神々の欲望がむき出しになっている。
スサノオがヤマタノオロチを退治する場面。私は、スサノオが世のため人のために巨大怪獣と闘ったウルトラマンだと思い込んでいたのだがそうではなかった。スサノオは、成功報酬としていたいけな娘をくれ! と英雄とは程遠い要求をするのである。阿礼師匠もその弟子筋である竹千代の語りも面白いぞ! とかく「レガシー」等と巧妙に名義変更された美談ずくめの昨今の「シン・物語キャンペーン」とは大違いだ。天上の高天原、人間も暮らす地上、そして死者の黄泉の国。三つの世界でダイナミックに展開する物語は、強引さのサファリパークであった。
私は物語と現実のきしみ合いの中に人間特有の喜びや悲しみが存在すると考え、「トーキングブルース」というライブの中で時代の語り部を目指している。(ここは宣伝ね)
そんな私からすれば日本の壮大にして奇妙な神話をカジュアルな口調で仕立てあげ、現代の我々の所業と合わせ鏡にしてくれた本書を賛美したい。
追伸
古事記は「ふることふみ」とも言われる。
「ふることふみ」と言えば「古館の事の文」と間違えることもできる。つまり古事記は古館伊知郎という人間の存在を肯定した預言の書でもあるのだ。
これは強引な自己宣伝か?
その辺の見解をキッチンに聞いてみたくなった。
――古舘伊知郎
落語DE古事記
神社に行けば、私たちは神様にありとあらゆることをお願いしますよね。商売繁盛に合格祈願に延命長寿に縁結びに厄除けに……。
でもちょっと待って。こんなに頼りにしてる「神様」のこと、ちゃんと知ってますか?
神様について書いてあるのが「古事記」です。歴史の教科書でも最初の方に出てくるので、「古事記」について聞いたことのない人はいないと思いますが、でも何が書かれているかまで説明できる人って、少ないんじゃないでしょうか。
そこで、大学院まで古代史を専攻していた落語家の桂竹千代さんに、「古事記」を楽しく解説していただくことにしました。
爆笑注意ですから、静かな場所では読まないようにしてくださいね!
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