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ウクライナ戦争と米中対立

2022.11.10 公開 ポスト

「現状変更」に対する「どっちもどっち論」は、憲法9条の理念の破壊である細谷雄一(慶應義塾大学教授)/峯村健司(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員・ジャーナリスト)

米中関係に精通するジャーナリスト峯村健司さんが、国際政治のエキスパート5人と、これからの世界の勢力図を描き出した『ウクライナ戦争と米中対立 帝国主義に逆襲される世界』。慶應義塾大学教授・細谷雄一さんと議論を戦わせた第5章「パワーポリティクスに回帰する世界」から一部抜粋してお届けします。

2022年11月11日19時からは、峯村さんと細谷さんの刊行記念トークイベントがあります。

*   *   *

(写真:iStock.com/JARAMA)

私たちはエゴイズム・ニヒリズムとも戦わなくてはならない

峯村 今後の国際秩序づくりにおける、日本政府の役割は大きいですね。もうひとつ心配なのは、日本国民の意識です。ロシアのウクライナ侵攻が始まってから、日本国内ではいわゆる「どっちもどっち論」が多くの有識者や著名人によって唱えられました。細谷先生もそれに対抗して、ツイッターで「『ロシアもウクライナも両方悪い』とう議論がなぜ適切ではないのか」という連続投稿をされましたよね。

これだけ地理的に離れたウクライナでの戦争でさえ「どっちもどっち論」が出てくる日本の世論が、台湾有事ではどうなるのか想像をすると非常に心配です。

先生はウクライナ侵攻開始直後の緊急対談(「公研」2022年4月号)でも、「プーチンが『19世紀的な国際秩序観』で戦争を開始したのだとしたら、日本は『22世紀の世界』にいる」と述べておられました。「22世紀」つまり国家がもう存在していない世界にいるような意識があるから、「外国が攻めてきたら逃げればいい」などと主張する人々が出てくるということですよね。

細谷 今回のウクライナ情勢をめぐる日本国内の議論を通じて私が強く懸念するのは、過剰な相対主義は結局のところニヒリズムに陥ってしまうということです。あらゆる正義を相対的なものと見なしてしまうと、「ロシアは悪いがウクライナも悪い」という話になってしまう。そういう考え方を突き詰めれば、何の正義も認めないニヒリズムにしかなりません。

しかし国際社会には、解釈が分かれる問題と分かれない問題があります。今回のロシアによるウクライナ侵略は、明らかに後者ですよね。おそらく第二次世界大戦後の世界でもっとも野蛮な軍事的侵略であり、明確な国際法違反です。

もしこれを侵略と言えないのであれば、ありとあらゆる軍事侵攻を「侵略」と認定できなくなる。ここで「ロシアにも正義がある」とか「ロシアの意図を理解してその立場にも共感を示すべきだ」などと言ってしまったら、中国が近隣諸国に対して軍事行動を起こしたときにも同じことを言わなければなりません。それこそ中国が力による現状変更を試みて尖閣諸島を奪取したときに、国際社会が「中国の主張も筋が通っている」と見なす可能性もあるわけです。

そのとき日本は中国の現状変更に対して「どっちもどっちだ」と国際世論に同調するのかどうかという話ですよね。国際法を無視した赤裸々な軍事的侵攻に対して寛容な態度を取ると、結局は戦後われわれが平和国家として守ってきたもっとも重要な価値を破壊することになります。

だからロシアによる侵略を擁護すれば、憲法9条に掲げられた平和国家としての理念を根底から覆すことになる。それはまさにニヒリズムとエゴイズムにほかなりません。憲法9条を掲げているのは、単に日本が戦争に巻き込まれたくないだけであって、他国が侵略されても自分には関係ない、というわけですから。

これは非常に危険なものです。「戦争放棄」は憲法9条の規範であるだけではなく、国連憲章の規範でもありますからね。ニヒリズムによって憲法9条が完全に無意味な内容になってしまうのと同じように、国連憲章における「武力行使の禁止」という規範も無意味なものになり、世界はパワーポリティクスの時代を迎えてしまう。そちらに向かう「時計の針」を日本が進めてはいけないと思います。

ところが、今まで集団的自衛権の行使の問題などで安保体制を擁護する立場を「平和主義の破壊」などと批判してきた人たちが、今度は「平和憲法の理念を守るべきだ」という発言に対して、「侵略されたウクライナにも問題がある」と言って、平和を破壊するロシアの侵略を擁護する。理解できません。

峯村 完全に論理破綻していますね。

細谷 要するに、彼らの立場は平和主義ではなくて利己主義なんですよ。自分たちさえ戦争に巻き込まれなければいいわけですからね。

たとえばルワンダでは1994年から95年にかけて90万人が虐殺されたと言われていますが、日本では「助けよう」という声がほとんど出てきませんでした。むしろ、日本人が死んではいけないから、PKOに自衛隊員を送るな、となるわけです。日本人さえ死ななければ、ルワンダ人がどれだけ死んでもかまわない。「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」という日本国憲法前文の美しい精神はどこに行ってしまったのか、と思いますよね。

そういう日本人のエゴイズムとニヒリズムに対して、われわれは戦わなければいけない。やはりわれわれには、国内的にも国際的にも守るべき規範があるんです。その規範を無視した侵略を容認してはいけない。その一線を越えてはいけないと思いますね。

*   *   *

2022年11月11日(金)19時より、峯村健司さんと細谷雄一さんの刊行記念トークイベントを開催します。会場参加とオンライン参加の同時開催です。詳細・お申込みは幻冬舎大学のページからどうぞ。

関連書籍

峯村健司/小泉悠/鈴木一人/村野将/小野田治/細谷雄一『ウクライナ戦争と米中対立 帝国主義に逆襲される世界』

2010年代後半以降、米中対立が激化するなか、2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻。世界情勢はますます混迷を極めている。プーチン大統領はロシア帝国の復活を掲げて侵攻を正当化し、習近平国家主席も「中国の夢」を掲げ、かつての帝国を取り戻すように軍事・経済両面で拡大を図っている。世界は、国家が力を剥き出しにして争う19世紀的帝国主義に回帰するのか? 台湾有事は起こるのか? 米中関係に精通するジャーナリストが、国際政治のエキスパート5人と激論を戦わせ、これからの世界の勢力図を描き出す。

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ウクライナ戦争と米中対立

​2010年代後半以降、米中対立が激化するなか、2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻。世界情勢はますます混迷を極めている。プーチン大統領はロシア帝国の復活を掲げて侵攻を正当化し、習近平国家主席も「中国の夢」を掲げ、かつての帝国を取り戻すように軍事・経済両面で拡大を図っている。世界は、国家が力を剥き出しにして争う19世紀的帝国主義に回帰するのか? 台湾有事は起こるのか? 米中関係に精通するジャーナリストが、国際政治のエキスパート5人と激論を戦わせ、これからの世界の勢力図を描き出す。

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細谷雄一 慶應義塾大学教授

1971年、千葉県生まれ。立教大学法学部卒業。英国バーミンガム大学大学院国際関係学修士号取得。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。博士(法学)。北海道大学専任講師などを経て、現在は慶應義塾大学法学部教授。専門はイギリス外交史、国際政治学。著書に、『戦後国際秩序とイギリス外交 戦後ヨーロッパの形成 1945年~1951年』(創文社)、『倫理的な戦争 トニー・ブレアの栄光と挫折』(慶應義塾大学出版会)、『国際秩序 18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ』(中公新書)、『戦後史の解放Ⅰ 歴史認識とは何か:日露戦争からアジア太平洋戦争まで』『戦後史の解放Ⅱ 自主独立とは何か 前編 敗戦から日本国憲法制定まで』『戦後史の解放Ⅱ 自主独立とは何か 後編 冷戦開始から講和条約まで』(いずれも新潮選書)等がある。

峯村健司 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員・ジャーナリスト

​1974年生まれ。青山学院大学客員教授。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。ジャーナリスト。青山学院大学国際政治経済学部卒業。朝日新聞で北京・ワシントン特派員、ハーバード大学フェアバンクセンター中国研究所客員研究員などを歴任。「LINEの個人情報管理問題のスクープと関連報道」で2021年度新聞協会賞受賞。2010年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『宿命 習近平闘争秘史』(『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』を改題、文春文庫)、『潜入中国 厳戒現場に迫った特派員の2000日』(朝日新書)がある。

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