乃木坂46イチの読書家である鈴木絢音さんの初書籍『言葉の海をさまよう』。本書は辞書愛に満ちた絢音さんと、辞書を作る人々との対談集です。
普段辞書を使わない方も楽しめるこちらの書籍。試し読み第2回は、『三省堂国語辞典 第八版』の担当編集者・奥川健太郎さんとの対談から抜粋してお届けします。
言葉の海への航海をぜひお楽しみください。
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辞書編集者
お話を聞いた人
三省堂 辞書出版部
おくがわ・けんたろう【奥川健太郎】さん
1968年生まれ、三重県出身。『三省堂国語辞典 第八版』の編集担当。辞書編集者歴30年のベテラン。『三省堂国語辞典』には第五版から関わる。ほか、『三省堂類語新辞典』『当て字・当て読み 漢字表現辞典』『異名・ニックネーム辞典』『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』などを担当。
完成するのに4、5年はかかる
鈴木 辞書の企画というのはどういう風に立てるんですか?
奥川 私が以前、企画した辞書を持ってきてみました。(『異名・ニックネーム辞典』を差し出しながら)これはちょっと雑学的な辞書なんですが。
鈴木 面白いですね、ニックネームについての辞書もあるんですか。
奥川 こちらは記念にお持ち帰りください。
鈴木 いいんですか、ありがとうございます! うれしい!
奥川 この本は、動植物の名前や芸能人、スポーツ選手などの異名やニックネームが載っているんですけど、実は乃木坂46さんも……。
鈴木 えっ!? 誰が載っているんですか?
奥川 齋藤飛鳥さんと、能條愛未さんと、樋口日奈さんが載っています。
鈴木 そうなんですね。
奥川 鈴木さんのニックネームは「絢音ちゃん」でよろしいですか?
鈴木 はい、「絢音ちゃん」です!(笑)
奥川 そうですよね。ニックネームは、ひねりがないと掲載しにくいので、すみません、鈴木さんのお名前は載せられなかったんです。
鈴木 大丈夫です(笑)。では、「樋口日奈」を引いてみますね……。「ひぐちひな。1998 - 歌手(乃木坂46)。【ひなちま】『ひなちゃん』と『ひなさま』を合わせた『ひなちゃま』から」。私もきちんとした由来は知らなかったです。(マネージャーさんの「うん、合ってる」という声を聞いて)えっ、合ってるんですか? 本人に伝えなきゃ(笑)。
奥川 こういうニッチな辞書も需要があると確信して、企画しました。他には当て字の辞典なども企画したことがありましたね。
鈴木 この『異名・ニックネーム辞典』は、作るのにどれくらいかかったんですか?
奥川 4、5年はかかっていますね。
鈴木 4、5年! その5年の間にもしかしたら(乃木坂46が)なくなってしまう可能性も、あるじゃないですか。
奥川 ありますね。
鈴木 そうなった場合は、そこを削るんですか?
奥川 亡くなった方は没年を加えたりしますが……。
鈴木 そっちの意味での「なくなる」ですか!
奥川 グループがなくなったり脱退された場合は、それぞれの所属先にいちいち“元”とつけていくとキリがないので、この辞書では活躍期のグループ名はそのまま残しています。
出社すると、机の上にはスタッフからの疑問が山積み
鈴木 辞書の編集者が具体的にどういうことをされているのか、お仕事についてもっと知りたいです。例えば、奥川さんの、とある一日の過ごし方を教えていただいてもいいですか?
奥川 そうですね。ゲラが出てからが非常に忙しくなるので、その時期の一日をご紹介しますね。毎日大体10時くらいに出社します。そうすると机に、校正者やデータ編集の担当者からの疑問が山のように積み上がっているんです。
鈴木 朝から大変ですね。具体的にはどんな疑問ですか?
奥川 例えば「矢印があるのにその先がない」ですとか、「反対語同士が釣り合ってない」とか、「項目によって記述や体裁が食い違っている」とかです。そうすると、芋づる式にいろんなことに気付くんですよね。ここを直すと、やっぱりこっちも直さないといけないというところが出てきて……。だから、午前中はその作業をしているとあっという間に終わります。お昼も、弁当を持参してデスクで食べていますね。午後は、転記された赤字の確認や書式の点検、組版担当との電話や校正者とのメール、そして夕方に行う先生とのリモート打ち合わせに向けて、確認すべきことをまとめたりしています。
鈴木 夕方に打ち合わせをしているんですね。
奥川 はい。疑問点を解決できないものは、編集委員の先生にお聞きします。基本的には毎日18時から20時頃まで打ち合わせをします。
鈴木 毎日2時間も打ち合わせをするんですか!
奥川 はい。帰ってからも気になることが色々頭に浮かんでくるので、ずっと辞書のことを考えていますね。
鈴木 ゲラに赤字を入れる作業は、とても大変なんですね。
奥川 はい。しかも、辞書が出る半年くらい前にはページ数を確定させないといけないので、ページの管理が非常に難しいですね。そしていったんページ数が確定すると、赤字を入れる場合はそのページの中でやりくりしないといけないんです。挿絵がある場合は段をまたいではいけないとか、色々な制限もありますし。
鈴木 考えることがたくさんあって大変ですね……。ところで、編集委員である先生方と奥川さんのような辞書編集者は、それぞれどういう役割の違いがあるんですか?
奥川 編集委員というのは、改訂の方針を定めたり、語釈を書いたり、実際に手を動かしてくださる方々です。大学の先生などの専門家で、表紙にお名前が載っている方々ですね。いっぽう、私のような辞書編集者は、たとえるならば建築の現場監督。編集方針を個別の項目に対して実行したり、ページや予算を管理したり、関係各所と連絡を取ったりしています。設計士である編集委員の描いたグランドデザインが、現場に行くと、少しサイズが合っていないとか、いろんな問題が出てくることがありますよね。そういう問題を解決しながら辞書としての形を完成させ、同時に装丁や製作、販売、営業など、いろんな部署とも連携して進めていくのが私の役割です。
鈴木 なるほど。
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辞書はどんな場所で、どのように作られていくのでしょうか。他にも、編集部に絢音さんが潜入した様子など、読み応え満載です。
続きは書籍でぜひお楽しみください。
言葉の海をさまよう
乃木坂46イチの読書家で、辞書への強い愛を持つ鈴木絢音さん。書籍の発売が決定いたしました。タイトルは『言葉の海をさまよう』。辞書愛に満ちた絢音さんと、辞書を作る人々との対談集です。辞書出版社の三省堂の多大なバックアップにより、辞書の編纂者、編集者、校正者、印刷会社、デザイナーなど、様々な方にお話をうかがった様子を一冊にまとめています。