乃木坂46イチの読書家である鈴木絢音さんの初書籍『言葉の海をさまよう』。本書は辞書愛に満ちた絢音さんと、辞書を作る人々との対談集です。
普段辞書を使わない方も楽しめるこちらの書籍。試し読み第5回は、辞書の「外側」を作る方々との対談から抜粋してお届けします。
言葉の海への航海をぜひお楽しみください。
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辞書の「外側」を作る人
お話を聞いた人
三省堂 製作管理部
きむら・ひろき【木村広樹】さん
2006年入社。編集者や印刷会社、製紙会社などとの間に立ち、様々な調整を行いながら予算や進行を管理している。
三省堂 デザイン室
さの・ふみえ【佐野文絵】さん
2008年入社。辞書の表紙やケースはもちろん、販促用の関連グッズなど、デザインにまつわるすべての業務を担当している。
紙はまるで生き物のよう
鈴木 色々な方と関わる、調整するお役回りなので大変なことも多いと思うんですけど、特に大変なのはどういうところですか?
木村 やっぱり用紙のトラブルは大きいです。特に記憶に残っているのは、束見本を作ったのはいいんですけど、いざ製品ができあがってきたら、三省堂印刷さんから「厚みが全然違うんだけど」と言われて。なんでだって思ったら、束見本の用紙の厚みがぶれていたんです。
鈴木 用紙の厚みがぶれていたというのは、どういうことですか?
木村 元々の設定値より、1000分の5ミリくらい厚い紙が製紙会社から支給されていたんです。そうとは知らず、束見本を作ってもらって本番に入ったんですけど、製品ができあがってきたら、ケースも表紙も寸法が合わない。それからは全部、支給された紙は計測していますけれども、その時は本当に大変でした。
鈴木 1000分の5ミリなんて、ほんの少しの紙の厚みでも、そんなに影響が大きいんですね。
木村 はい。例えば、1枚の厚みが1000分の1ミリ違うと言われても、それくらい大したことはないように感じるかもしれませんけど、2000ページの辞書なら1ミリ変わってきます。
鈴木 そっか。1000分の1×20002で1ミリですね。辞書はページ数が多いから、少しの違いでも影響が出てしまうんですね。
木村 はい。そうすると、ケース寸法が合いません。表紙寸法が合いません。全部がダメになります。
鈴木 しかもその時は、1000分の5ミリ違っていたんですものね。それは大変そうです……。
木村 だから、製紙会社には「どうか紙の厚みがぶれないようにしてください」とお願いしているんですけど、自分でも難しいお願いをしているとは思っています。というのも、紙ってものすごいスピードで作られるんです。先ほど工場で見ていただいた、トイレットペーパーのお化けみたいなのがありましたよね。あの印刷と同じくらいのスピードで、がーっと毎分300メートルくらい作るんです。その速さで1000分の1ミリも差が出ないようにしてねっていう。しかも、湿度などによっても紙の状態は変化するので、紙は生き物と同じくらい取り扱うのが難しいんです。
鈴木 そうなんだ、紙は生き物なんですね。紙の厚みのトラブルが起きた時は、どうやって対処されるんですか?
木村 紙が予定より厚い場合は、先ほど工場で本の背をまぁるくしてふくらみを持たせ、ページをめくりやすくする加工を見ていただいたと思うんですが、そのふくらみの度合いを減らしたりします。逆に紙が予定より薄くて、相対的に表紙が大きくなってしまった場合は、箔押しされていないところを切ってもらったこともありました。そういうピンチを乗り越えるアイディアを、現場の方々が出してくださるので、とても助かっています。
鈴木 みなさんのチームワークによって作られているんですね。
木村 あと、箔がのらないこともありました。
鈴木 箔というのは、表紙によく使われている、金箔の部分のことですよね?
木村 はい。金箔や銀箔などの箔を、プレス機を使って熱と圧力で転写することを箔押しと言うんですが、箔がどうしてものらないことがあったんですよね。原因はわからないんですけど、表紙が革だったので、革から出る油分なのか、もしくは梅雨時に染色をかけていたので、その染色の乾きが悪かったのか。2か月くらいずっと箔押しをやっていたんですけど、全然つかなくてはがれちゃう。結局、業者さんのほうでなんとか押してくれて、刊行にたどりつけました。
時代に合った色をデザインに取り入れる
鈴木 デザイン担当の佐野さんにもお話を伺います。よろしくお願いいたします。
佐野 よろしくお願いいたします。早速ですが、これ、何かわかりますか?(そう言って2、3センチ四方の赤・青・白の色が2種類ずつ載っており、それぞれ横に「PANTONE 221C」などの名称が書かれた紙を差し出す)
鈴木 赤、青、白……なんでしょう……?
佐野 これは『新明解国語辞典 第八版』の表紙の色指定です。具体的にどんな色を使う予定なのかを、関係者に共有するために使うんです。
鈴木 あ、本当だ。『新明解』でおなじみの、赤・青・白ですね。色の隣に書かれているアルファベットと数字はなんですか?
佐野 カラーチップという、インクの色の基準となる紙片があるんですけど(250枚ほどが束になった色とりどりの紙を渡す)……それぞれの色に名前がついているので、それを記すことで、どの色かわかるようになっているんです。
鈴木 なるほど。たしかに「赤がいい」と言っても具体的にどんな赤なのかは、なかなか伝わらないですものね。へー、ここから決めるんだ。ちなみに、どうして『新明解』には、赤・青・白の3色があるんですか?
佐野 『新明解』の初版が発売されたのは1972年で、当時、辞書の保守的なイメージを払拭するために、カラフルな赤・青・白の3色が発売されたと聞いています。初版でやったように3色同時で出しましょうということになって、第八版は最初から赤・青・白で出しています。人によって好みがあるので、好きな色を持っていただけるように。
鈴木 好きな色で辞書を選べるというのは素敵ですね。
佐野 ありがとうございます。ただ、同じ赤でも青でも白でも、時代によって変わっています。時代の色というのがあるので、微妙に違うんです。
鈴木 そうなんですか。時代に合わせて色みが若干変わっていたというのは知りませんでした。表紙のデザインをする時は、他にどんな作業をされているんですか?
佐野 表面がぼこぼこしているものとか、つるつるしているものとか、生地のタイプも色々あるので、それも指定します。
鈴木 たしかに、色々な手触りのものがありますよね。けっこう初期の段階から細かいことまで決めていくんですか?
佐野 そうですね。本が出される半年くらい前には決めています。で、サンプルがこんな感じで上がってくるんですけど(表紙のサンプルをいくつか差し出しながら)、お願いしてから3週間から1か月くらいですかね、サンプルが上がってくるまでにかかるのが。
鈴木 (受け取って)ありがとうございます。たしかに比べてみると、手触りが違いますね。
佐野 それは『新明解』のサンプルで、若干厚みがあるんです。厚みがあるので、凹凸の加工ができます。その半分くらいの薄さのビニールシートというものもあるんですけど、そっちは薄いので凹凸加工はできません。
鈴木 なるほど。表紙一つとっても様々な選択が必要なんですね。
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本編では「もしも鈴木絢音さんが辞書のデザイナーだったらどんな辞書を作るか」などもお話されています!
続きはぜひ書籍でお楽しみください。
言葉の海をさまよう
乃木坂46イチの読書家で、辞書への強い愛を持つ鈴木絢音さん。書籍の発売が決定いたしました。タイトルは『言葉の海をさまよう』。辞書愛に満ちた絢音さんと、辞書を作る人々との対談集です。辞書出版社の三省堂の多大なバックアップにより、辞書の編纂者、編集者、校正者、印刷会社、デザイナーなど、様々な方にお話をうかがった様子を一冊にまとめています。