乃木坂46イチの読書家である鈴木絢音さんの初書籍『言葉の海をさまよう』。本書は辞書愛に満ちた絢音さんと、辞書を作る人々との対談集です。
普段辞書を使わない方も楽しめるこちらの書籍。試し読み第3回は、校正者の境田稔信さんとの対談から抜粋してお届けします。
言葉の海への航海をぜひお楽しみください。
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校正者
お話を聞いた人
フリー校正者
さかいだ・としのぶ【境田稔信】さん
1959年生まれ、千葉県出身。高校卒業後、専門学校で校正・編集を学ぶ。編集プロダクションを経て26歳でフリーの校正者に。以後、書籍・雑誌の他、『広辞苑』『大辞林』『新明解国語辞典』『字通』『角川新字源』などの辞書の校正に多数携わる。
校正者は間違いを指摘し、提案をする
鈴木 今日はよろしくお願いします。「校正」というお仕事のことをなんとなくは知っていたんですけど、編集者の方がまとめてやっていると思っていました。
境田 元々は編集者の仕事の一つです。人数が少ない出版社や、外注に出すほどの予算がない場合には、編集者がすべて自分で行うこともあります。
鈴木 そうなんですね。そもそも、校正者のお仕事というのはどういうものなんですか?
境田 ざっくり言えば、校正刷り(印刷する前に誤りがないか見るための試し刷り)の確認作業です。確認しておかしいと思ったら、疑問や提案をそこに書き込みます。自分の好みは出しちゃいけないんだけど、このままだと誤解を生むから「こうしたほうがよいのでは?」という提案や、「この辞書にはこう載っています」とか、「公式サイトではこうなっています」とか、根拠を添えて提出します。そして、著者や編集者がそれを見て「じゃあ、ここは変えましょう」、「いや、これはそのままでいい」とか、判断は色々ですね。でも、「絶対おかしい」と言っても採用されないことがあります。
鈴木 絶対おかしいのに採用されないんですか?
境田 例えば、料理に関する記述で「肉の表面を焼いて肉汁を閉じ込める」っていう表現がありますよね。
鈴木 はい、ありますね。レシピ本などでよく目にします。
境田 ところが、これは80年も前に実験で否定されているんです。
鈴木 そうなんですか!?
境田 肉は焼けば縮みますから、ひび割れて隙間だらけになります。だから、肉汁は出放題で閉じ込められてなんかいないんです。
鈴木 たしかに、言われてみればそのとおりですね!
境田 おかしいですよって証拠を添えて出すんだけど、全然通じない。
鈴木 厳密に言うと間違いなのかもしれませんけど、イメージとして伝わりやすいこともありますもんね。難しい問題だ(笑)。
境田 著者が自分で変えてくれないと、どうすることもできません。「ちゃんと指摘はしましたからね」って諦めます。
鈴木 校正者のお仕事は、あくまでも提案なんですね。
境田 はい。本に校正者として名前が載っても決定権がないから責任持てません。前に関わった本で、前書きと後書きに単純な誤植がありました。前書きや後書きは、どうしても後回しになりがちで、著者がぎりぎりのタイミングで編集者に渡したから、私は見ていないんです。
鈴木 それは悔しいですね。でも誰にも言えないですしね……。
境田 なんだか、愚痴になっちゃいました(笑)。
「校正」と「校閲」は作業の範囲が異なる
境田 校正という言葉の他に、校閲っていう言葉もありますよね。
鈴木 はい、聞いたことがあります。
境田 校正部じゃなくて校閲部と言っている出版社もあります。ちなみに新聞社だと、昭和のはじめ頃から「校正部」と「校閲部」がありました。
鈴木 ということは、校正と校閲は同じではないんですね。どう違うんですか?
境田 (資料にある「校閲……閲する」を示しながら)この字はなんと読むかわかりますか?
鈴木 えっ、「えっする」でしょうか……?
境田 「えっする」という読み方もあるけど、音読みより訓読みのほうがふさわしい意味なので、ここでは違います。読み方がわからない時は『新明解国語辞典』の漢字索引を使うと便利です。
鈴木 読めない字を引ける辞典って少ないんですよね。ありがたいです。
境田 で、門構えのところを見ていくと……。
鈴木 ……「けみする」ですか?
境田 そう。「けみする」なんです。「調べる」というような意味ですね。
鈴木 知らなかったです!「けみする」という言葉自体、初めて聞きました。
境田 「校正」は、原稿と校正刷りの照合がメイン。「校閲」は、単純なミスより、さらに用字用語や事実の確認といった、調べることがメインになってきます。でも、今では「校正」という言葉は校閲も含めた広い意味で使われています。だから、校正の仕事を依頼されても、どこまでやればいいのか、曖昧なんですよね。まあ、全部やればいいんでしょうけれど、それだけの時間とお金をもらえるのかという心配もあります(笑)。
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この他にも「校正者の職業病」や「校正者の仕事道具」など、気になるお話が目白押しです!
続きはぜひ書籍でお楽しみください。
言葉の海をさまよう
乃木坂46イチの読書家で、辞書への強い愛を持つ鈴木絢音さん。書籍の発売が決定いたしました。タイトルは『言葉の海をさまよう』。辞書愛に満ちた絢音さんと、辞書を作る人々との対談集です。辞書出版社の三省堂の多大なバックアップにより、辞書の編纂者、編集者、校正者、印刷会社、デザイナーなど、様々な方にお話をうかがった様子を一冊にまとめています。