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砂嵐に星屑

2023.04.17 公開 ポスト

『砂嵐に星屑』台湾版序文を特別公開!一穂ミチ(作家)

大阪のテレビ局に勤める、世代も性別もバラバラな4人の人生を、優しく、だけどリアルに描いた、『砂嵐に星屑』。この春、日本を飛び出して、台湾(繁体字)で刊行されました。

台湾(繁体字)版のカバーはこんな感じ

台湾の読者に向けて、一穂ミチさんが書かれた序文の日本語原文を、特別に公開します。

ぜひ台湾に思いを馳せつつ、『砂嵐に星屑』をもう一度手に取っていただけると幸いです。

 

*   *   *

 

旅行で台湾を訪れたのは、もう十五年近く前になります。三泊四日の短い旅で、台北のホテルに泊まりました。台北101の展望台に上ったものの生憎の天気で窓の外が真っ白だったこと、士林夜市でビニール袋に入ったすいかを買い、歩きながら食べたこと、ドラッグストアでパックをたくさん買って試したこと、足ツボマッサージで激痛に泣いたこと、九份の階段を汗だくで歩いたこと……すべてが楽しい体験でした。特に気に入ったのが茶藝館です。おいしいお茶を飲みながら、友人と遅くまで語り合いました。あのゆったりとした空気と時間を今も懐かしく思い出します。なぜか、日本の喫茶店ではあのように心がほどける感じを味わえません。旅の魔法だったのでしょうか? それを確かめたくて、もう一度台湾に行きたいと思いながら果たせないでいるうちに年月は流れ、ここ数年は気軽に海外旅行もできない情勢になってしまいました。

十五年前のわたしは、自分がこんなふうに小説を出版することを想像もしていませんでした。世界も私も、想定外の連続で回っていきます。

舞台は大阪という街です。台湾で言ったらどこになるのでしょう。高雄? 東京ほどではありませんがそこそこ大都市で、「飾らない、人情の街」などと言われることが多いです。まあ、もちろんいろんな人がいます。大阪のテレビ局で働く、どこにでもいるような、何でもない人たちを書きました。きっと台湾にもいるでしょう。独身で四十代を迎え、仕事やこれからの人生に不安を覚える女の人、年頃の娘との関係に手こずっている男の人、好きな人に振り向いてもらえない女の子も、流されるままに働いて何の希望も抱けない男の子も。

テレビの向こうではなく、人混みや電車の中や茶藝館のテーブルに。日々あなたと話し、すれ違い、出会って別れていく誰か、あるいはあなた自身に似ているかもしれません。ヒーローではなく、特別に善人でも悪人でもなく、日々を生きるのに精一杯です。「生きていてよかった」という実感を得られる素晴らしい一日などそうそうなく、「何かいいこと起こらないかなあ」という漠然とした期待は当然のように裏切られ続け、孤独で擦り切れそうな夜もあります。そんな彼らが、ささやかな人生のひとコマにか細い光をふと見つける物語です。

北極星の輝きとは比べるべくもない、寂しい、頼りない光です。でもそれが足下を照らしてくれるかもしれず、次の一歩の道標になるかもしれない。自分というちっぽけな存在も、誰かの光になれるかもしれない。私たちは、相互に照らし合う無数の星屑の群れだ――そんな祈りを込めて書きました。

今、この文章を読んでくれているあなた、顔も名前も知らないあなたも、確かに私の光です。数多ある書物の中から、私が紡いだ物語を手に取ってくれたという希望の光。本当にありがとうございます。

いつかまた台湾に遊びに行けたら何をしよう? 茶藝館でゆっくりお茶したい、トッピング山盛りの豆花を食べたい、猫空や高雄にも行ってみたい。そうそう、前回は遊ぶのに夢中で、ホテルに着くと疲れてすぐに眠ってしまいましたが、台湾のテレビ番組をチェックしなければ。日本みたいに、朝の番組で星占いを紹介するのでしょうか。天気予報の中に花粉や紫外線の情報が盛り込まれているのでしょうか。

何より、この本が台湾の本屋さんに並んでいるのを自分の目で見てみたいです。そんな小さな夢も、今の私の光。台湾ですれ違う人々の中に、私の本を読んでくれた人がいるかもしれない、と想像しながら歩くこととか。

だからあなたもいつか日本に、大阪に来たら、何も知らないまま私とすれ違っているかもしれません。星々の軌道は重なることなく、けれどそっと光を渡し合いながら巡っていく。そう思うと、少しだけ生きるのが楽になる気がします。私が誰かに光を見出す時、誰かも私に光を見出してくれている。静かに呼吸を整え、闇の中に目を凝らせば、どこかで必ず。

どこに生まれようと、私たちは脆く不安定な時代を手探りで生きねばなりませんが、台湾の読者の皆さんの旅路に幸運の星が輝いていますように。

 

一穂ミチより

関連書籍

一穂ミチ『砂嵐に星屑』

舞台は大阪のテレビ局。腫れ物扱いの独身女性アナ、ぬるく絶望している非正規AD……。一見華やかな世界の裏側で、それぞれの世代にそれぞれの悩みがある。つらかったら頑張らなくてもいい。でも、つらくったって頑張ってみてもいい。人生は、自分のものなのだから。ままならない日々を優しく包み込み、前を向く勇気をくれる連作短編集。

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砂嵐に星屑

舞台はテレビ局。旬を過ぎたうえに社内不倫の“前科"で腫れ物扱いの四十代独身女性アナウンサー(「資料室の幽霊」)、娘とは冷戦状態、同期の早期退職に悩む五十代の報道デスク(「泥舟のモラトリアム」)、好きになった人がゲイで望みゼロなのに同居している二十代タイムキーパー(「嵐のランデブー」)、向上心ゼロ、非正規の現状にぬるく絶望している三十代AD(「眠れぬ夜のあなた」)……。それぞれの世代に、それぞれの悩みや壁がある。

つらかったら頑張らなくてもいい。でも、つらくったって頑張ってみてもいい。続いていく人生は、自分のものなのだから。世代も性別もバラバラな4人を驚愕の解像度で描く、連作短編集。

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一穂ミチ 作家

2007年デビュー。以後勢力的にBL作品を執筆。「イエスかノーか半分か」シリーズは映画化も。22年、一般文芸初の単行本『スモールワールズ』で第43回吉川英治文学新人賞を受賞、本屋大賞第3位。同年、『光のとこにいてね』で第168回直木賞候補、23年本屋大賞第3位。24年『ツミデミック』で第171回直木賞受賞。その他の作品に『パラソルでパラシュート』『うたかたモザイク』などがある。

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