脱炭素を名目にした、原発推進法である「GX脱炭素電源法案」(原子力基本法、原子炉等規制法、電気事業法、再処理法、再エネ特措法の改正案5つを束ねたもの)が、国会に提出され、4月27日に衆議院で可決されました。
その前日、経産委員会での同法案審議で、菅直人元首相は反対討論に立ちました。「元首相」が委員会で反対討論をするのは異例のことです。総理大臣として原発事故に直面した、菅直人氏にしか語れない討論となりました。
2011年3月の東京電力福島第一原発事故を受けて、当時の民主党・菅直人内閣は、「脱原発」へと大きく政策転換しましたが、自民党・公明党の岸田政権は、原発を再び推進する方向へ進もうとしています。この選択が正しいのか、すぐには結論は出ないでしょう。
歴史の証言として、4月26日の菅直人元首相の反対討論を残しておきたいと思います。ぜひお読みください。
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政府提出の「GX脱炭素電源法(脱炭素社会の実現に向けた電力供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案)」について、反対の理由を申し述べます。
亡くなられた安倍晋三元総理の祖父である岸信介(のぶすけ)元総理は、東条英機内閣の商工大臣だったとき、太平洋戦争開戦の詔勅(しょうちょく)に署名し、戦後、A級戦犯容疑で逮捕、収監されました。
いま、原発を推進していこうという趣旨の法律を成立させることは、約80年前に、アメリカと戦争をすることに賛成したとの同じくらい、後になって犯罪だと批判される政治判断であると言わざるを得ません。
2011年3月の東京電力福島第一原発事故のとき、私は内閣総理大臣として、この国に暮らす人の命と財産を守る責務を持つ立場の人間でした。刻一刻と変化していく事故の状況の報告を受け、東日本壊滅、つまりは日本壊滅を覚悟しました。
これは私だけではありません。現場の責任者である吉田所長も、国の原子力行政を担う原子力委員会の近藤委員長も、東日本壊滅を覚悟したのです。
どんなに安全基準を厳しくしても、どんなに事故を起こさないように努力しても、地震国である日本で、この先何十年にもわたり、原発が地震や津波の被害にあわない保証はありません。むしろ、地震にあう確率のほうが高い。
飛行機事故、鉄道事故、高層ビルの大火災、石油コンビナート火災などの大災害と、原発事故とは根本的に異なります。それは、ひとたび大事故が起きたら、誰にも制御できなくなるということです。
私は、原発事故の恐怖を身をもって感じました。日本壊滅のイメージが頭から離れず、眠れない夜を過ごしました。
だから、私は脱原発に舵を切ったのです。私の内閣のこの決断を、多くの国民は支持してくれました。当時は自民党も、脱原発には反対しなかったではないですか。
約2年にわたり、原発による発電がゼロだった期間もありましたが、日本のどこにも大停電は起きませんでした。原発ゼロでもやっていけることは、すでに実証されています。
東京電力福島第一原発事故を教訓に定められた原子力規制の柱である、重大事故対策の強化、バックフィット制度、40年運転規制、そして規制と利用の厳格な分離について、これに変更を迫る立法事実は存在しません。これを堅持しなければなりません。
ウクライナ戦争を受けてエネルギー事情は大きく変化しており、世界は再生可能エネルギーへのシフトを加速化しています。
武力攻撃の目標となる原発はその存在自体が国家安全保障上のリスクであるとの認識も広まっています。
それなのに、今回の原子力基本法改正は、原子力産業への支援が「国の責務」として詳細に規定され、原発依存を固定化するものとなっています。
たしかに、地球温暖化も深刻な問題で、火力発電にいつまでも頼れないのも事実です。だからこそ、再生可能エネルギーを推進すべきなのに、自民党・公明党の政権は、それを怠ってきた。そのツケを、原発を再び推進することで払おうとしている。それが、この法案の本質ではないですか。
子どもや孫に借金を残してはいけないのと同じように、子どもや孫に原発を残してはいけないのです。
くしくも37年前(1986年)の今日は、チェルノブイリ原発事故が発生した日です。今後10年、20年の間に、天変地異や有事で、老朽原発の事故が起きたとき、子や孫から、このような法律を成立させたあなたがたに責任があると批判されても、反論できません。
大臣として太平洋戦争開戦に賛成した岸信介氏が、戦犯容疑で逮捕されたように、この法律に賛成する人は、未来に対する罪を犯したことになると、私は考えます。
私は未来へ責任を持ちたい。だからこそ、この法律には反対です。
原発事故10年目の真実 ~始動した再エネ水素社会
原発ゼロは達成できる——その論拠、全廃炉へのすべて。3.11で総理大臣だった著者がこの10年でしてきたこと、わかったこととは。事故後、新エネルギーへの道を切り開いた重要な3つの政策から、急成長する再エネの今、脱炭素の裏にある再稼働の動き、全廃炉へ向けた問題と解決の全貌がわかる。