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わたしにも、スターが殺せる

2023.06.03 公開 ポスト

コロナ禍の大衆心理を炙り出す、一気読みサスペンス!

第6章 こうして、2.5次元スター・鈴木翔馬は炎上した藤井清美(脚本家・演出家)

新型コロナウイルス感染症が5類に移行して、“日常”を取り戻したと感じている方も多いのではないでしょうか。「この3年間、なんだったんだろう」と思いつつ。
藤井清美さんの書き下ろし小説『わたしにも、スターが殺せる』は、時代の気分を大きく左右したコロナ禍の大衆心理を生々しく炙り出すサスペンスです。

2. 5次元演劇界で活躍中の俳優・鈴木翔馬の記事を書き、人気を集めてきたこたつライターの【M】こと真生は、コロナのさなか、翔馬の「エンタメは必要じゃないかな?」「(公演を中止にして)誰か補償してくれるの?」というツイートを記事に取り上げた。その結果、大炎上が起きる。

*   *   *

6 #Mの記事

《大げさではなく、わたしたちはいま、世界の変革の中にいる。予期しなかった新型ウイルスの大流行で、全人類が危機に立たされているのだ。諸外国が感染拡大で混乱する中、何とか流行を食い止めてきたわが国も、安穏としていられない状況になってきた》

《だからこそ、政府は大規模イベントの自粛を求める決定をした。いまは、国民一丸となって感染を防ぐべき、重大な局面だからだ。ところがそれに、感情的に反対意見を述べた若い俳優がいる。名前を伏せてSとしよう》

《正直、わたしは名前も知らなかった俳優だ。演技も観たことがない。だから、どれほどの人物かわからないが、ともかくSは、この非常時に「エンタメは必要だ」とツイートし、「中止にして補償はあるのか?」と自分の身内ばかり心配している。自分勝手だとしか言いようがない。Sは、若者に人気だという。自分の発言の影響を考えて、良識を持って欲しい》

《繰り返すが、これは全人類の危機なのだ。Sのように、自分の利益のためだけに行動する人間ばかりでは乗り切れない。Sよ。君も大きな視点を持て。そういう視野の狭さ、自分勝手がこの国を亡ぼす》

これを待っていた。

誰かがこれを言う。わたしにはわかっていた。

いや、その言い方はあまり正確じゃない。こう言うだろう人の目に、【M】の記事が届くと信じていたのだ。

コメンテーターなんてまさに、うってつけだ。上手に時流を読む彼らは、翔馬のファンなんて小さな『地域』は無視して、もっと大きな流れを見ている。その人が、議論の場を『日本』に移したのだ。

そして、日本には『気分』がある。こたつ記事を書いてきたから知っている。不倫はとことん叩けとか、収入が多い奴らの間違いは許すなとか、日本は多くの外国人を惹き付ける魅力があるから誇るべきとか。

その『気分』によれば、いまは『島国である特性と生真面目な国民性に懸けて、新型ウイルスの拡大を防ぐべき局面』なのだ。

十二万を超えるフォロワー数を誇るコメンテーター・中田正治のツイートから十分経つと、台風の目に入ったように嵐が収まり、一瞬の静寂が訪れた。

そして、嵐の様相が変わる瞬間を、わたしは見た。

《中田さんのツイートで知ったSって、どんな俳優なのかと検索してみた。堂々と世の中に意見してるみたいだけど、まだ21歳。一般社会では大学生。大声で意見を言えるほどの経験はないと自覚してくれ。頼むから日本を滅ぼすな》

《Sの発言を読んで、怒りしかない。わたしの夫は医療従事者です。家族を感染から守るため、家にも帰れず、幼い息子は寂しいと言って泣いています。休みなく働いて、収入が上がるわけでもない。なのに、自分だけ補償って……信じられない》

《こういう自分のことしか考えない人も、感染したら医療を頼るんでしょ? 医療関係者の人たちは、本当に気の毒。いい迷惑》

《家族が感染して万一のことがあったら、こいつ、なんて言うんだろう? それでもエンタメは必要?》

《Sの演技は観たことない。でも、頭がお花畑。それは理解した》

記事が出て二時間。中田正治が起こした新たな嵐は勢いを増し、二手に分かれていった。二つ目の流れを先導したのは、こんなツイートだった。

《Sの件。調べてみたら、Sを批判する記事を書いたライターのMって人が、Sのファンにめちゃくちゃに叩かれてる。脅すようなツイートまである。怖すぎる。ここは日本だよね? まともな意見を言ってるのに暴力を受けたりしたら、もうこの国を信じられない》

新しい流れに戸惑ううち、この二つ目の流れに風が吹き込み、渦ができ始める。

《Mの記事読んでみた。どこがファンを怒らせてるのかわからない。すごくまともな感覚》

《よく言った! って感じ》

《「いかがなものか」って書いただけでこんなに怒られるの? 鈴木翔馬のファン、こっわ》

《いま、みんな何かを我慢してるよね? そのことを指摘したMは、褒めるべきだよ》

《マスコミにも、まともな人いたんだ、っていうのが、#Mの記事 を読んだ率直な感想》

一度減った【M】のフォロワーが、増え始めた。フォロワーの層が変わったのが、アイコンとアカウント名から感じられる。世の中に意見を発したい人たち、子育て中だと表明している人たち、医療関係者を名乗る人、政治的発言を繰り返している人……なにしろ、鈴木翔馬なんて人間の存在を、今日初めて知った人たちだ。

批判ばかりだったリプ欄に、励ましとねぎらいが押し寄せる。

《いい記事だと思います。批判に屈しないでこういう意見をどんどん書いて欲しい。それが世の中のため》

《もっと踏み込んだっていいと思う。鈴木翔馬、幼稚だぞって》

《この記事を批判してくるって、やっぱり、オタクって視野が狭いんですね。それがよくわかった》

《P子って何者なんでしょう? 完全に脅してる。「誰か、わたしにDM でMの家を教えてくれませんかねぇ?」って、このツイートだけで通報していいと思う。警察に相談したらどうですか?》

嵐は更に細分化して、《P子》に襲い掛かる。

《過去ツイ見たけど、あなた、鈴木翔馬さんの周辺の人によく噛みついてるみたいですね。そういうの、やめた方がいいですよ。あなたが応援している鈴木翔馬さんの評判落とすだけ》

《鈴木翔馬がむしろ気の毒。こんなファンが周りにいて》

《Mさんの記事、どこが問題か、論理的に言ってくれませんか? 感情的に「鈴木翔馬を批判してるから気に入らない!」とかじゃなくて。わたし、相手になりますよ》

《誰か、DM でP子の家を教えてくれませんかねぇ?》

《本気出せばすぐわかるんじゃないですか? だって、この人のツイートによく出てくるスイーツ店、わたし知ってるし》

《Mさんを脅したんだから、自分も同じ目に遭うべき》

記事が出た二時間半後、《P子》はアカウントごとすべてのツイートを消した。

《わたし、自宅知ってる》とツイートした《名無しさん》も総攻撃を受け滅多打ち状態だが、ただただ沈黙している。

その間に、【M】の記事はどんどんリツイートされて広がっていった。

記事を出して五時間で、【M】は、『鈴木翔馬や2・5次元演劇について書くライター』から、『新型ウイルス感染拡大の中、有意義な提言をする常識的なライター』になっていた。そして『鈴木翔馬のコアなファンに叩かれた気の毒な人』であり、『良識ある人間が守ってやるべき人』という台座に乗せられて、世間に立たされていた。 この展開までは予想していなかった。でも、大勢の人にかばわれて、自分を批判した人間がめちゃくちゃに叩かれるのを見るのは悪い気分じゃない。

その日の夜には、各地で荒れ狂った嵐は、たった一つの的に向かっていた。

鈴木翔馬だ。

鈴木翔馬という俳優の存在を知ったばかりの人たちが、翔馬の連投ツイートにリプライする。翔馬はまるで、このウイルスをばらまいたかのように責任を問われ、揚げ足を取られ、容姿まで批判されている。

翔馬のツイートのリプ欄を読みながら思う。《あなたの考え方は、一面的だと思います》と冷静に説かれるのと、《俳優なんてわがままばっかり》と職業ごと否定されるのと、《消えろ》《勘違いイケメン》と言葉でぶん殴られるのと、翔馬はどれが一番応えているんだろう?

翔馬は沈黙を続けた。反論しない代わりに、謝罪もしない。

ツイートも消さなかった。消せば「逃げた!」と判断され、スクショが拡散されてますます炎上すると誰かがアドバイスしたに違いない。

わたしは、鈴木翔馬が燃える火を、ただただぼーっと見つめる。

*   *   *

このあと、「7 #緊急事態宣言発令中」「8 #リモート出演の申し子」「9 #鈴木翔真」「エピローグ #三年ぶりの」と続きます。続きはぜひ本書でお楽しみください!

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藤井清美『わたしにも、スターが殺せる』

コロナ禍、不用意な発言をしたスターをSNSで追い詰めるこたつライター。 “殺される”のは、誰なのか? “自分”も加担していないと言えるのか? 時代の気分を大きく左右したコロナ禍の大衆の心理を生々しく炙り出す、息もつかせぬサスペンス!

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