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関東大震災

2023.07.27 公開 ポスト

100年前の日本人が先送りした〈天変地異〉と〈災害〉の裂け目から噴き出した矛盾畑中章宏

民俗学や民藝運動の誕生、民謡や盆踊りの復興の契機になると同時に、愛国心を醸成し、戦争への流れをも作った関東大震災。7月26日に発売された『関東大震災 その100年の呪縛』では民俗学者・畑中章宏さんが、関東大震災をその後の歴史の分岐点としてとらえ直し、日本人の情動に与えた影響を検証しました。本書より「はじめに」をお届けします。

天変地異が〈災害〉になるとき

大地が揺れ、津波が起き、河川が氾濫し、暴風が続き、火山が噴火しただけでは〈災害〉にならない。天変地異が起こった場所に人間が住んでいることにより、人間が被害を受け、はじめて〈災害〉になるのだ。しかし人間は、地震や津波、風水害がない場所だけを選んで住処にしてはこなかった。

洪水を引きおこすことがある河川の近くや、津波が襲うことがある海辺も、農業や漁業の収穫・収獲を得るというメリットがあるため、そこに人間は住み続けてきたのである。天変地異が〈災害〉にならないようにする努力も、もちろん重ねられてきた。防災・減災の工夫は、近代工学が生まれる以前からさまざまに蓄積されてはきた。

防災・減災のための工学的な営為が、〈災害〉をかえって助長することもある。都市の近代化、人口密集や建物の堅牢化が、〈災害〉を増幅し、人的被害を拡大させることも少なくない。〈災害〉にたいする抵抗を目的につくりあげられたはずの建築が、〈災害〉の規模を大きくすることもある。たとえば木造家屋の倒壊と、コンクリートでできた堅固な構造物の倒壊が人間に与える衝撃の大きさを想像するだけでも明らかなことだろう。

〈近代化〉の途上で

いまから100年前、1923年(大正12)9月1日11時58分32秒、神奈川県相模湾北西沖を震源とする、マグニチュード7・9の規模の大地震が起こった。明治維新以降、東京を襲った最初の巨大地震であり、南関東から東海地方に及ぶ地域にわたって甚大な被害をもたらした。
 

(写真:MeijiShowa/アフロ)

この地震では190万人が被災し、10万5000人余りが死亡、行方不明になった。建築は全壊が10万9000余戸、全焼が21万2000余戸。地震の揺れで起こった建物崩壊などによる圧死者もいたが、強風をともなった火災に起因する死傷者が多くを占めた。地震の発生時刻が昼食の時間と重なったことで、各地で火災が発生したからである。

関東大震災が及ぼした影響は、こうした数字だけでははかりしれない。それは、この〈災害〉が日本の急速な〈近代化〉の途上で起こったからにほかならない。

関東大震災は明治維新(1868年)から、約半世紀後に起こった。京都から天皇が移って国家の元首となり、大日本帝国の首都となった東京は、一挙に近代化が進んで、西洋化が実現したわけではない。〈近代化〉〈西洋化〉されたのは東京のほんの一部にすぎず、下町は江戸時代の過密をとどめたままだった。また地方に目を向けても、日本の隅々まで〈近代化〉されたといえるものではない。

噴出する矛盾

強靭で堅固だと信じられていた巨大都市が崩壊したとき、〈天変地異〉と〈災害〉の裂け目からさまざまな矛盾が噴きだす。また人びとのあいだに〈合理的〉とはいえない感情が渦巻く。そしてこうした事態は関東大震災以降、日本列島を襲った〈災害〉でも繰りかえされていくことになる。

関東大震災は〈近代化〉にともなう問題をあらわにし、その解決法を模索するきっかけになるはずだった。しかし、100年前の日本人は問題を先送りし、矛盾に向きあおうとしなかったのである。先送りにされた問題はその後の日本を呪縛し、今日に至るまで解かれていない。

災害そのもの、また災害にともなって起こったさまざまな事態は、自然科学や建築工学の領域から検証するだけではなく〈社会的事件〉としてみるべきではないか。本編でのちほど紹介するが、哲学者の戸坂潤は飢饉をあたかも〈自然現象〉であるかのように見ることを戒め、〈社会現象〉として捉えるように促した。〈自然現象〉としての天変地異にとどまらず、災害を〈社会現象〉として認識すべきだという問題提起はきわめて重要だ。

災害の規模の大きさは、自然科学的あるいは建築工学的な要因にだけ左右されるわけではない。そこにはつねに〈社会的事件〉がつきまとい、民俗的な感情が渦巻いていたはずだ。〈事件〉が起こったことで、災害の悲惨が深刻さを増したにもかかわらず、これまでの災害史ではこうした側面が注目されてこなかった。

災害が起こるたび、再建・復興のための建設的な議論が進まず、イデオロギー対立や、情緒的な〈物語〉に耽溺してしまう。災害の細部が〈悲劇〉や〈美談〉におとしこまれることにより、〈社会的事件〉としての側面は見過ごされていく。

本書では100年の時を超えて、災害の〈社会現象〉としての側面を明らかにしていきたい。関東大震災以降に起こった災害でも繰りかえされた事態を検証し、〈呪縛〉の正体を明らかにしながら、また襲いくるだろう大災害に備える方法を模索したいと思う。

*   *   *

つづきは、『関東大震災 その100年の呪縛」をご覧ください。
 

関連書籍

畑中章宏『関東大震災 その100年の呪縛』

東京の都市化・近代化を進めたといわれる関東大震災(大正12年/1923年)は、実は人々に過去への郷愁や土地への愛着を呼び起こす契機となった。民俗学や民藝運動の誕生、民謡や盆踊りの復興は震災がきっかけだ。その保守的な情動は大衆ナショナリズムを生み、戦争へ続く軍国主義に結びつく。また大震災の経験は、合理的な対策に向かわず、自然災害への無力感を〈精神の復興〉にすりかえる最初の例となった。日本の災害時につきまとう諦念と土着回帰。気鋭の民俗学者が100年の歴史とともにその精神に迫る。

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関東大震災

2023年7月26日発売『関東大震災 その100年の呪縛』について

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畑中章宏

1962年大阪生まれ。民俗学者。著書に『柳田国男と今和次郎』『「日本残酷物語」を読む』(平凡社新書)、『災害と妖怪』『津波と観音』(亜紀書房)、『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)、『天災と日本人』『廃仏毀釈』(ちくま新書)、『五輪と万博』『医療民俗学序説』(春秋社)、『今を生きる思想 宮本常一 歴史は庶民がつくる』(講談社現代新書)など多数。

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