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関東大震災

2023.08.05 公開 ポスト

「遺体は古井戸に投げこんだ」伊藤野枝、大杉栄…大震災の混乱に便乗して殺害された日本人畑中章宏

今年9月1日で発生から100年を迎える関東大震災は、民俗学や民藝運動の誕生、民謡や盆踊りの復興の契機になると同時に、愛国心を醸成し、戦争への流れを作った歴史の分岐点でした。7月26日に発売された『関東大震災 その100年の呪縛』では民俗学者・畑中章宏さんが、大震災が日本人の情動に与えた影響をその後の100年の歴史とともに検証。その一部を本書より抜粋してお届けします。

日本人にたいする虐殺

大震災という限界状況における、あるいはそうした状況に便乗した暴力は、日本人にたいしても向けられた。

1923年(大正12)9月6日、千葉県東葛飾郡福田村(現・野田市)三ツ堀で薬売り行商の15人が自警団に襲われ、幼児や妊婦を含む9人が殺された。「福田村事件」と呼ばれる〈事件〉である。

香川県三豊郡(現・観音寺市および三豊市)から来た行商人一行が、利根川沿いで休憩していたところ、約200人の自警団が彼らを取りかこみ、「言葉がおかしい」「朝鮮人ではないか」といった言葉を浴びせていた。福田村の村長らが「日本人ではないか」と言っても人びとは耳を貸さず、駐在の巡査が本署に問いあわせに行った直後に事件が起こったといわれる。

虐殺に至った理由としては、行商団の話す讃岐弁が、千葉の人には聞き慣れず理解できなかった、標準語も発音に訛りがあり流暢でなかったため朝鮮人と思われたためだったなどといわれるが明らかでない。

この事件では福田村と隣の田中村(現・柏市)の自警団員7人に有罪判決が下されたものの、昭和天皇即位による恩赦で釈放された。さらに彼らには村から見舞金が支払われ、 犠牲者には謝罪も賠償もなかった。

大震災の混乱のなか治安当局や軍は、朝鮮人による独立運動や、社会主義者・共産主義者による反政府運動を恐れていたといわれる。震災発生の数日後には警察に捕らえられた社会主義者らが軍に殺される「亀戸事件」、9月16日には無政府主義者・大杉栄(1885~1923)と伊藤野枝(1895~1923)らが憲兵隊員に殺される「甘粕事件」が発生している。

純労働者組合の平沢計七と、中筋宇八、南葛労働会の川合義虎ら10人は9月3日夜検束され、同日夜から4日未明にかけて(4日夜から5日未明にかけてとする説も)、習志野騎兵第13連隊の兵士によって亀戸署構内または荒川放水路で殺害された(10人のうち2人は別の時間に殺されたともいわれる)。その4日前後には、自警団員4人、日本労技会(日本車輛などに組織をもっていた労働組合)幹事1人、柔道師範1人、多くの朝鮮人も亀戸署内または荒川放水路で殺害された。

9月16日、東京憲兵隊麴町分隊長甘粕正彦大尉、東京憲兵隊本部付森慶次郎曹長は、無政府主義者が不逞行為を働く恐れがあるとして、無政府主義者として名を知られた大杉栄と、大杉のパートナーで女性解放運動家の伊藤野枝、大杉の甥・橘宗一を連行し、憲兵司令部ないし東京憲兵隊本部で絞殺、遺体を古井戸に投げこんだ。

大杉が行方不明になると、歌人・小説家で大杉と交流があった安成二郎らが探索をはじめ、9月20日の『時事新報』『読売新聞』も号外で大杉殺害を報じた。軍も隠しきれず、同日付で甘粕を軍法会議に送致し、福田雅太郎戒厳司令官を更迭、小泉六一憲兵司令官、小山介蔵東京憲兵隊長を停職処分とし、24日に事件の概要を発表する。
 

(写真:Wikimedia Commons)

軍法会議は12月4日、甘粕に懲役10年、森に同3年、部下3人に無罪の判決を下した。しかし、甘粕は1926年10月に釈放され、陸軍の費用で渡仏。甘粕らの犯行は軍中央の命令によるとの説が有力である(一部に、犯人は歩兵第三連隊の将校だとする説もある)。

自由法曹団の弁護士・布施辰治、山崎今け朝さ弥やらは事件の真相を追及して司法権の発動を要求し、小牧近江、金子洋文らの種蒔き社は、自由法曹団が作成した資料にもとづいて殉難記『種蒔き雑記』を発行したが、いずれも黙殺された。

自由法曹団に属した山崎今朝弥(1877~1954)は、明治法律学校(明治大学の前身)を卒業後、アメリカへの遊学を経て弁護士となり、大正時代に東京で起きた社会主義者の事件のほとんどを弁護した。敗戦後は自由法曹団顧問となり、三鷹事件、松川事件を弁護している。

山崎は震災の翌年に発表した『地震・憲兵・火事・巡査』のなかで、「朝鮮人の大虐殺、支那人の中虐殺、半米人(引用者注:大杉栄・伊藤野枝とともに殺害された大杉の甥の橘宗一のことで、宗一がアメリカ国籍をもっていたことを指す)の小虐殺、労働運動家、無政府主義者、日本人の虐殺」と記している。

山崎は朝鮮人虐殺や亀戸事件について、責任を認めない警察、検察などの国家責任を追及している。このように大震災をめぐる事態に批判的に抵抗したものもいるにはいたが、あくまでも少数にとどまった。

*   *   *

つづきは、『関東大震災 その100年の呪縛」をご覧ください。
 

関連書籍

畑中章宏『関東大震災 その100年の呪縛』

東京の都市化・近代化を進めたといわれる関東大震災(大正12年/1923年)は、実は人々に過去への郷愁や土地への愛着を呼び起こす契機となった。民俗学や民藝運動の誕生、民謡や盆踊りの復興は震災がきっかけだ。その保守的な情動は大衆ナショナリズムを生み、戦争へ続く軍国主義に結びつく。また大震災の経験は、合理的な対策に向かわず、自然災害への無力感を〈精神の復興〉にすりかえる最初の例となった。日本の災害時につきまとう諦念と土着回帰。気鋭の民俗学者が100年の歴史とともにその精神に迫る。

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2023年7月26日発売『関東大震災 その100年の呪縛』について

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畑中章宏

1962年大阪生まれ。民俗学者。著書に『柳田国男と今和次郎』『「日本残酷物語」を読む』(平凡社新書)、『災害と妖怪』『津波と観音』(亜紀書房)、『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)、『天災と日本人』『廃仏毀釈』(ちくま新書)、『五輪と万博』『医療民俗学序説』(春秋社)、『今を生きる思想 宮本常一 歴史は庶民がつくる』(講談社現代新書)など多数。

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