6月21日に発売した『アリアドネの声』が話題沸騰中の井上真偽さんと、大学在学中に発表した『名探偵は嘘をつかない』でデビュー後、ミステリー界の第一線で活躍を続ける阿津川辰海さんの共演が実現。いま最も熱いお二人の対談をお届けします。(2023年7月25日対談)
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『アリアドネの声』はどのように生まれたのか
阿津川 改めて幻冬舎さんの『アリアドネの声』ですけど、私は井上さんの作品が元々好きなので、実は心待ちにしていたんです。もちろん今までの作品と同じくミステリー的な技巧とか、物語の面白さを兼ね備えつつも、井上さんの新境地的な作品だと個人的に思っています。
ジオフロントで巨大地震が発生して、取り残された目と耳が利かない女性を救う。彼女を救うための試行錯誤、トライアル&エラーの面白さで物語を牽引していくのも凄かったです。「A地点からB地点まで人を送り届ける」という物語の構造も、たとえばギャビン・ライアルの『深夜プラス1』に代表されるような、冒険小説の基本的な骨格の一つを、うまく現代風にしていると思いました。ライアルなら銃撃戦をやりながら人をB地点まで連れて行くわけですけど、『アリアドネの声』ではドローンを使って誘導していく。しかも中盤にはミステリー的な謎も提示されます。
そして一番びっくりしたのが、これが300ページに収まっているということです。この設定を思いついたら長く書きたくなっちゃうと思うんですけど、とてもシャープな作品になっていますよね。今作の発想はどこから思いつかれたんですか?
井上 熱い感想をありがとうございます!『アリアドネの声』はまず、ドローンを使った小説を書きたいなっていう思いが漠然とあったところから始まりました。そこからドローンを使った救助物で一番困難な状況を考えたときに、要救助者が(目が見えず耳も聞こえない)中川さんのような人だったら大変なことになると思ったんです。ここまで考えたのが、2017年か2018年ぐらいでしたね。
でもそこでしばらくアイデアは止まっていました。そしたら2021年ぐらいになって、最後のシーンを思いついたんです。このラストまで話を持っていける作品だったら、書ける・書きたいと思いました。そこからドローンやジオフロント、障がいについて勉強を始めて……という流れです。なので、『アリアドネの声』を書き始めた一番の理由は、最後のシーンを書きたい気持ちがあったからですね。
阿津川 あの最後を思いついたら書きたくなりますよね。
井上 個人的にも良いラストを考えることができたと思えたので、どうやって話を面白くラストまで持っていくかっていうことに一番苦心しました。なので、阿津川さんにシャープに仕上がったと言っていただけたのは、ラストシーンまでに余計な枝葉を入れたくないって気持ちの表れかもしれません。
阿津川 なるほど。それだけラストシーンへの思い入れが強かったんですね。
井上 最後の場面の前に色々な要素を入れてしまうと、結局話がブレて大筋から外れてしまうんじゃないかと危惧したんです。もしくは、ラストに至る途中で話がダレてしまうと、嫌だなという気持ちも強かった。そういう思考が働いたからこそ、阿津川さんにシャープだと言っていただける作品になったのかなと思います。
阿津川 これは私の個人的な関心事ですが、救出活動が始まってから節の始まり毎に「シェルターまでの距離が残り何メートル」とか「浸水まで残り何時間何分」って記述が出てきますよね。私も『紅蓮館の殺人』や『蒼海館の殺人』で同じ手法を使っているので、この部分について聞いてみたいなって思っていました。こういう時間の設定って難しいですよね。計算はどの段階からしていたんですか?
井上 時間は物語を書き始める前に予めきっちり計算して決めていました。事前に「〇時〇分 地震発生」「〇時〇分 救出活動開始」「〇時〇分 要救助者発見」といったように、エクセルで表を作ったんです。『アリアドネの声』ではドローンのリアリティを出したいという意図があったからこそのやり方でしたね。ドローンによる救助活動を描くうえでバッテリー残量や充電時間、隊員と要救助者の休憩時間などを書かないと、リアルな作品にはならないと思って。
でも、節の始まりで残り時間を毎回読者に提示するってやり方は、実は阿津川さんの『蒼海館の殺人』も参考にしています(笑)
阿津川 コメントを引き出したみたいで申し訳ないです(笑)でも予め計算していたとはいえ、これだけシャープな一冊である一方で、緻密な作品であるのも凄いですね。
井上 やっぱり救助災害を扱っているので何でもありの物語になってしまうと、面白くないと思ったんです。物語的なエンターテインメント性は追求したい一方で、リアリティも疎かにしたくなかった。そう考えた結果、予めきっちりと物語の流れを固めてから書き始めることにしました。
ゲームが創作の糧になる
阿津川 ちなみに私が『アリアドネの声』を読んで一番初めに思い浮かべたのが『絶体絶命都市2』というゲームだったのですが……。
井上 『絶体絶命都市2』は参考にしてます(笑)実際にプレイもしてますよ。本当に面白いですよね。
阿津川 去年のことなんですが、壱百満天原サロメというVTuberのゲーム実況で『絶体絶命都市2』を観ていたんです。昔プレイしたんですが、やっぱり何回観ても面白いゲームだなと思って、ちょうど館の三作目で地震の設定を使いたいからと参照していたところに『アリアドネの声』が出たので(笑)、つい聞いてしまいました。ゲームはお好きなんですか?
井上 ゲームは好きですよ! 『その可能性はすでに考えた』も『逆転裁判』を参考にしています(笑)
阿津川 そうですよね! 2015年に『その可能性はすでに考えた』のプルーフ(編集部注:書籍の発売前に事前の宣伝として使うために仮で印刷・製本した見本本のこと)を読んだ時は、私まだ大学生だったんですが、興奮しすぎて大学のミス研サークル員全員に勧めまくっていました。「逆転裁判好きでしょ?」って言いながら。
井上 それはとても嬉しいです(笑)
阿津川 当時のことを思い出すと、色々恥ずかしいですね(笑)最近は執筆の合間に何かゲームをされていますか?
井上 『ELDEN RING』ってわかりますか? 自分は死にゲー(編集部注:ゲームオーバーになりやすい超高難易度のゲームのこと)が結構好きですね。あとはFPSとかも。阿津川さんは何かやりますか?
阿津川 今は『ピクミン4』をやっています。
井上 あれも面白そうですね。
阿津川 実は最近一日のスケジュールが壊滅していて……。5月に『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』が出て、6月に『ファイナルファンタジーXVI』と北山猛邦さんがメインシナリオの一人として参加している『超探偵事件簿 レインコード』が出ました。そして7月に『ピクミン4』。小説の時間は確保できているのですが、こんなに面白いゲームを立て続けに出さないでくれって(笑)
井上 ゲームはやり始めると、時間が足りなくなりますよね(笑)
阿津川 宮部みゆきさんのように、ゲームの『ICO』が好きで、その縁で『ICO』の小説が書ける……みたいなことがあれば最高ですよね。
井上 そうなったら嬉しいですよね(笑)なかなか宮部さんのようなケースまでいくのは難しそうですが。
阿津川 映画とかゲームって執筆とは違う技術で作られてるから、楽しいし勉強になりますよね。
井上 よくわかります。ゲームって、ユーザーを退屈させないように作られてるじゃないですか。ユーザーの楽しませ方とか飽きさせない方法っていうのは、とても参考になりますね。阿津川さんはこれまでゲームからも影響を受けた作品って何かありますか?
阿津川 デビュー作の『名探偵は嘘をつかない』は『逆転裁判』と『ダンガンロンパ』から影響を受けましたね。
井上 やっぱりそうだったんですね。確かに『逆転裁判』をやっていると、裁判物を書くときに参考になりますよね。
阿津川 あとはデビュー二作目の『星詠師の記憶』にある未来の記憶が映像で見える紫水晶という設定は、清水玲子さんの漫画『秘密 THE TOP SECRET』という作品と『逆転裁判6』被害者の死の直前の記憶を水鏡に映す「御魂の託宣」という設定からインスパイアされています。
井上 小説以外の作品に触れるのも大事ですよね。
(第3回に続く)
〈対談者紹介〉
井上真偽(いのうえ・まぎ)
神奈川県出身。東京大学卒。2015年、『恋と禁忌の述語論理』で第51回メフィスト賞を受賞してデビュー。2017年『聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた』が「2017本格ミステリ・ベスト10」の第1位となる。
阿津川辰海(あつかわ・たつみ)
1994年東京都生まれ。東京大学卒。2017年、新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」により『名探偵は嘘をつかない』でデビュー。2020年、『透明人間は密室に潜む』が「本格ミステリ・ベスト10」の第1位となる。2023年、『阿津川辰海 読書日記 かくしてミステリー作家は語る〈新鋭奮闘編〉』で第23回本格ミステリ大賞《評論・研究部門》を受賞。